第二幕 『若き演説』
第二幕『若き演説』
議場の空気は、まだ緩やかだった。
開会前のざわめきが遠くへ引いていき、残されたのは書類をめくる音と、誰かの咳払い。天窓から差し込む陽光が、議場の木目を柔らかく照らしていた。
壇へ続く道は、まっすぐに敷かれている。会議机の間を縫うような細い通路。足音がその上を一つ一つ、丁寧に刻んでいく。
壇に近づくにつれて、まばらだった視線が自分に集中してくるのがわかる。名札に目を落とす人、まっすぐ睨むように見る人、ただぼんやりと眺める人。
――光が少し強くなった。
議場の天窓から差し込む陽射しが、壇上の一角を照らす。空気がすっと変わったような気がした。
信長は深く礼をし、挨拶文の紙を開いた。
文面は見慣れていた。今朝、平手と何度も読み返した言葉。自分の語彙ではないけれど、確かに考え抜かれたものだった。
「本日はこのような場をいただき、まことにありがとうございます。尾張という地域の中で、私たちは……」
言葉は滑らかだった。文法も、礼儀も、破綻がない。けれど、自分自身の“声”が届いていない気がした。
信長はふと目を上げる。
議場に並ぶ顔――年配の議員、控えめな若手、腕を組んでじっと見つめる数人の視線。
その中に、以前帰蝶と街を歩いたときにすれ違った、若い議員の顔もあった。偶然か、それとも必然か。
紙の続きを読む前に、信長は指先を離した。
一拍の沈黙。空調の風がマイクを揺らした。
「……少し、話し方を変えてもいいですか」
ざわめきはなかった。けれど、誰かが小さく息をのむ音が聞こえた。
「さっきまで、これを読むか読むまいか迷ってたんです。平手政秀って人がいて、俺が政治ってものをちょっとずつ教わってて……でも、昨日も今日も言われたんです。“言葉の形が、信じさせる”って。」
壇の端に視線をやると、平手がいた。眼鏡を軽く直して、静かに頷いた。
「でも、俺は違うと思うんです。形より、中身の熱が届くこと。やったことないから、って止まるのは……俺たちらしくない。」
誰かが姿勢を起こした。壇の下の机に置かれた書類が、風に揺れた。
「尾張を面白くしたい。驚けるような制度、誰かが挑戦してもいいって思える街。それを支える議会にしたいんです。」
言葉が早くなった。けれど、耳に届く強さがあった。
「誰もが知ってる“やらなかった理由”を、そろそろ変えていきたい。俺はその一歩目を踏み出しに来ました。」
再び深く礼をする。紙には一切目を戻さないまま。
――拍手はない。ただ、沈黙が変化したように感じられた。風が止まり、光が一度だけ壇上を強く照らした。
恒興が呟く。
「……信長らしいな」
—
控室に戻った信長が、汗をぬぐいながら笑う。
「……めちゃくちゃ硬かったけど、なんかゾクゾクしたな。」
恒興が肩をすくめた。
平手は無言のまま眼鏡を拭いていたが、ふと呟いた。
「……少しは、“自分の言葉”も混ざっていて、よかったですよ。」
信長が笑い、ペットボトルの麦茶を一口飲む。氷の音が、カラリと響いた。




