第二十三幕 『盤上の三名』
第二十三幕『盤上の三名』
数日後、尾張議会・控室の一角。
各派閥の幹部たちが資料を手に集まりつつあった。
信友は椅子に腰掛けたまま、越前から送られてきた人物紹介の巻物を静かに読んでいる。
「……斯波昌高。越前斯波家の分家筋。格式としては正五位下、治部少輔か」
岩倉派の代表・信安が言葉を重ねる。
「担ぐ神輿がない我々としては、ちょうど良い。家格もあるし、官位の心配もいらない」
信友は目を細める。
「ただし、操れるかどうかだ。
格式がある分、求められるのは“形と安定”。こちらの路線に従って動くかどうか…」
信安は笑みを浮かべる。
「その点は心配ないでしょう。越前から推薦されてくる以上、尾張には足場がない。
操るなら今のうちです」
—
別室。勝幡派の面々も緊急で集められていた。
信長、恒興、利家、村井が席を囲み、傍には丹羽と義銀。
信長が巻物を手に立つ。その口調は簡潔だが、空気を裂く確かさがあった。
「叙任、正式に通った。……斯波義銀、従五位下・兵庫允に任ぜられた」信長が巻物を手に立つ。その口調は簡潔だが、空気を裂く確かさがあった。
恒興が小さく拳を打つ。
「間に合ったか。これで選挙戦に立てる」
利家が肩を張りながら言う。
「中央も早かったな。普段ならこんな速さで出んぞ」
村井が口元に微かな笑みを乗せる。
「文書の整備はこちらで対応しました。
それと……織田家と繋がりの深い公家・近衛前久卿に、信長さんの意を添えてお願いを」
信長は頷く。
「前久は動いてくれた。斯波家が大臣を輩出することができる管領家であることも奏効したようだ。
……“名と系譜”が政治の入口をこじ開けた。だがそれだけでは、奥へは進めん」
恒興が義銀の名前が記された巻物を見下ろす。
「この叙任が、尾張を動かす第一歩になることを信じるしかないな」
そして笑みを浮かべながら言った。
「兎にも角にもこれで選挙戦に立てる」
利家が頷き、口を開く。
「信友は越前から候補を立てるらしいぞ。岩倉派も丸乗りでいく予定だとさ」
村井貞勝が机の上に地図を広げながら言う。
「流れとしては悪くないです。昌高の方は民との接点が薄い。
銀さんの言葉が届けば、勝機はある」
ここで村井が巻物をめくりながら呟く。
「兵庫允って本来は兵庫寮――つまり武器庫の役ですが、今は実質“政に入る名札”ですよ。
……まあ、実務とは関係ないですけどね」
恒興が小さく笑う。
「名札だけで政は動かん。だが名札なしでは、入口にも立てん」
場の空気にはまだ熱があった。
だがその熱は、次の一手を急かすように静かに揺れていた。
信長が巻物を再び手に取り、義銀へ視線を向ける。
「……お前の名前、もう盤面に乗った。
後は、その意味をどう現場に伝えるかだ」
義銀はゆっくりと頷く。
「やります。父が見られなかった尾張の形……僕が作ります」
議会側では選管が立候補者の届出を受理。
斯波昌高の名と共に、義銀の名が正式に掲示された。
第二十三幕、ご覧いただきありがとうございました。 今回は、尾張の盤面に三つの名が揃い、選挙戦の構図が静かに定まり始める場面を描きました。
義銀、昌高――そして、もうひとり。 その「三人目」が誰なのかは、語られていません。
構図を整える者か。盤面を動かす者か。 それとも、名札を持たずに支える者か。
この幕は、読者自身が“盤面の奥行き”を読み解くための一手でもあります。 引き続き、静かな時間にお付き合いいただければ嬉しいです。




