テーブルにいっぱい
青年の名前を、ルイといった。
ルイに招かれるがままに家に入れば、漂うご飯の香りから、アシェの食欲が唆られる。
「はは、妹は迷惑かけたらしいですね。 少し、待っていてください。 すぐ用意しますね」
ルイは好印象な笑顔を浮かべて、母親と共に台所へと消えていく。どこか手馴れた手つきには、苦労の色が見える。
リャーとルイの家は宿と比べると小さいが、温かみを感じる家だった。アシェからすれば、この家の方が心が安らげる。
明るい過ぎない橙色の照明は安心感を与え、壁に飾られた誕生日を祝う飾り付けから、家族の中の良さがわかる。
そうして、息をついている間に、やがて匂いはリビングまで香り、食卓に夕飯が並べられる。
グラタンに、スープ、サラダと品は色とりどりで、最後に焼きたてのベリーパイが置かれる。
「……んー? あっ! これ、リャーが取ってきたやつ!」
ベリーパイの甘い香りに、眠りに落ちていたリャーが起こされて、寝起きの割には元気にはしゃぐ。
「も〜、リャーも一緒に作ろうと思ってたのに」
そして、頬を膨らませて拗ねる。
5歳らしく、年相応な反応で、アシェは胸の辺りが温かくなる感触を感じる。不思議と、悪い気分ではない。
「「じゃあ──いただきま〜す!!」」
全員の声が重なる。
宿のオムライスも美味しかったが、ここのご飯もそれぞれすごく美味しい。アシェの空になっていた腹が満たされていく。
「本当に二人ともありがとうございました。 ほら、リャーもお礼言って」
「うん! お姉さん、お兄さん。 ありがとう!」
リャーは、ルイに頷き、頬にご飯をためながら溌剌にお礼を言う。ルイは、リャーの口周りを拭きながら、お行儀が悪いと叱るが、それは形ばかりのものに過ぎないように思える。
「アシェくんも、ノアラちゃんも、ありがとうね。 ほら、たくさん食べて? 四人家族なのに、たくさん作りすぎちゃってたから、とっても困ってたのよ?」
そう言って、二人の皿に食材を飾っていくのは、リャーの母だ。穏やかな印象の人だが、ルイの方がしっかりとしているようだ。リャーとの掛け合いを見ていると、そう思う。
「あら〜。 だって、お母さん。子供が泣いてるの見ると、私も泣いちゃうから。 それに、ほら! 叱るのは、ルイの時にたくさんやったから、次はルイにバトンタ〜ッチ」
「ルイを叱るのもお父さんばっかりだったじゃないか」
ルイにハイタッチを迫る母親と、それを思春期に嫌がるルイ。ご飯を次々と頬張るリャーに、それを優しく見守る父親と、この家族の食卓は騒がしい。
アシェも、自然と笑みがこぼれてしまった。
「あ、アシェもこれ食べてみて? これ自信作なんだ」
そう言って、ルイにコロッケをおすすめされる。コロッケを出した時、ルイの指先に切り傷があった。ルイは案外、不器用なのかもしれない。
けれど、食べてみると、たしかに美味しい。ころもがサクッとしていて、箸が進む。
そこで、疑問が挙がる。
「ねぇ、ルイ。 どうして、俺には敬語じゃないの? ノアラには敬語だ」
「あ……いや、アシェは僕より年下かなって…、それになんだか親しみやすいからね。 …ダメ、かな?」
眉を下げて、そう言われてしまえば、アシェは断ることができなくなってしまう。もとより、それを責めるつもりはなく、ただの純粋な疑問だったのだが。
「んなら、私にもタメ語でいいぜ? どうせ、あんまり歳変わんねぇだろうし。 私、18!」
「僕は16だよ。 ノアラは成人しているんだ。お酒出そうか?」
ルイの提案に、ノアラは上機嫌にのる。お酒の響きに惚れ惚れとしている様子だ。ノアラはお酒が好きだなんて、知らなかった。
二人が受け答えしたあと、視線がアシェに向けられる。
「ところで、アシェは何歳なんだ? ルイより年下ぽいな」
ノアラにそう聞かれて、アシェは困ってしまう。自身の正確な年齢を知らないからだ。
ノアラに、「覚えてる範囲でいいから!」と返事を求められて、仕方なくと、自身なさげに答える。
「覚えてる範囲なら……3だ」
アシェはヴェルと一緒だった以前の記憶がない。なので、覚えてる範囲といえば三年だが、周りは訝しむ。
「そんなデケェ3歳がいてたまるか!」
「アシェは不思議な冗談を言うなぁ」
「あらら、3歳って若いわね〜」
「おお! リャーの方が年上だー!!」
周りの反応は多種多様。食卓はまた騒がしくなる。 笑い声が重なる度に、胸が熱く打たれるのを感じる。
「ま、見た感じは13、14か。 無難に、酒は飲ませない方が良さそうだな」
結果、そういう結論に至って、アシェのお酒への第一歩は絶たれた。法律的には、18歳以上しか飲酒が許されていないらしい。ノアラの好きなものを飲んでみたいと思ったが、自称3歳のアシェでは無理だった。
そうして、18を超える成人達はお酒で盛り上がる。
大人たちはこのまま話が続きそうなので、子供たちは寝ることにした。アシェも、ルイの部屋で一緒に寝かせてくれるらしい。
ということで、アシェは今、布団の中だ。部屋の中は暗く、ルイの表情は見えない。
「ねぇ、アシェ。 ……もしかして、家はうるさかったかな? アシェ、元気がなく見えたからさ」
「いや、良い家族だと思ったんだ。 だから、俺がはいっていいのか分からないから……」
本当に、すごいいい家庭だと思った。家族仲は良く、お互いがお互いを思っている。理想像ではなかろうか。
だからこそ、勝手のわからないアシェの介入でこの空間を壊したくなかった。家族とは何たるか、それをアシェは知らない。
アシェの返答を聞いたルイは、くすりと笑う。
「リャーが君と仲良くしたいんだってさ。 君の冗談を鵜呑みにちゃってさ、3歳の君に先輩として色々教えてあげるって言ってたよ?」
リャーのことを語るルイは生き生きしている。聞いているこっちはまで和む。
それから、一息ついてルイが言う。
「リャーと、仲良くしてあげてくれないかい? 君はすごい良い奴だからさ」
「うん。 俺も、仲良くなりたいと思う。リャーとも、ルイとも」
暗くて見えないが、ルイはきっと笑っていた。
薄い布団なのに、胸は自然と温かくて、眠りの縁へと誘う。アシェはその誘いにまんまとのった。




