第二十八幕 『筆は己の手に』
第二十八幕『筆は己の手に』
宴の喧騒の中、義銀は盃を置き、勝幡派の面々を見渡した。
その視線に気づいた信長が、静かに口を開く。
「銀。お前、今この輪を見て、何を思った?」
義銀は少し考え、答えた。
「強いですね。繋がりが。……僕には、まだないものです」
信長は盃を傾けながら、ぽつりと言った。
「なら、知っておけ。これが勝幡の顔ぶれだ」
「恒興。俺の右腕で、勝幡派の調整役だ。場の空気を読むのが早い」
「佐久間。交渉の場ではこいつが動く。不思議と、どんな話もまとめてしまう。議会でも、裏でもな」
「権六(柴田勝家)。武骨だが、議会では一番筋を通す。清洲派が崩れた今、彼の一言が重くなる」
「林秀貞。理論派で、議案の読み込みは誰よりも早い。議会の数字を動かすのは彼だ」
「信行。俺の弟だが、俺とは違って人の懐に入るのがうまい。議会の空気を柔らかくする役目だ」
「又左(前田利家)。若い頃から俺と一緒にヤンチャしてた仲だ。今は身の回りの雑務や警護を任せてる。ネットワークも広くて、情報収集では一番頼りになる」
「それから、帰蝶。言葉少なだが、場の流れを読む目は鋭い。勝幡の空気は、あいつが整えている」
「五郎左(丹羽長秀)。事務方の要だ。議会との橋渡しも、実務も、あいつがいなきゃ回らん」
「村井貞勝。記録と分析の鬼だ。俺の言葉を拾って、必要な時に必要な形で返してくる」
信長は盃を手に取り、静かに言った。
「尾張議会の定数は27。清洲派が崩れた今、勝幡派は俺と信行、恒興、権六、林、佐久間の6名で第二勢力になった。だが、数だけじゃない。動き方次第で、議会の流れは変えられる」
義銀は面々の顔を見渡し、盃を握り直した。
「僕は、勝幡派の一員ではありません。けれど、皆さんの支えには感謝しています」
「ただ、道を切り開くのは、自分の足です。誰かの後ろを歩くつもりはありません」
信長は微笑み、盃を掲げた。
「それでいい。筆は渡した。だが、書くのはお前だ。俺たちは、紙を整えるだけ」
義銀は頷き、盃を掲げ返す。
宴のざわめきの中、二人の盃が静かに触れ合った。
その後、義銀はひとり庭へと歩を進めた。
月は高く、風は涼しい。
その風が、彼の頬を撫でるように通り過ぎる。
「……筆は渡された。紙も整えられた。ならば、書くのは――」
義銀は空を見上げ、深く息を吐いた。
その目には、迷いはなかった。
ただ、遠くにある何かを見据えるような、静かな光が宿っていた。
「誰かの影ではなく、自分の輪郭を描く。
それが、僕の戦だ」
風が、彼の言葉をさらっていく。
宴の音が遠くなり、夜の静けさが彼を包む。
義銀はゆっくりと踵を返し、屋敷へと戻っていった。
その背に、月光が静かに降り注いでいた。
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宴の音が遠のく中、信行は懐紙の端に指を添えた。
その動きに、帰蝶の目が静かに止まる。
……何かが、揺れていた。
第二十八幕をご覧いただき、ありがとうございました。
今回は、義銀が勝幡派の支えに感謝を示しつつも、ついに自らの筆で道を描く覚悟を固める場面を描きました。
「筆は渡した。だが、書くのはお前だ」
信長の言葉が、義銀の立ち位置を静かに照らし出します。
支えられる者から、描く者へ。
その小さな一歩が、尾張の構造に新たな輪郭を与え始めました。
そして、宴の隅で揺れた懐紙――
誰かの動きが、次の幕に静かな火種を残します。
引き続き、この静かな時間にお付き合いいただければ嬉しいです。
次回は《29日》に《2話連続投稿》となります。
前編:10時頃
後編:22時頃
年末増刊号としてお届けします。
なお、年初の1月1日はお休みとなります。
どうぞゆるやかにお待ちいただければ幸いです。




