重大な交渉
ギルドマスターの執務室は、いつも通り静かだった。
重厚な木の机。
壁一面に並ぶ、功績を示す魔道具や記録書。
数少ない元A級冒険者であり、歳をとり、引退しているとはいえ、それでも並の冒険者にはどうにも出来ないであろう存在感を放っている。
そんなギルドマスターの前に、シンは立っていた。
「……で?」
低い声が促す。
「話ってのは、なんだ。S級がわざわざ来るほどの用件なんだろう?」
シンは一度、言葉を選ぶように視線を落とし――
ゆっくりと口を開いた。
「……ギルドに、“ガチャ”を設置したい」
一瞬。
室内の空気が止まった。
「……は?」
ギルドマスターの眉が、わずかに動く。
「ガチャ、だと?」
「はい」
シンは、淡々と続ける。
「ダンジョン産の装備、魔道具、魔石、消耗品……」
「それらを景品として並べ、一定の金額で抽選する仕組みです」
「……ふざけているのか?」
当然の反応だった。
ギルドは冒険者の命と秩序を扱う場所だ。
娯楽の場ではない。
だが、シンは引かなかった。
「ふざけてはいません」
静かな声。
だが、S級の圧が、確かにそこにあった。
「理由を聞こう」
ギルドマスターは、腕を組む。
「……まず、ギルド側のメリットです」
シンは指を一本立てた。
「一、ギルドに金が落ちます」
「二、景品は全て私が用意します。ギルド側の負担はゼロ、新たな業務の負担などにはなりません」
「三、冒険者のモチベーション維持になります」
「……ほう?モチベーションとは?」
「レア装備が欲しいが、危険な階層には行けない」
「そんな中堅以下の冒険者は多い」
「ですが、ガチャなら――夢を見ることができる」
ギルドマスターは、黙って聞いている。
「そして」
シンは、最後の一押しを出した。
「目玉景品として、私が直接ダンジョンから持ち帰った品を出します」
「S級が提供するガチャです」
その言葉に、
ギルドマスターの目が、僅かに光った。
「……具体的には?」
「伝説級一歩手前の魔剣」
「希少魔石」
「効果未鑑定の高位魔道具」
「それと――完全回復エリクサー」
「…………」
完全回復、の単語で。
ギルドマスターは、はっきりと息を止めた。
「……本気か?」
「エリクサーはオークションにだせばそれこそ莫大な金が動くような品だぞ」
「それをわざわざくれてやるのか?」
「はい」
即答だった。
「ギルドの信用を落とすような真似はしません」
「確率も、内容も、全て開示します」
「……なるほどな」
ギルドマスターは、椅子に深く腰掛け直した。
「S級が景品を提供」
「ギルドは場所と管理を提供」
「収益は……?」
「七対三で」
「七をギルドに」
「……ほう?」
明らかに、興味が前に出た。
「ずいぶん、気前がいいじゃないか」
「私は、ただ見たいだけなので」
シンは、そう言って目を伏せた。
「見る側に回るだけです」
しばらく、沈黙。
やがて、
ギルドマスターは小さく笑った。
「……面白い」
「前代未聞だが――」
「S級が言い出し、S級が責任を取るなら……」
机を、軽く指で叩く。
「やってみる価値はある」
シンの胸の奥で、
何かが静かに、落ち着いた。
「条件がある」
「なんでしょう」
「トラブルが起きたら、即中止」
「そして――運営責任者は、お前だ」
「構いません」
「……本当に、変わったやつだな」
ギルドマスターは、そう言って立ち上がった。
「まあそもそもS級のお前が言ったことだ」
「余程のことがない限り受け入れるしかないんだがな」
どこか諦めのようにそう呟く
「すぐに準備を進める」
「ギルド公認の“ガチャ”だ」
シンは、深く頭を下げた。
◆
執務室を出た後、
シンは一人、ギルドのホールを見渡す。
行き交う冒険者たち。
期待と不安と欲望の入り混じった顔。
――引く側の地獄は、もういい。
「……これでいい」
ガチャを回す指は、もう自分のものじゃない。
次に回るのは――
彼らだ。
これで少しでも、
自分の欲が満たされるのをただ願うだけだ。




