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死に損ないは続けたい  作者: 樋口 帆陽
一章『白い箱庭』
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ケンケンパの帰り道

箱庭の外は、想像以上に騒がしくて、色鮮やかで、大きくて。大きく見開いた目が、押し寄せる出来事にまた見開いてと、瞬きする間を失った目が乾くほどだ。


嗅覚、それから聴覚、視覚、触覚、それぞれで経験したことの無い未知を経験させられる。外の世界は、今まで小さな三要素だけで固められていたアシェの世界とは比べ物にならないくらい広くて、ノアラがアシェの世界をぶち壊してから、アシェの世界は強制的に広げられた。


アシェの居たところは、森の深いとこにあったらしく、緑が生い茂り草木が囁くように揺れている。


アシェは、ノアラと正式な仲間になった──らしい。

ノアラの誘いに、アシェは拒否しなかった。仲間とは、それだけで十分なのだという事が、アシェの味めての衝撃だ。それでも、ノアラの満足そうな顔を見れば、不出来な自分でも『相棒』をしっかりとこなせてる事が分かる。


「…ん? アシェ、どうした?」


お手本を見せるように前を歩くノアラは、ふと足を止める。それは、後ろを歩くアシェが固まってしまったからだ。


「これ…足が変だ」


「ん?泥だな、それ。 ……って、お前裸足だったの?!」


泥にどんどん沈んでいくアシェを、ノアラは精一杯に引っ張りアシェの身体は空気に晒される。ノアラがアシェみたく泥に沈まなかったのは、彼女の言う豪運のおかげだろうか。

その後、ノアラは夕焼けの一瞬を切り取ったような赤髪を乱暴に掻いて、大きな息を吐く。


「ほら!私の靴、片っぽ貸してやる! もうどうしようもないから、ケンケンで帰るぞ!」


「……ケンケン。 分かった、それが相棒のすることなんだな」


「違ぇよ?! って、これ案外キツイ!!」


そう言って、ああだこうだ言いながらも、ノアラはアシェを置いていくことは無くて、いつも変わらず前を歩いているのに、アシェが止まれば不思議とすぐに振り向くのだ。


「さぁ、相棒? 私は放浪の身で、帰る所がない。 どうしようか」


「──分からない。俺は、ノアラの相棒だからどこにでもケンケンで着いてくけど…」


「…や、ケンケンである必要性はないけど、答えとしちゃ及第点だ!」


そう言って、綺麗に並んだ白い歯を見せる。

口角の上がった口はまた形を変えて、言葉を形取る。


「私のいるとこが、お前の帰るとこ。お前のいるとこが、私の帰るとこ。 それが相棒ってやつだ」


───相棒。

ノアラに言われた『相棒』を何度も反芻するようにして、自分に覚え込ませる。


正直に言うと、ノアラの相棒という立場に不安がないわけではない。寧ろ、ある。そんな葛藤の中でも、この立場は心地が良かった。


ヴェルは、執行官だ。俺の罪を裁き、罰を与える。そうして、許された先に許しがあるの思っていた。そこに突如現れた、特異点。執行官はノアラの手に寄ってなくなった。

ノアラが、俺の許しの上に現れた救いなのか。それとも、罰が中断された俺は、今もまだ業を背負い続けているのか。きっと、後者だ。


俺に許しが与えられたのなら、執行官が死ぬ必要はない。それに、俺は今ノアラの足を引っ張っているのではないか。それならアシェは、無知無能の業を背負い逃亡した罪人だ。


ノアラが振り向く。今回、アシェは足を止めていないのにだ。


「心配要らねぇよ。なにせ、神に愛されてる私がお前を選んだわけだ」


ノアラの顔は、ずっと自分が正しくてしょうがないような自信に満ち溢れた顔だ。それが間違っていたとしても、訂正するのが不粋に感じられるほどに。

アシェも否定するのが嫌だった。信じたいと思い、信じさせてくれるだけの笑顔がそこにあったから。自分すらも分からない中、信じる支柱を失いたくなかったから。


「それに、お前は面白いよ。 思わず、苦笑がこぼれちまう程にはな」


「なら、良かった。俺は面白い」


二人、そう言ってケンケンで帰る。家はない。だから、二人が居る所へ。

太陽は地平線の向こうに隠れて行って、空色は橙に様変わりする。いつまでも真っ白で純粋無垢な世界より、この夕焼けがいつか闇夜に黒く染まってしまう悲しい世界の方が、ひどく美しく見えた。

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