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死に損ないは続けたい  作者: 樋口 帆陽
二章 【ドッテンコ幽霊騒ぎ】
6/12

鏡の中の俺と誰?


「──で、お前はこれまで鏡すら知らず、自分も見た事がない……ってわけか?」


「恥ずかしながら……」


アシェがほんのりと頬を赤らめ、居心地の悪そうに目線をそらす。


「いや、なんでここで照れんだよ。 お前、よく分かんねぇな」


アシェが居心地の悪さを感じるのは、自らの無知を恥てだ。正直、ノアラからしてみれば閉鎖的な環境にいたのだから仕方ないし、アシェを責めるなんて野暮なことしないから気にしないで欲しい。

ただ、こんな美人のそばにいて初めて頬を染めるのが自分の無知を恥じてなど、ノアラの面子型落ちなのでそこだけ物申したい。


「ま、朝食もまだだしさ。 長くなるなら、飯食いながらにしようぜ? それこそ、私の人生を語るには生きた年月を要するがな!」


「ノアラ……もう、昼だ」


豪快なノアラに対して、アシェの対応は素っ気なく感じる。それは冷たさではなく、人との距離感を測ることへの不慣れからくるものだろう。


二人の関係は、お互いに名前は知ってる。それ以外は知らない、といったものだ。

相棒と呼ぶからには、仲を深める必要があると、ノアラは自分の人生をどう説明するか思考を巡らせる。


「ホレ、どこから話すやら。 そうだな、私が美少女としてこの世に産まれ落ちたのは、18年前で……」


「ああ、懐かしい」と、思えるほど優れた記憶力は無く、ノアラは自分がその頃も美少女であったという何よりも強い確信から語り始める。

黄金に輝く瞳には一切の曇りが無く、ノアラの発言が真の自信からくるものだと物語っている。


「美少女……、 俺は、自分の価値観に自信がないけど、ノアラは可愛い、と思う」


「ハッ……流石、私の美貌。 どんな価値観でも、魅了しちまうなんてな。 恐ろしい!この美貌が!!」


「ノアラ。恐い、のか…? それなら、力不足かもしれないけど、頑張って美貌を倒す」


「やめてくれ。 美貌を倒すって言ったら、タコ殴りだもんな……」


美少女発言がノアラだけによるもので信憑性が危うくなっていたが、ここでまさかの言質が取れる。それが、出会って間もないアシェからだとは全くの予想外。

これから、十二分に自身の魅力を伝えるはずだったのに、どうやら要らないくらい伝えきれているらしい。

それでも、美貌討伐を掲げて拳を握りしめるアシェには、背筋が凍る。


そうして、身を抱えるノアラの前に、香ばしい匂いの香る『ランチパックA』が登場する。


黄色いふかふかの卵と被る赤のチキンライスと、その周りに添えられた緑のコントラストが視覚的にも食欲をそそるものになっている。

ちなみに、卵にはケチャップで“オムライス”と描かれている。その愚直さ、嫌いじゃない。


「はい、お待たせました。 熱いから気おつけて?」


「お、宿屋の姉ちゃんじゃねぇか。サービスとかねぇの?」


「ありません。 このオムライス食べたら満足して、サービスなんて要らないって言うわよ」


定員がオムライスを得意気に勧めるもんだから、ノアラも誠心誠意に辛口審査しなくてはと、息を飲む──、


「──あ、すごく美味しい」


「でしょ? 」


まず香りから、と匂いを堪能するノアラよりも先に評価を口にするのはアシェだ。

それを聞いた店員も、満足気に頷きながら厨房へと身を消していく。


「ぅえ!?ちょ、待てよ! 私の食レポがまだだ!! ──って、アシェお前〜!“いただきます”してねぇだろ!」


「あ、ごめんなさい。 お腹がすいていて、つい。 今言う。いただきます」


確かに、朝ご飯を食べてないアシェは、さぞ空腹だっただろう。ノアラも、オムライスを前にヨダレが垂れるのを我慢しているのだから。


「うぅ、でも私の食レポ技術を活かせないってのは、流石に堪える」


ノアラの食レポ技術といえば、昔レストランのシェフを感動に泣かせた程のものだ。これが活かせないってのは、世界の損失ではないか。


世界への申し訳なさに悶えるノアラの後ろで、定員がひょこりと顔を出す。


「忘れていたけれど、ここらの宿で『幽霊』がでるって噂があるのよ。 見えない何かに胸を貫かれるとか……物騒よね。 幸い、優れた治癒術師がいたもので、一命は取り留めたそうよ」


「は〜ん、『幽霊』ねぇ」


幽霊、なんて馬鹿馬鹿しい。

「貴方たちがいなければ、すぐにでもお店を閉めたいくらいよ?」なんて、軽口をたたく余裕のある店員に、幽霊なんていやしないと鼻で笑うノアラ達と違い、アシェは事を深刻に受け止めているようだ。

いや、オムライスを食べるのに真剣すぎるだけ?オムライスを食べる手が一向に止まらない。


「死んで、他人にちょっかいかけようっていう考えが、まるで分からねぇ」


ノアラがソイツの立場なら、家族や友達の側にいるだろう。いや、ノアラと同じ立場ガからそこ、他人なのか。

とにかく、ノアラは幽霊を少しも信じていないってことだ。


ノアラは、呆れたそうに口を大きくオムライスを頬張る。瞬間、カッと目を見開いて妙に勢いが増す。


「──柔らかく温かい卵が……」


この後、ノアラの熱烈な食レポに定員が涙を流し、昼食代が浮いたのはまた別の話。



時の流れは早い。

月明かりだけがアシェの部屋を照らし、夜の静けさはアシェの歯を磨く音をよく聞かせる。


洗面台の前で、ただ虚構に歯を磨くはどうしても暇だ。かといって、両手の塞がったアシェにできることは少なく、アシェは今日のできごとを振り返る。

そこで、鏡に映る自分と目が合い、アシェはうまく説明できない複雑な心境だ。


「ノアラの目は黄色で、店員さんも青……俺だけ、色がない」


自分の姿を見たのは今日が初めてだが、白い瞳は誰にも無く、自分だけが異質に感じられた。


歯を念入りに磨いて、うがいをする。ヴェルから、歯磨きはうがいが何より重要だと聞いたから、より念入りに。

頬の中で水がぐちゅぐちゅと音を立て、十分だと判断すると、ペッ水を吐く。


──吐いた唾は、赤かった。


「──ぇ、」


鏡に映る、自分の白い瞳と目が合う。

胸を貫かれ、生気の感じさせない曇った瞳であった。


「…なぁ、アシェ? 悪い予感がするから来てみたけど、起きてるか?」


ドアの向こう、ノックの音とノアラの声が聞こえる。彼女は、いつも間のいい時に現れる。ただ、ここでの登場は身の危険が心配だ。

それでも、床に倒れるアシェは何も出来ない。


窓は開いていないのに、カーテンが靡いた。


───俺は、死んだ。







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