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死に損ないは続けたい  作者: 樋口 帆陽
二章 【ドッテンコ幽霊騒ぎ】
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長夜の終わり


「んじゃ、そろそろ初めっか!」


柔軟体操をし終え、ノアラが強気にそう言う。


それにコクンと頷く。だが、ノアラから聞いた作戦だと、アシェにできることはひとつも無く、端で応援しているだけなのだ。


空気が、緊張に張り詰める。アシェも思わず息を飲み、瞬きを禁じられるように魅入る。

視線がそこに集中される。


「アルデーレ」


ノアラの詠唱に応えるように、大気中に炎が浮かび上がる。

赤の髪色と同じく、赤色に燃え盛る炎は瞬く間に量を増やしていき、部屋を支配する。


「これが…魔法……」


神秘の超常現象。それを目の当たりにして、アシェは炎に照らされながら目を見張る。

部屋を埋め尽くさんばかりの炎が、端にいるアシェにまで届かないのは、ノアラの気遣いがあってだろう。

それでも、炎を大気すらも熱して、膨張させる。

熱さを感じたのか、風が揺れ、抵抗の色合いを見せる。


──間髪入れず、続ける。


「グラキエス」


短い詠唱だが、効果を見れば申し分ない。

キリリと、氷が結晶化されていき、少しずつ確かに質量を増やしていく。


瞬間、風に焦りの色を乗せて、激しく吹き荒れる暴風が力を見せるが、それもつかの間にしだいに力が失われる。


呼吸が掠れる。


「やっぱり、ノアラは時々頼りになる」


「へへ、だろ?」


強かに笑うノアラは、やっぱり信頼に値するもので、アシェもつられてほほえみを零す。



作戦を聞かされた時は驚いた。原理は理解できなくないが、実際にそれをやって見せろと言われれば、できないと答えるしかないだろう。


「ノアラには、できるの…?」


アシェの質問にノアラは短く、だが強く答える。


「ああ。私は嘘つかないだろ?」


まず、炎属性の魔法を使用する。

自然系の魔法は、誰にでも使用できるらしいが、誰も使わない。理由は簡単。道具を使えば、完結できてしまうからだ。

蛇口をひと捻りすれば水が出て、マッチを擦れば火が芽吹く。どれも道具でできてしまうのに、命を危うくしてまで使うものは少ない。


話が大きくそれたので、そろそろ戻す。


初めに、炎魔法で部屋中の空気を熱して膨張させる。次に、使うのは氷魔法だ。

熱した空気を、一気に冷却する。


「それで、真空が作れる」


断言するノアラに一切の迷いは伺えず、そこには命を賭ける恐怖も、失敗への不安も見えない。

ただ、信じさせてくれるだけの力があった。


「うん。 ノアラ、信じさせて」


「ああ、もちろん。 なんなら、この美少女に全幅の信頼を預けてくれちゃってもいいんだぜ?」


信じる──。

そう口にすれば、心に空いた風穴が再生するように、塞がれていく。満たされていく。


口にすれば、体はそのように作用するなど聞いたことがあるが、実際の効果を実感してアシェはとても驚く。


ノアラを信じることで、自分を肯定できるなどということはない。むしろ、ノアラにばかり不安が募ることへの懸念がある。

しかし、自分の中になかったものが生まれるというのは、いつでも楽しいものなのだ。



ノアラが氷魔法を詠唱すれば、準備されていたように大気が張り詰めていく。

その場所に、真空が作り方出される。


一度、同じく勢いに吹こうとした、真空のために風が止み、暴れる風がピタリと止まる。吹き荒れる暴風は真空に飲まれて消えていく。体が100%風で構成されているなら、消えたのだろうか。

見えないため真相は分からずだが、静寂が答えると、月明かりに言われるように感じる。


「───ふぅ〜。 疲れるなぁ、コレ」


張り詰めた空気を、解くかのようにノアラが息を吐く。脱力し、ノアラが床に座る。


「ノアラ、体は大丈夫か? 魔法は危険が多いと言うけど…」


続けて言葉を紡ごうとしたアシェが、途端にふらりとぐらつく。幸い、床に座り体勢が安定していたノアラは、アシェほど揺れずにいる。


突然の暴風が二人を襲う。


「──まだ生きてるのか?」


二人の間に緊張が走る。部分的だが、真空を作った部屋の空気は薄く、その空気でさえ張り詰めて呼吸がしづらい。


「上だ! 上から逃げるぞ」


ノアラの声の先を見る。天井から下げられている照明が、風に激しく揺れて、敵は存在を主張している。


木材でできた部屋が軋み、風で激しくゆらされた照明が床へ落ちる。照明の硝子が散り、灯りの媒介となる火石が衝撃に赤くなり、火花が木材を燃やす。


「やばい、火事になるぞ! でも、アイツが逃げると……」


追いかけに立とうとしても、疲労と爆風で二人は行動を制限される。敵も、火も二人の手には負えずに、眺めることしか出ない。

ノアラの顔が悔しさに歪む。


「────ッ!!」


そうして、モタモタとしている間に、敵は強烈な風と共に空へ逃げていく。

天井が突き破られ、アシェの部屋は壁も天井も吹き抜けという、プライバシーの欠けらも無い開放的な部屋だ。

上階に人がいなくて助かった。もし、誰かあの部屋を借りていたならば、怪我じゃすまなかっただろう。


その強風に吹かれて、力の入らないノアラと元より非力なアシェは、風に飛ばされて後退する。アシェは少しでもと、疲労困憊のノアラの体を抱き、壁に打ち付けられる痛みをできるだけ肩代わりしようとする。

鈍い音と同時、アシェの背中に重い痛みを感じる。じくじくとした痛みが広がり、これは腫れているだろうな。と、アシェは冷静に分析。いや、普通に痛い。

アシェが打撃を受けたとしても、抱えるノアラにも衝撃は加わる。そもそも、アシェより体の大きなノアラを抱え込むのは難しく、自分の無力を痛快。


「お客さん? さっきからドタバタと大きな音でうるさいですよ。 何があるんですか?」


声は荒らげられていないが、確実に怒りを含んだ声がアシェのいる階へと上がってくる。お昼の店員さんだ。

声の主が扉を開けて、開放的な部屋に差し込む月明かりに、褐色の肌が照らされる。


「───ぇ、何です?これ」


彼女の口調は一貫して丁寧だ。それでも、ノアラとアシェはその一言にひどく恐怖心を覚える。


「ぅ、えっ〜と……これは、私の懐より深い事情がありまして…」


ノアラが口を開く。彼女は珍しく敬語だし、話す表情からは不安が伺える。

そのことに、驚く余裕はアシェには無い。だって、定員さんは笑っているのに、誰かのどんな表情より怖く感じて、アシェは萎縮している。


「へぇ〜、お客さんの懐くらい深いわけですか……」


定員が穏やかに、それに笑顔で言う。


どうしてだろう。定員さんはたしかにノアラの話に納得したように頷いているのに、まるで話が通らないようだ。


「ぁはは、いやぁ…う、ん」


定員さんの復唱に、ノアラは萎むように笑う。力なく笑うのは、疲労困憊よりもこの定員さんの威圧感が原因だろう。

アシェは恐怖からノアラを抱き寄せる手に力が入る。抱くというより縋るに近く、そのノアラもアシェに助けを求めるように体を預ける。


「わかりました。 深ーいわけがあるのですよね?」


定員さんは、二人の事情に理解を示すが、二人はその言葉に背筋凍らせる。


「それじゃあ、私の話を聞いてもらっていいですか?」


定員が、にこやかに笑った。


あ、終わった……。

瞬間、頭には終わりが予測され、あまりにも呆気ない終わりに感慨すら感じることができずに、夜を終えた。



「はぁ……、全く酷いめにあったぜ」


ノアラは、固まった体に溜まる空気を出し切るように、深く息を吐いた。


あれからというもの、二人にとっては長い夜を過ごした。いいや、そんな表現じゃ生ぬるい。地獄というのが相応しく、ノアラにはそれほど苦しい一夜であった。


「アシェ、大丈夫か? 耳にタコができてたりしない?」


あまりにも長い話を聞くと、耳にタコができるとか何とか聞いたことある気がする。その理論が正しいならば、二人の耳には確実にタコができているだろう。


「……ぃや、大丈夫」


アシェの声には覇気がない。普段から覇気は感じないが、今日は覇気はおろか、生気すら感じないような気がする。


2人は、褐色の定員による地獄の説教タイムを過ごした。その時間は明け方まで続いて、挙句のあてには定員に宿から追い出される始末だ。

そりゃ、宿を壊してしまったことは申し訳なく思うが、ノアラ達がやった事ではない。責め立てるのであれば、かの風野郎にして欲しい。


ともあれ、二人無事にいられることは感謝すべきだろう。納得はいかないが。


「んじゃ、どこか泊めてくれる宿でも探すかぁ〜」


「宿…、怒られないところがいいな」


朝日に照らさて、ノアラが体を伸ばしながら言う。アシェも、それを真似て体を伸ばす。


ボロボロの体を太陽が照らして、ノアラの幸運のおかげか以前より軽くなった体(罰金として金袋を取られたため)を進ませながら、休息を求めて道を歩いた。


「向こうの村にでも行ってみるか?」


ノアラの提案にアシェが頷く。


「ノアラが俺の帰るところなんでしょ?どこでも、ついて行く」


疲労に塗られたノアラの表情が明るくなる。


「おう! 上出来だぜ、相棒」

2章終幕


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