死ぬほど美味しいランチA
胸騒ぎがした。
今でも『幽霊』なんて馬鹿らしいと思っているが、頭と感覚はリンクしない。鼻で笑うノアラがいる中、そのより深いところで警報が甲高く鳴る。
ノアラの直感は特別当たる。
神に愛された故の運だと、豪語しても実際に見たことがある者なら笑い飛ばせないのが、ノアラの豪運だ。
───だからこそ、ノアラは不安なのだ。
この胸騒ぎを、単なる偶然と笑ってやれないのが。
「…なぁ、アシェ? 悪い予感がするから来てみたけど、起きてるか?」
気が付けば、ノアラは扉の前にいた。
返事がない。ゴクリと、音を立てて息を飲む。
「───開けるぞ、」
挙げられる予測は二つ。
まず、アシェはもうすっかり眠ってしまっていて、夢の中にいる彼にはノアラの声なんて聞こえてやしない。そして、最悪の予測、どうしたってアシェがノアラに応じることができない状況か。
双剣を握る手に、力が入る。
迷ってはいけない。迷いに足を止めれば、進む道は失う。
ノアラは迷いを打ち切るように、双剣を鞘から抜く。月夜を反射する刀身は、強く美しい。
──扉を開ける。
扉が軋む音が、静寂の中ひときわ目立つものだ。
アシェの部屋は、ノアラの部屋と同じ形をしているので、一通り場所は分かる。
「水音……? なーんだ、水場にいるのかよ。ちょっと、ビビったじゃねぇか」
ベットに何も居ないので少しヒヤリとしたものだが、耳を澄ませば聞こえる水音から、アシェが水場にいることが分かる。
それでも、おかしな事に体の緊張がうまく抜けない。頭にはまだ、警報が鳴り響いている。
「何してんだよ、アシェ。 水栓開けたら、ちゃんと閉める! コレ大、事…───ぁ、?」
すぐ足元でぴちゃと水音が鳴る。
まさか、洗面台から溢れるほどに水を出し続けたのかと、額に冷や汗を浮かべるが、すぐに異変に気づく。
テクスチャーがどうも重いのだ。水のよりも、多少粘度が高く感じる。
嫌な予感──
「────! まさか…血?! アシェ!!生きてるか!?」
脳裏上の警報はレベルを上げた、鬱陶しい程に甲高い音を止まず鳴らす。血に汚れて、重くなった靴を走らせてアシェを探す。水音のする方へと走れば、そこにアシェはいた。
───死体になって。
思考が支配される。
どうする。どうして。何故、なんで。傷は深い、胸に風穴が空いている。出血量が多すぎる。助からない?誰が、どうして?目的は?どこにいった?アシェは大丈夫なのか。いや、大丈夫なわけがない。どうしたら助けられる。助けたい、助ける。手遅れ?また?いつから?
「──大丈夫」
ノアラの目を見張る。
それは、確かに死んだはずのアシェの声であったから。
「……は、 幽霊ってそういう…?」
定員から聞いた噂の真実は、死んだ人間が亡霊になって、声が聞こえるなんてものだったのだろうか。
所々噂と違うところが目につく。ノアラの直感では、違うと訴えかけるが、目の前にあるものが事実だ。実際おきた事象を、疑うのはちゃんちゃら可笑しい。
──そして、これも確かな事実らしい。
「俺は、幽霊じゃない……身体、治るんだ」
ノアラは確かな事象の前に、立ち尽くす。
アシェの胸に空いた、大きな風穴。それが、みるみると“閉じていく”のだ。
皮膚の端が少しずつ寄り、裂け目を縫うように繋がっていく。床に広がる血液も、パズルを完成させるかのように、あるべき場所へと戻っていく。
ノアラよりも、僅かに小さい少年の体が立ち上がる。
短時間で、アシェの身体は傷一つない純粋は少年に戻っていた。
「──ん、ん〜? あ、これ夢? ほっぺた抓っても……痛ってぇ。そして、ぷにぷに」
目の前の出来事に、ノアラは目を回す。てか、もうそれしかできない。一応、他に何をするか、夢かどうかは確かめた。けれど、柔らかい頬にじわじわと広がる痛みは、決して夢のそれではない。
「ノアラ、静かに。 『幽霊』が誰か分からないから、すごく危ないと思う」
「……『幽霊』ってのが、さっきお前を殺した奴ってわけだな?」
「ああ。 姿は見えないけど、実物はあるみたいだ。 こっちにダメージが入る」
「んだ、ソレ。 チートすぎねぇ? 見えない、けど実体はあるとか、やっぱし、『幽霊』ってのは馬鹿馬鹿しいやつだな」
ノアラの考えは間違えてなかった。やはり、『幽霊』なんてろくでもない。
ズルして、こっそり殺人だなんて漢のやる事ではない。誰でも、心には漢を宿しているはずなのに、どうもそれが『幽霊』にはないらしい。
「なーんか、まだよく分かってねぇけど? ──相棒の仇は打たせて貰うぜ?」
「いや、死んだけど、死んでない。 説明が難しいな。 とにかく、ノアラは時々、すごく頼もしい」
「そこは、平時って言ってもらいたかったぜ。 まっ!いつか、そう思えるようにすればいっか!」
まだ混乱する頭を無理矢理にリセットして、ノアラは双剣を構える。
「んじゃ、相棒の仇、打たせて貰うとするか!」
「うん、死んでないけど」
『幽霊』VS 『相棒』
静かな夜風に吹かれて、戦闘舞台が幕開く。




