【短編小説】試験用
誰かに肩を叩かれたように、ハッと目を覚まし飛び起きた男。彼の名前はK。
携帯の画面を見ると、時刻は朝の7時30分。なんとか遅刻せずに済む時間だがいつもより30分遅い目覚めであった。目覚まし時計が鳴らなかったのである。時計の針はピタリと止まっている。
そこでKは思い出した。入れた電池が試験用電池であったことを。
ドダンッ。
昼下がりのオフィスに衝撃音が響き渡った。近くに座っていた総務の女性は、椅子から崩れ落ちた社員に駆け寄り背中を確認すると、離れた島に座る男を呼んだ。
『あのー開発チームさーん!こちらの方、電池が切れたようです』
『あ、試験期間が終わったのかな。はーい!今行きます』
呼ばれた男は女性に軽く手を振り返した。
『プラスドライバーは、まぁいいか。そのまま持って帰ってもらおう』
男は荷台を押しながら倒れた社員の元へ向かった。
『今日でちょうど1ヶ月ですね。結果はどうなるんでしょうね』
女性は社員の両脇に手をかけ、力いっぱい引っ張った。
『新人にしてはなかなかの動きだったと思いますよ。指示もよく理解していたし、企画書もきれいにまとまっていた。強いて言えば自己主張が強いのが気になりますかね。ちょっとうちの風土と合わないような‥‥んよいしょ』
男が両脚を持ち上げると、ふたりは社員を荷台の段ボールに勢いよく放り込んだ。
『じゃあ、K君呼んでもらっていいですか?いつもの裏口にトラックが待機しているので、そこまで運んでくれればとお伝えください。この機体は廃棄で大丈夫です』
女性はKのいる部署に電話をかけた。
「すみません。遅くなりました」
『いいのよK君〜。いつもここまで来てもらって悪いわね』
しばらくしてKがやってきて、女性から荷台を引き継ぐと、指示の通りの内容を配達員に伝えた。
Kのいる処理チームでは、開発チームで手が回らなかったロボット修理を請け負っている。
そのまま段ボールに詰めて破棄することもあれば、修理の依頼がくることもあるので、一定の知識と技術が求められる部署である。
もともと器用だったKは同時期に入った誰よりも早く修理の技術を習得し、期待の新人として活躍している。また、Kは複雑なコードだけではなく行間もきちんと読める人間で、そのうえ見た目も悪くないので、得意先からも女性社員からも人気は上々というわけだ。
このように順調そうに見えるKだが、彼にはこのところ悩んでいることがあった。
「んん〜。なんだか体がだるいな」
数日前から朝の目覚めが悪くなったのだ。
それは突然の出来事だった。どれだけ眠ても、昨日の疲れをまだ半分背負っているように体が重たい。やる気も起きない。寝起きというのはそういうものかもしれないが、Kは明らかな異変を感じていた。しかしながら睡眠時間は十分すぎるほど確保しているので、明確な理由は分からないままだった。
謎のだるさは少しずつ仕事に影響を与えた。
頭は機能を果たさず、考え事をすれば視界がたちまち雲に覆われるようだった。物忘れが増え、体に染み込んでいた修理の方法まで忘れてしまったのだ。
どれだけ寝ても体力は回復しなかった。
良質な食生活を送っても、適度な運動をしてみても悩みは解消されなかった。
改善させるどころか日に日に体力は落ちていくばかりであった。
今日も遅刻ギリギリで出社すると、Kはトイレに駆け込んだ。猛烈な眩暈に襲われたのだ。Kは便座に座ると、スイッチがオフになったようにそのまま眠ってしまった。
昼下がりのオフィスに電話の鳴る音が響き渡った。
『開発チームさーん!ご依頼です。2階フロアの男子トイレで処理チームのKさんが倒れているようですー』
『K君今日までだったか。M君、ちょっとお手伝いお願いできるかな』
『はい!』
別の島に座っていたMは急いで荷台を押しながらやってきた。ふたりはトイレに向かうと倒れたKを持ち上げ、段ボールへ放り投げた。
『M君は先週入社したのかな?いやぁ、おめでとう。君の試験期間の働きっぷりはなかなかだったと聞いたよ。機械にも詳しいようだし、開発チームに歓迎したいくらいだ』
『あはは。開発チームさんは毎日忙しそうですね』
『猫の手も借りたいくらいだよ』
『おもしろい社風ですよね。就職希望者のデータが入った試験用ロボットを働かせて人となりを見るって』
『そのまま入社させればと思うけどね。費用もかかるわけだし。導入したおかげでミスマッチはだいぶ軽減されたみたいだけど』
『彼は合格ですかね?』
『んー、技術の習得も早かったし、合格だと思うけどねぇ。最後は上が決めるからこればっかりは分からないね』
『そうですよねぇ。あ、あとはやっておきます。破棄で大丈夫ですよね?』
『うん。裏口にトラックが待機していると思うから、配達員さんに伝えれば残りは全部やってくれるよ。じゃよろしく』
『承知しましたー』
Mは指示の通り配達員に伝えると、Kの入った段ボールを地面に置き、その場を後にした。




