第七幕 『風を聴く場所』
第七幕『風を聴く場所』
議会後・議事棟の帰路
議場の閉会後、信長と平手は並んで控室を出た。
夕方の光が長く差し込み、廊下に静かな影を落としている。
信長はネクタイを緩めながら、小さく呟いた。
「“止まってる”って思ってたけどさ……あの人の内側、少し動いてるかもしれないな」
平手は黙って歩く。
「正直、舐めてた。でも……
飾りでも、十五年立ち続けてたってのは、
それだけで一つの“重み”なんだな」
—
議事棟の出口近く。
平手がスマホで迎車の状況を確認していた。
そのとき、正面の通りでクラクションが短く鳴った。
駐車場から左折した高級車と、配送業者のワゴンが角を交錯する。
危険な角度。
ワゴン車が反射的に歩道側へ逸れる。
「若、危ない!」
平手が信長の背を押す。
信長は地面に倒れ込み、その直後――「ドンっ…」鈍い衝突音が響いた。
—
病室
数時間後、市立病院・個室病室。
照明は絞られ、モニターの音だけが規則的に空気を刻んでいた。
信長は、ベッドの横に座っている。
「若……ご無事でよかったです」
声はかすれていたが、言葉の輪郭はまだ確かだった。信長は、ただうなずく。
「……何してんだよ、俺、あの時、何もできなかった」
それは、言葉というより、ため息のようだった。
平手は酸素マスクを外し、視線を少しだけ上げた。
「若……申し訳ありません。大事な時期にこのような事になってしまって…。もう少し一緒にいて、お役に立ちたかったです。
変わっていく尾張を、この目で見たかった。」
その言葉に、信長の呼吸が一瞬止まる。
「そんな事言うなよ。まだやれるよ!」
信長はカッと目を見開き、ベッドの脇に身を乗り出す。
「元気になったらまた一緒に仕事をしよう。
俺の側でサポートし続けてくれよ……頼むからさ」
平手は少しだけ微笑み、静かに首を横に振る。
「……申し訳ございません。その願いに応えることは…」
信長が拳を握りしめながらその言葉を遮る。
「謝るな……!」
声が震えている。涙が込み上げそうになるのを必死でこらえた。
「俺のほうこそ…,出来が悪くて、話も聞かねぇし、仕事は溜めるし……お前にはずっと迷惑かけてた」
平手は首を横に振る。
「いいえ。若と一緒に仕事ができて、私は本当に楽しかったんです。一つずつ積み重ねていく感じが、毎回少しずつ風を感じるようで……嬉しかった。
議会の資料より、若の言葉のほうが、よほど届きました」
信長の目が滲んでいく。
「……そんなこと言うなよ。
俺は、まだお前と議会でケンカしながら進みたい」
平手は微笑み、そっと目を閉じた。
そして、かすれながら言った。
「あなたなら、きっと……信秀様を超えて、尾張の未来を整えられる方になれます。
議会を、人の心に届く場所にしてくれると、私は……そう信じています」
その瞬間、平手の目尻に一筋の涙が流れた。
枕元の白に染み込み、小さく残ったそれは、誰にも見られないように落ちた。
風鈴が、一振り鳴った。
その音は、遠くから届いたような気がした。
信長は平手の手に触れ、震える声で応えた。
「見ててくれよ……どこにいても。
俺が、変えてやるから。歪んだ制度ごと、ぜんぶ、届く形にしてみせる」
平手の指先が、わずかに動いた。
それが、最後の返事だった。
—
執務室に戻った信長は、書類の間に小さな折り紙を挟んだ。
その色は、少しだけ淡くて、切ない色をしていた。
その横に、走り書きが残された。
【届かなかったなら、何度でも整える】
外の風が、窓の隙間からすっと流れ込んでくる。
風鈴がもう一度、そっと響いた。




