少女は言った
差し込む光から歩み出てきた少女は、この無機質な箱庭に、無理やりに写真を貼り付けたやうな場違いを感じさせるほどに、自然体。
頭はすごく回るのに、答えにたどり着かずに思考が絡まるようだ。
俺の、三要素だけで構成された白い部屋に、土足で入り込み、足跡を残していく。比喩ではない、事実。
泥で汚れた布面積の少ない衣服に、スタイルの良い身体を包んでいる。お腹が冷えそうだ。
夕焼けを写したような赤い髪を一括りにされていて、視線がそこに集中される。
とにかく、そんな汚れた格好なはずなのに、彼女は明るく、光のように感じられた。
「私は、ノアラって言うんだ。お前は?」
歯を見せて、溌剌な声を閉鎖された空間に響かせる。笑顔、のはずだが、俺が唯一見た事のあるヴェルの笑顔とは、変わって見えた。
誰も彼女の、ノアラの発言を止められない。空間すらが、彼女の声を響かせて他人が邪魔する余地を与えない。
「────」
黙る。そんな俺に対し、沈黙を破ったのはサフィール・ヴェルだ。彼もまた、笑っている。なのにやはり、ノアラの笑顔とは印象が違う。
「二人っきりの愛の巣に、土足で入り込んできて何だ?泥棒猫め」
「げ。野郎二人しかいないのに、このきっしょい白い部屋で何するって言うんだよ…それに、私の名前はノアラって言ったろ!!」
二人とも、よく舌が回るようで、普段から舌足らずな俺が入る余地はなかった。発せられる言葉を脳で処理するので精一杯だ。
「入り込んできた野良猫は、処分しなくては……私だって辛いさ。動物は好きなんだ」
「ぜんっぜん、そう見えねぇよ。軽薄さが溢れてでるんだわ」
嘘泣きするヴェルに、ノアラは眉を寄せて呆れた顔で肩をすくめる。どちらとも軽口を叩く余裕があって、何も出来ずに立ちすくむ自身に自責の念がわいてくる。
ふと、こちらに歩み寄ってくるノアラが身体を地面へと這わせた。何も無い空間に、足を引っ掛け転んだのだ。
だが、結果を見れば不幸と思えなかった。
「──っ、痛ぁい!」
「────なっ?!」
声と同時、地を這ったノアラの頭上スレスレに風を切りながら刃が走る。
重なる声は、ノアラの痛みを訴えるものと、ヴェルの驚きに漏れる声のみ。俺は、依然声も出せないまま。
とはいえ、俺も驚きはしている。なんなら、この中の誰よりもそうしている自信がある。
正に間一髪、危機一髪という状況だ。偶然というにはあまりに可笑しくて、奇跡と言い表す方が正しいのかもしれない。
そんな俺の混乱した心情を見透かしたのか、答え合わせはすぐに行われる。
「なんで……って顔だな?そりゃもちろん、私の豪運だ。何それ、羨ましいって顔?」
その言葉に、ヴェルに目を向ければ笑っている。その目には、俺によく見せる好奇に満ちたものだ。背筋が凍るような感覚が身体に走る。
「面白い……運命は気まぐれと言うが、傾き方に贔屓を感じるな」
背筋が凍るような感覚の次に、息が詰まるような苦しみが生まれた。
面白い……。ヴェルの興味がノアラに向く。さすれば、俺には何が残る?誰からも目を向けられることがなければ、そこにいるのはただの死に損ないでは無いのか。
そんな思案に頭を悩ませる俺を、蚊帳の外に時は進み続ける。運命もまた、俺に興味がないらしい。
「私の魅力に興味津々だな?それなら、身をもって体験してくれたらいいよっ、と!」
ノアラが懐から双剣を取り出し、踊るように振る。双剣は、ノアラに降り注ぐ死を、躱し、いなし、跳ね返し、打ち落とし、魔の手はノアラまで届かずに防がれる。
まるでスポットライトが当てられているのか、誰もそこから目を話せない。彼女の剣舞には危険すらも自分のものにする、リスキーな美しさがあったから。
そうして、剣舞も終わりを迎える。
両手に持っていた双剣を軽く放り投げて、一礼。
ノアラの後ろで、双剣がヴェルの身体に深く刺さり、溢れる血しぶきはノアラを惹きたてるひとつの演出にしか過ぎなかった。
見とれていた。俺の視線はただ一点だけに奪われている。ノアラは死体に一瞥した後、こちらにゆっくりと歩み寄る。
一言も紡げなかった口が、無意識に言葉を作る。
「……失礼かもしれない、けど、お前はヴェルよりも弱い。なんで勝てた?」
実際、ノアラはヴェルに勝利した。それなのに、こう感じるのは彼女からする不慣れ感だろう。素人目から見てもヴェルは殺し慣れたように見てた。その被害者が主に俺だ。それなのに、ノアラには殺し慣れないような感じがして、違和感。
それに、ノアラが答える。
「さぁ?知らねぇ、けど私の運が良い。 そして、お前も。だって──」
「だって…?」
ノアラが、ひとつ間を置いて、それに俺が急かすように復唱する。
「私がお前を相棒に選んだから!」
ノアラは、まるで断られることを考慮しないかのように不敵に笑い、手にグッドのポーズを形取る。
実際、断るという選択肢がなかったのだから、不思議で堪らない。
「なぁ、相棒。名前は?」
その質問に、再び口を閉じてしまう。
初めて聞かれた気がした。三年間、誰も聞かなかったのは、知らなくても良かったから。
けれど、ノアラは俺を知りたがっている。
「俺は、面白いことも言えない」
「いいや、お前は面白いさ」
彼女は、やはり笑っている。確かに、ヴェルも常に笑っていた。それでも、何かが違うのだ。
強いていえば、彼女の笑顔は心がふわりと軽くなるような、暖かくなるような感触。
「俺は……アシェ」
「いいじゃん、覚えた!よろしく相棒」
どうしてか、今でもよく分からない。過去に戻れたらそうしないのかと問われれば、違うからまた分からない。
分からない。けれど、俺は確かにノアラの手をとった。
ここまで、ご覧頂きありがとうございました。
今日中にはここまで投稿したいと考えていましたが、夜が明けていて、驚きです。
これからも投稿を続けますので、よろしくお願いします。




