第三十一幕 『決戦への加速』
第三十一幕『決戦への加速』
勝家は帳簿を閉じ、大きく息を吐いた。
「……これで必要な人数は揃ったな。」
その顔には、長く張り詰めていた糸がわずかに緩む気配があった。
林は頷きながらも、表情は崩さない。
「解任請求案は提出した。だが、まだ可決したわけじゃない。ここからが本当の勝負です。」
机の端に置かれた湯飲みを手に、信行がゆっくりと口を開いた。
「そうだな。安堵している暇はない。票を動かす余地は、まだ残っている。」
勝家は椅子にもたれ、顎に手を当てる。
「引き続き賛同を固める。特に態度を保留している連中には、直接話を通そう。」
林が机上の名簿を指先で叩く。
「支援者にも声をかけます。外からの圧力もあれば、彼らも動かざるを得ないでしょう。」
信行は二人を見渡し、短く言い切った。
「このままの勢いで派閥を掌握する。そして……議会もだ。」
その言葉に、勝家と林は揃って頷いた。
部屋の空気が、決意と緊張で一段と引き締まる。
やがて廊下の向こうから、鐘の音が響き始めた。
採決の刻限が迫っていた。三人はそれぞれ立ち上がり、歩を進める。
――扉の先には、派閥の命運を賭けた場が待っている。
議場の扉が重々しく開くと、ざわめきが一瞬、波のように引いた。
半円形に並ぶ席に、支持者の代表たちや党員たちが視線を向ける。
その視線は冷ややかでもあり、計りかねる探るものでもあった。
議長が手元の木槌を軽く叩いた。
「これより、解任請求案に関する投票を開始します。各自、投票用紙に記入の上、順に提出を。」
椅子が軋む音。
議員たちは静かに立ち上がり、投票箱へ向かって歩き出す。
右の列では、ためらいながらも一票を託す者が続き、
勝家はその様子を目で追いながら、胸奥に熱い渦を感じていた。
だがその瞬間、左列の一角で鋭い笑い声が響く。
反対派の笑み――その余裕は、票の流れに自信がある証だった。
林の眼光がそこへ突き刺さる。
信行は遠くの席にいる保留票の面々を視界に収め、眉をひそめるでもなく微笑をたたえた。
――まだ揺らせる、そんな確信があった。
投票は静かに進み、票を数えるスタッフたちが壇上に並ぶ。
場内の空気は張り詰めたまま、誰もがその瞬間を待っていた。
同じ会場の一角、大型モニターには開票速報が映し出されていた。
信長陣営も信行陣営も、わずかな距離を置いて同じ画面を見つめている。
息を呑む音、紙を握りしめる手の音、誰かの小さな咳払い――
その全てがやけに響く。
そして数字が現れた。
「賛成 37 反対 148」
画面の向こうで冷徹に刻まれた差は、言葉以上の衝撃を放った。
数字そのものが勝敗を突きつける。
信長の支持者たちが一斉に立ち上がり、歓声と拍手が爆発した。
「やりましたな、信長さん!」佐久間が拳を握りしめる。
貞勝は笑みを浮かべ、恒興は静かに頷いた。
帰蝶は信長に視線を送り、口元を緩める。
「圧勝よ。おめでとう。」
一方、隣の席列に座る信行陣営は微動だにしなかった。
勝家は唇を噛みしめ、低く呟く。
「……ここまで差がつくとは……。」
林秀貞は表情を変えず、淡々と告げる。
「敗北です。」
信行は画面を見据えたまま、短く言い切った。
「これで終わりだ。」
歓喜の熱と敗北の冷たさが、同じ空気の中で交錯していた。
第三十一幕、ご覧いただきありがとうございました。 信行陣営が解任請求にすべてを賭け、そして数字がすべてを語る回でした。
圧倒的な差が、政の構造に静かな衝撃を与えます。 次幕では、この勝敗の余波が尾張にどう響くのか。 引き続き、静かな時間にお付き合いください。




