ベリー片手に夕飯時
ノアラの双剣の下の、死体───
それはピクリとも動かない。絶命だ。
ノアラは、驚愕に立ちすくむ。
「……ねぇ、お姉さん達が、この半獣を倒してくれたの?」
剣に貫かれて動かない半獣。その目前で、弱弱しく座りこむ幼子だった。
「すごいな、ノアラ。 投げた剣で半獣を貫くなんて」
「うぇ!? あ、ああ〜。 まぁ?それも想定内ってか? そう、全ては私の豪運の結果だな!」
アシェの素直な賞賛に、ノアラは困惑から徐々に普段の調子を取り戻して言って、最後には胸を張って自分の豪運を主張した。
そこには、確かな安堵が感じ取れた。
ノアラが、照れ隠しのように咳払いをする。
「ゴホン、ゴホン。 それで、お前はなんでこんな所に?半獣も出る森で1人なんて、自殺願望にも等しいぞ」
ノアラが厳しく向ける声は、アシェでなく少女だ。幼い少女が森の中で一人など、確かに大変。
ノアラがたまたま剣を投げなければ……。そんなことを考えれば、アシェの体が冷えるのを感じた。
「ええっとね、リャーはベリーを取りに来たの。 今日はお兄ちゃんの誕生日だから」
リャーと、名乗る幼子は、懸命に拙い言葉でこちらに伝える。利口でいい子だ。
だが、どれだけ賢くあろうと結局のところは子供である。
拙い説明は、しだいに嗚咽まじりになっていき、『お兄ちゃん』という単語を発したところで、泣き出してしまった。
森の中で、叫び声が響く。
半獣から悲惨な姿よりも、幼子の泣き声がアシェの心をひどく打った。
ノアラがしゃがみ、リャーと視線を揃える。
リャーの頭に片手を乗せ、そして言う。
「兄貴の誕生日か…… うん、頑張ったな。 けど、泣いてる時間はねぇよ? 早く兄貴にそのベリー届けねぇとだろ?」
相変わらずノアラの口調は荒い。それでも、声色が、眼差しが、ノアラに柔らかく優しい印象を与える。
言い終えた後に、ノアラが笑えば、つられてリャーも笑ってしまった。涙は引っ込んでいて、ノアラの言葉に頷いている。
「……うん、リャーはベリーのパイを作ってあげるの! 早くしなきゃ、夕ご飯までに間に合わないもんね!」
涙を服の裾で拭いて、元気に立ち上がる。
先程まで泣いていたのが嘘みたいだ。いや、目元が赤くなっていて、泣いたのはバレバレだ。
「大丈夫? 痛い?」
りゃーの体に深い傷はないが、かすり傷が沢山ある。痛いかをいけば、リャーは笑って答えた。
「ううん、リャーお兄ちゃんにベリーを届けるんだから平気だよ!」
健気な幼子の姿に、ノアラは目を潤ませる。アシェも、すごく驚いた。五歳はすごい……。
*
三人で森を抜ける。ノアラの直感がゆくままに進んでいけば、あっという間に森を抜けてしまった。
「──リャー!!」
青年がこちらに駆け寄ってくる。周りにいる女性と、男性もそこ声に反応して来る。
初め、アシェがわけも分からずに困惑していると、リャーがその人達に反応する。
「──お兄ちゃん!!」
青年の言葉に、リャーは平原を駆け出して、そのまま青年に飛びつく。それをきちんと受け止めて、青年はリャーを抱きしめた。
周りにいた人もそのに入って、みんなでリャーの帰りを喜んでいる。
けれど、突然その空気が変わる。他の誰でもない、少年によって。
「……リア! ひとりで森に入るなって、言っただろ!こんな時間まで、ひとりで何してたんだ!」
当然声を荒らげる青年に、アシェの体が固まる。リアと、そう呼んだ先にはリャーがいる。アシェは困惑する。
だが、そんなアシェの困惑も周りからすれば関係ない。
「…ご、ごめんな、さい。 リャーね、ベリーをたくさん取ってきたの。 お兄ちゃんの誕生日だから」
ノアラの言葉で止んだ涙が、再び溢れ出す。
アシェはもどかしい気持ちに襲われる。リャーが泣いているのを止めてあげたいけど、アシェには力がなかった。
そんなアシェと違い、青年はその力があった。
少年が心を落ち着かせるように息をつき、その後に笑顔を作る。とても、優しくてこちらまで心が安らぐようだ。
「ばかだよ、危ないって何度も言ったのにさ…… けど、ありがとうね、リャー」
馬鹿と言った罵声の中には、親愛が込められている。リャーはもっと泣いて、泣いて。けど、その涙はほかとは違うと思った。
結局、リャーは泣き疲れて眠ってしまう。
「あの、もしかしてリャー…いえ、リアをここまで連れてきてくれたんですかね?」
「リア?」
泣き疲れたリャーを抱えながらの青年の質問に、アシェは疑問のままに質問で返してしまう。それに、青年は不機嫌になることなく笑う。
「ああ、すいません。 リャーっていうのは、愛称みたいなもんで、リャーが自分の名前を発音できなくてリャーになってるんですよ。 それが家族の中で定着しちゃって」
少年が照れくさそうに答えた。
つまり、本名はリア。それを幼子が発音できずに、形態を変えてリャーになった訳だ。
「こいつ、森の中で半獣に追われてたんだぜ? それでも、ベリーは離さずにさ」
青年の質問には、ノアラが答えた。
青年の顔色が変わる。半獣という言葉に反応してだろう。
「リャー……。 そうですか、ありがとございます。 あの、もし良かったら夕飯ご一緒しませんか? たくさん作ってあるんです 」
青年はアシェより少し背丈が高い。16くらいの年齢に見える。
そんな外見年齢に対して、本人の精神はすごく成熟しているよう。アシェたちに、大人の対応で夕食に誘う。
アシェの腹の虫が鳴く。
「それなら、遠慮なくお邪魔させてもらうか! 丁度、相棒の腹も貯蔵を尽きた頃合いらしい」
ノアラがアシェを笑い、青年の提案を受けた。




