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政の継承~戦国リーダーズ~  作者: 葵 悠政
『清洲の構造』

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第二十九幕 『風烈』

第二十九幕『風裂(ふうれつ)


宴が終わり、広間の灯が落ちた頃。 信行はひとり、残された盃の前に座っていた。

その下に敷かれた懐紙の端を、指先でゆっくり撫でる。 まるで、何かを確かめるように。

盃を持ち上げ、懐紙を手に取ると、しばらく見つめたあと、静かに折りたたんだ。その動きに、帰蝶の目が止まる。 彼女は何も言わず、ただその様子を見ていた。


翌朝。 信長が文を捌いている脇で、帰蝶が声を落とす。

「昨夜、信行の様子がちょっと……変だった」

信長は筆を止めずに答える。

「変?何か言ってたか」

「ううん。何も。でも、懐紙を見つめる目が……冷たかった。何か、決めたような顔」

信長は軽く笑った。

「あいつは昔から、考え事してるときはそんな顔になる。気のせいだろ」

帰蝶はそれ以上言わず、視線を落とした。 だが、胸の奥に残ったざわめきは、消えなかった。


同じ頃、議会では義銀を中心とした新体制が動き始めていた。

瓦解した清洲派に代わり、政策の主導権は岩倉派と勝幡派の手に渡っている。

尾張議会は、かつての均衡を失い、二つの軸で再編されつつあった。


空転していた委員会、予算の見直し、民意の整理―― 「まずは、空白を埋めることからだ。」 義銀はそう呟き、筆を走らせる。


その筆先が触れる紙の上には、まだ誰も知らない新しい地図が描かれ始めていた。


冬の気配が政庁の廊下に染み込んでいた。 窓の外では、枯れ枝が風に揺れている。

信長の執務室には、いつも通りの空気が流れていた。

大きなテーブルには政策資料が並び、貞勝が静かにページをめくる。

佐久間は何か言いたげに口を開きかけ、帰蝶は窓際で腕を組んでいた。

そのとき―― ぐぅ~~~……。 静かな室内に、腹の音が響いた。


佐久間が一瞬凍り付き、気まずそうに腹を押さえる。

「……おっと。」

貞勝が微笑みながら問いかける。「お昼、少なかったんですか?」

「いや、食べたはずなんですが…こういう場だとその…、胃の調子が……。」

佐久間は申し訳なさそうに笑った。


その笑いが空気を和らげた瞬間、扉が勢いよく開いた。

恒興が息を切らして駆け込んでくる。

「信長!大変だ!」 信長が書類から顔を上げる。

「何だ?」


恒興は一度息を整え、重く告げた。

「信行が、代表解任請求の準備を進めている。」


室内の空気が変わった。 貞勝が顔を上げ、帰蝶が静かに息を吐く。

「やっぱり…言った通りでしょう?」


信長は資料を机に置き、冷静に促す。

「詳しく話せ。」 恒興は報告書を広げながら言う。

「信行は水面下で支持者と接触し、賛同を集めている。提出は時間の問題だ。」


帰蝶は信長の表情を見ながら、静かに言う。

「信行さん、かなり準備してたみたいね。」

貞勝が低くつぶやく。「すぐに動かないと…。」

信長は机を軽く叩き、指示を出す。

「まず、信行の動きを完全に把握する。それから必要な措置を講じる。」


その時―― 「ところで、夕飯は何にします?」 佐久間の問いに、室内が一瞬止まる。

帰蝶が微かに笑いながら呟く。

「……佐久間さんは、どんな場面でもごはんのことを考えてるわね。」

恒興が呆れながら笑う。

「……お前な。」 信長は目を閉じ、短く言った。


空気が少しだけ緩み、すぐに引き締まる。

「さて、本題に戻る。」 信長の声に、皆が資料へと目を戻す。

「この件、放置すれば手遅れになる。」


三日前――とある飲食店


湯気の立つ鍋の向こう、信行、柴田(しばた)勝家(かついえ)(はやし)(ひで)(さだ)が向かい合っていた。

店内は静かで、外の風がガラスを叩いている。

「……ついに動くときが来たな。」勝家が低く言う。

信行は盃を持ち上げ、無言で酒を口に含む。

林が微笑しながら言った。

「派閥の未来を考えれば、誰が指導者にふさわしいかは明白でしょう。」


信行は盃を置き、ゆっくりと視線を上げる。

「父さんの跡を継ぐ者は、ただ権威にしがみつくだけの存在ではない。」 指先で盃を転がしながら、低く言葉を続ける。

「勝幡派を、本来あるべき姿へと導くのは……俺だ。」


勝家は腕を組み、力強く頷いた。

「あなたならできる。信秀さんの後継者は、本来信行さんであるべきだった。」

林は静かに杯を持ち上げた。

「必要な支持は徐々に固まりつつある。来週には、決定的な動きを見せる。」


信行はわずかに微笑み、口を開く。

「では、準備を進めよう。」


その夜、信友の裁判日程が正式に告知された。 有罪判決が出れば、政界への影響は避けられない。

このふたつの点がひとつの線へと繋がっていく。


闇の中で、静かにクーデターの歯車が回り始める――。


第二十九幕、ご覧いただきありがとうございました。 今回は、信行の懐紙から始まる静かな動きが、尾張の政に裂け目を生む瞬間を描きました。


「勝幡派を、本来あるべき姿へと導くのは……俺だ」 その言葉が、政の構造に新たな軸を刻みます。


義銀が筆を走らせる一方で、信行は盃を転がしながら別の地図を描き始める。 ふたつの筆が、尾張の未来をめぐって交差しようとしています。


次幕では、裂け目の先に何が見えるのか。 引き続き、静かな時間にお付き合いいただければ嬉しいです。

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