表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
政の継承~戦国リーダーズ~  作者: 葵 悠政
『尾張の風』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/38

第十九幕 『崩れる所在』

第十九幕『崩れる所在』


知事室。

義統は壁の時計に目を向けた。

秒針の音が、こんなに聞こえるのはめずらしい。

資料のページを閉じたとき、遠くで誰かがドアを開ける音がした。


“もう少しだけ、ここにいてもいいんだよな。まだ何も決まっていない”

その思いは、誰にも届かないまま、静かに空席の横を風が通り過ぎていった。



議場に戻った義統は、ひとつの椅子に静かに腰を下ろした。

会派の誰も彼に声をかけなかった。

机の上には、提出した予算案の資料が一部返却されていた。

無言で突き返されたことが、言葉以上に彼の胸を締め付けた。


「……確認してもらったのか?」

義統が隣席の秘書にぽつりと尋ねる。


秘書は一瞬だけ目を動かして、小さく言った。

「信友様の方には、届いております。ですが、議会内で回覧はされていないかと……」

それはつまり、黙殺されたという意味だった。


義統は少しだけ顔を伏せるようにして、ため息をつく。

資料の角が、指先にかすかに刺さる。

“俺の言葉は、誰にも届かない”


そこへ、議長の声が響いた。

「では次議案。岩倉派より提出された治安整備案、審議に入ります」

義統は思わず顔を上げた。

その案は、今期の予算案の“中心を岩倉派が引き取っている”ことを意味していた。

周囲の視線は動かない。けれど、空気ははっきりと、彼を置き去りにしていた。


目の前の水差しに手を伸ばしたとき、指先が微かに震えた。

“疲れすぎたのか……?”

そう思った矢先、視界の端がゆらっと揺れた。

音はしていない。でも、議場の明かりが少し遠く感じる。


義統は椅子から立ち上がろうとした。

が、両足がうまく踏ん張れなかった。

膝が折れて、肩から机に崩れかけるように倒れ――そのまま、床に静かに沈んでいった。

「……!」


誰かが息を呑む音がした。

水差しが倒れ、議事録の紙に水が染み込んでいく。 ペンが落ちる音だけが響き、議場が一瞬だけ、沈黙に包まれた。


秘書があわてて駆け寄る。

「義統様――! 誰か!知事を、早く医務室へ!!」

その声が議場の中を裂いた。

でも、誰も動けなかった。


信友は紙を一枚めくるだけだった。

信安は腕を組み直すだけだった。

議長ですら、言葉を失ったままだった。


その倒れた義統を、信長は視線だけでとらえていた。

立ちかけた背が、わずかに止まる。

手は動かない。言葉も出ない。

今、この場では、誰もその沈黙を破れなかった。


義統は床に横たわり、乱れた資料の隙間から一枚の紙がゆっくりと滑り出た。

「信じる手は、…」

続きは――なかった。


第十九幕、ご覧いただきありがとうございました。 今回は、言葉が届かない場の空気と、“空席の意味”をめぐる静かな断絶を描きました。


義統の声は途切れず、資料も整っていた。 それでも、議場の空気は彼を受け止めなかった。


沈黙のうちに形を整えていた不信が、初めて言葉になった瞬間。 それは、義統が“場から外れていく”静かな断絶の始まりでもありました。


次幕では、その空席に初めて光が差し込みます。 言葉を携えて訪れる者が、場の空気を静かに切り替えていきます。


引き続き、静かな時間にお付き合いいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ