ベリーベリーキュート
「いやぁぁぁ!!」
森の中で、自身の叫び声が木霊する。いつも、小鳥がさえずり花が咲き、美しく感じていたものが、今日はとにかく禍々しい感じるのは、自身の精神状態が原因だろうか。
ただ走った。がむしゃらに走って、行き着いた先に何があるかも分からないのに、ただ走った。
裸足で森を走れば小さな素足から血が出る、それでも止まることは許されない。
すぐ背後に、唸る声がする。それが、酷く幼子を震わせて、恐怖心を心にこれでもかと植え付ける。
「っはぁ、はぁ。 どーして、こんなところな半獣がっ……おにぃちゃぁんっ!…」
思考していれば、無意識のうちに弱音が口から溢れ出ていく。
──半獣、とは
それは、恐ろしいものだと兄から教わった。魔法の源の霊魂に取り憑かれた獣が半獣になるんだって。魔力を持つようになる分、凶暴になって危ないんだって。
後悔が押し寄せてくる。それは、幼い体を後押ししてくれない。むしろ、目から涙が出てきて、足取りを重くする。
「どーして、約束やぶっちゃったんだろ」
不満とともに涙を零せば、視界がぼやけて森を走る障害となる。
もう走るのも辛くなってきた。足は痛いし、呼吸は大変だし、普通に疲れたし、お気に入りの洋服は泥で汚れてしまう。それでも、止まることは許されなかった。
こんなつもりではなかった。
ただ、笑顔が見れるとそう思っていた。
*
ヒラヒラのお洋服に、兄が作ってくれた小さなカバン。順番に身につけて、家の扉を開ける。
今年で5歳となる幼子──リャーがこっそりと家から抜け出す。本当ならば、ここで兄に「行ってきますー」と、挨拶しなければならないのだが、今日は秘密裏なミッションなので無し。
「お兄ちゃんに、サプライズだもん! ベリーを沢山とってきて、それでパイを作るの!」
今日はめでたいことに、リャーの兄──ルイの誕生日だ。リャーはそれを盛大に祝いたいと思った。
兄の好物のベリーを沢山拾ってきて、それで一緒にベリーのパイを作るのだ。
想像で、リャーの顎にヨダレが垂れる。普段なら兄が拭いてくれるが、今日はリャーひとりなので自分で服の裾を使ってふく。
短い足を精一杯に走らせて、野原にいけばベリーが沢山ある。
そう思って野原へ向かったのに───、
「──ない! ベリーがちょっとしかないよ」
この野原は誰のものでも無いし、この時期はベリーが旬なので、みんなが食べたくて持って行ってしまったのかも。
自分のものではないから、怒る筋合いもないのだが、どうして今日なのだとリャーは理不尽に地団駄をふむ。
「……どーしよ。 お兄ちゃんにベリーをあげたいのに」
気分がすごく落ち込む。こういう時、お兄ちゃんがいたならば一緒に遊んでもらって、すぐに元気になるのに。
リャーは、その思考を捨て去るべく柔らかい頬を叩く。
つい、家が恋しくなってしまったが、今日だけは耐えなければいけない。兄にベリーを振る舞うのだ。絶対。
「─────」
リャーは、野原のおくに伸びる森を眺める。
森はあまり人が来ないので、ベリーがまだ残っているかもしれない。
『可愛いリャー。 森は危ないから、ひとりで言っちゃダメだよ』
「……お兄ちゃん」
兄との約束だった。きちんと指切りもしたし、破ったらリャーの可愛いほっぺたをいっぱい引っ張っるって、兄が言っていた。
兄の顔が浮かんでくる。兄の笑顔だ。リャーが1番好きな顔で、母も父もみんなその顔が好き。
ベリーを食べてる時に、兄は笑う。リャーと話してて、兄は笑う。リャーが笑えば、また兄が笑う。
「ぜったい、ぜったいに! ベリー食べさせてあげるからね!」
そんな兄の笑顔を思い浮かべながら、リャーは森に入っていく。
恐れる気持ちはあった。けれど、兄の笑顔を思い浮かべらば不思議と勇気が出てきて、一歩を踏み出すことができた。
そんな勇気溢れるリャーを歓迎するように、森はさやさやと葉を揺らす。
それに背中を押されるまま森の深い所へと進んでいく。
数分もしないうちに、森の木々に実赤い丸を見つける。ベリーだ。とびきり赤くて、兄が大好きなやつ。
「うわわ、沢山だぁ〜」
奥へ、奥へ進む事に、カバンのベリーはひとつ、ふたつ、みっつ……と、数を増やしていく。これだと、とてつもなく大きなパイができると思い、それを食べる笑顔の兄を想い、一粒とる事に胸が温かくなる。
またひとつ、真っ赤なベリーを見つけた。
ベリーの木が、リャーに居場所を教えるようにして揺れる。
「──ぅえ」
その木から伸びる、黒い影。
リャーが知る、どれでも無い。母のでも、父のでも、大好きな兄のでもない。
グルルと、ソレが唸る。瞳が赤く光って、その瞳にリャーを映し出す。
ソレは、リャーがパイを食べる時みたく、リャーを美味しそうだとヨダレを垂らす。幼いながらに、ソレは危険だと分かった。
「……ぁ、は、半獣…?」
答え合わせをするかのように口に出せば、半獣は肯定するかのように唸る。リャーから、掠れた息が溢れる。
リャーがゆっくりと後退するのと同時に、半獣も一歩、また一歩とリャーに向かうために足を早くする。
思考ではなく、生存本能がそこから逃げ出したいと訴える。恐怖に頭が真っ白なリャーは、その本能に従うしかない。
「ぃや、いや! やだやだ、おにぃちゃんっ!!」
強い拒絶と、兄へ縋る幼心は、半獣に届くことはない。もし、届いたとしても半獣が聞き入れることもないだろう。
『半獣は甘い香りに釣られるから、遭遇した時は甘い香りのするものを、そこに置いて逃げるんだ』
兄の言葉だ。この言葉を思い出すことができたならば、リャーはすぐにベリーを手放して逃げただろうか。
だが、今のリャーにはそんな余裕はない。
もしも、食べられてしまったらどうなるのだろうか。そんな黒い想像に塗りたくられてしまった頭では、ただ恐怖心を煽るだけで、解決の糸口を見つけださせてくれない。
足は痛む、服は汚れる。それでも、リャーは兄に作ってもらったカバンと、その中身を守るように抱えて走る。
リャーの幼い足は短く、機動力の高い半獣と走り比べれば、天秤は迷うことなく半獣に向く。
すぐ背後で、荒い声が聞こえる。半獣はリャーとの距離をみるみると近づけていく。
天に、きらりと刃が光った。
見とれているうちに、リャーは半獣へ追いつかれてしまう。
「───ぅが」
叫び声も出なかった。
ただ、天に光った刃が体を貫いた。
*
「ノアラ、もしかして迷子なの?」
「ちげぇよ!! 本当に、本当!ここなんだよ!」
今より数分前。村へ向かう道の中、突然にノアラが言った。
「ここの森通った方が、近道にならねぇ?」
その言葉に、いち早く休息を着きたいがあまり、ノアラもアシェもそやな不確定な考えを信じて、森に入っていってしまったのだ。
──と、なって時刻はどのくらいすぎただろうか。
疲れた体にムチを打って、森の中を彷徨う。森は沢山の木々が生い茂っていて、足場も視界も悪い。
「……なんだよ、その目は。 言っとくけど、嘘じゃねぇよ?本当の本当に、私の勘がここを通れって言ったんだよ!!」
何も考えずにノアラに目を向ければ、必死の弁明にノアラは声を高くする。
「そうは言っても、この状況は迷子だ。 ノアラ、来た道を振り返ってみよう」
状況は一目瞭然。アシェ達二人は、森の中で目的地も方位も分からずに迷子だ。引き返すのが懸命だと、アシェが提案する。
だが、それは拒否される。
「いや、本当だよ! ……見とけよ、すぐに村に着いて見せるぜ」
ノアラが双剣を抜く。
アシェが意図が分からずに首を傾げれば、ノアラは不敵に笑って、剣を地面に立たせる。
「倒れる方向に向かうのか?……それは流石のノアラでも無理があるんじゃ」
そんなアシェの静止を聞かずに、ノアラが剣から手を離す。当然、支えを無くした剣は地面に倒れると──誰もがそう思っていた。
「おおっと、手が滑った」
剣はノアラの手から離れる。その勢いのままに、剣は不自然に空へ舞う。
その場合、アシェ達はどこに向かうのだろう。
そう、頭を悩ませていると、叫びにならない苦痛の声がアシェの思考を遮った。
「───ぅが」
アシェとノアラが視線を合わせる。ノアラの視線は、答えを求めるようだ。
「まさか、剣が誰かに刺さったんじゃ…」
アシェの邪推に、ノアラがひどく顔を青ざめさせる。血の気が引く思いはアシェも一緒だ。
二人は、足場の悪い森をどうにか駆けて、審議を確かめるべくノアラの剣の行方を探す。
木々が影を作る森の中、剣がキラリと光った。
「ノアラ、これ……」
「え。 嘘、だよな?」
そこには、ノアラの双剣の一対。それと、その下で血を流す死体があった。




