第十六幕 『火種の移動』
第十六幕『火種の移動』
信友執務室
坂井大膳が資料の束を持ち、静かに扉を閉じてから口を開く。
「信友様、報告です。知事の義統様が……信長殿と面会していたとの情報が入りました。
非公開の個別会談だったようですが、すでに議員の間で噂が広がっています」
信友は書類に目を落としたまま、指先の動きを止めた。
「……あの組み合わせが表に出ただけで、“制度案が勝幡寄りになる”という空気が生まれる」
坂井が一歩進み、低い声で続ける。
「加えて、勝幡派内の動きが活性化しています。
議員への連絡網の再展開、報道ルートの遮断、警護ラインの強化。
このままだと、我々が用意していた排除構成に綻びが出ます」
信友がゆっくりと資料を閉じ、吐き捨てるように言う。
「……勝幡派が守りに入るなら、こちらも仕掛け方を変えねばならぬな。
信長の排除より、“義統を元の位置に戻す”方が早いか」
坂井がわずかに眉を動かす。
「つまり――排除対象は義統に?」
信友が窓の外を見ながら、静かに言い放つ。
「排除ではない、修正だ。あいつに知事の席をくれてやったのは誰であったか思い知らせる。“信長に肩入れ”した報いを味あうがよい」
坂井が頷き、要点をメモに落としていく。
「議会内の支持線を断ち、予算案を潰す。義統を再び“清洲の器”に戻す」
信友は椅子の背に体重を預け、天井に目を向ける。
「うん。知事の席は、座ることに意味はない。
座らされた上で、誰が空気を動かしてるかを見せつけるのがここでのルールだ」
—
勝幡派控室。
恒興が議員との通話を続けている。
「……通過前提は白紙です。今夜中に意見だけでも把握できれば、帰蝶さんが動線を再設計します。
状況が変わってます。こちらも手をつけます」
又左が報道ログと議会動線を照らし合わせている。
「清洲派、メディアに名前を出す準備してるかもな。
警護線もちょっといじられてる。……動いてるぞ、あいつら」
端末を操作しながら、背後のスタッフに振り向く。
「清洲派、メディアに勝幡の名前を出す準備してるかもしれない。
一部の記者、信長さんのルートに近づこうとしてる可能性ある」
スタッフが資料を見ながら顔を上げる。
「警護チーム、信長さんの控室に記者が立ち入り申請出してるって。今朝の便です」
又左が眉をひそめて即座に言う。
「遮断して。会派の管轄外って言って通すな。
あと、報道の動線チェックして、記者の名簿に“派閥寄り”が混じってないか調べろ。
今日中に、帰蝶さんのいる区画は“接触制限エリア”にしておく。記者許可証、全部見直しだ」
スタッフがメモを取りながらうなずく。
「承知しました。名簿照合から対応します」
又左は端末をタップしながら、わずかに笑う。
「あいつら、遠回しに空気を仕掛けてくる。でも“触れさせない”ってだけでも牽制になる。
うちが気づいてるって分かれば、相手は一手を止める。今はそれだけで十分だ」
—
利家の報告は十分だった。
信長個人が、ひいてはこの勝幡派が狙われている。未来に繋がる案が、語られる前に歪められてしまう。
帰蝶はそれだけは許せなかった。
ふっと目を閉じて、息を整える。
そして、控室にいるスタッフたちへ静かに振り向いた。
「――お願い。みんなに手伝ってほしいの。
正しい考えが無かったことにされる前に、ちゃんと届くように。
誰かひとりの話じゃなく、“尾張のこと”として、もう一度伝えられるように。
今、この流れを変えなきゃいけないの。……一緒に描き直そう」
決して強い言葉ではなかった。
けれど、その声に触れた空気は、動き始めるきっかけを確かに受け取っていた。
—
再び信友執務室
坂井が信友の耳元で囁く。
「岩倉派と結ぶべきかと。“尾張の安定”と伝えれば、今回の動きに確実性が出ます」
信友はわずかに口角を上げる。
「信安君が頷けば、知事の椅子は元の“飾り棚”に戻る。
……次の一手は、“岩倉の重み”で仕掛けるか」
読了ありがとうございます。 信長を巡る火種は、静かに義統へと移り始めました。 でも、帰蝶たちの動きも負けていません。空気の仕掛け合いの中で、守るべきものを守るための準備が進んでいます。
次回は、“描き直す”ための一手が、どこへ届くのかを描いていきます。 また覗いていただけたら嬉しいです。




