第六幕 『傀儡と眼差し』
第六幕『傀儡と眼差し』
議場の空気には、見えない境界線があった。
進むもの、止まるもの、それを見ないふりをするもの。
そのすべてが、予定された進行の中で整然と並んでいた。
「次の議題に入りましょう。
斯波義統・知事による行政報告に移ります」
議長の声音も、いつもの通り。
その名前を呼ばれても、多くの議員が顔を上げない。
けれど、壇上に立った斯波義統の背筋は、ただ美しかった。
年齢を重ねた柔和さと、場に似合う静けさ。
それは「動かないこと」に慣れすぎた政治の中で、
むしろ“崩れない品格”のようにも見えた。
—
控室。
信長はソファに腰をかけたまま、議事録を眺めていた。
「……あの人、何年あそこに座ってるんだっけ?」
恒興が紙コップのコーヒーを啜る。
「もう十五年になる。清洲派の票でずっと“座ってる”だけだがな」
「でも、なんかさ……」
信長がページから目を離し、天井を仰ぐ。
「俺の話、ちゃんと聞いてた。
動かないんじゃなくて、“動けない役”を演じてる気がした」
平手が静かに言った。
「斯波義統は、中央から見れば“最適な顔”です。
尾張議会が乱れていない、という証しとして」
「でも、目線だけは、俺のほうにきてた。……気のせいじゃないと思う」
—
信長の控室、机の上に資料の束が山のようにそして乱雑に置かれていた。
その角には、折り紙がひとつだけ添えてある。
誰がいつ置いたのか、気づかなかった。
信長は何も言わず、それを手に取る。
折り目は綺麗だった。
けれど、完璧ではない。わずかに歪んで、風に揺れる余白がある。
【止まって見えるものも、風を受けている】
信長は静かに座り、目を閉じた。
制度が動く音は聞こえない。けれど、どこかで風は吹き始めていた。




