第十五幕 『制度の影に風を起こす』
第十五幕『制度の影に風を起こす』
恒興がパンの包みをくしゃっと丸めながら、ちらと信長を見やる。
「……信長、さっき誰かから連絡来てたろ。呼び出しなんてめずらしいな。なんかあったか?」
信長は資料の束を軽く整え、視線を少しだけ遠くに向けた。
「義統さんからだ。“俺を制度の外に出す動きが始まってる”って話だった」
帰蝶が資料のページをめくる手を止める。恒興の肩越しに空気が少しだけ張り詰める。
「制度の外って……辞職とか、解任とか?」
信長は端的に答える。
「金銭不正や賄賂の疑惑を捏造して、俺の支持基盤ごと潰すそうだ。
信友と坂井大膳が主導。清洲派の議員が裏で動き始めてる」
その瞬間、帰蝶が目を限界まで見開いた。
そして、一拍の沈黙ののち――爆発するように声を上げる。
「え゛~~~~~!!だから言ったじゃないの!!あなたは周りに敵をつくりすぎるのよ!!」
信長は巻物をポンと机に投げ出し、肩をすくめる。
「いやいや、そんな大声出すほどの話か?別に問題になるようなことはしてねぇし」
帰蝶が両手をばたばた振りながら詰め寄る。
「だからそれを“問題になるように”するのよ!!どうすんのよ、もう!」
恒興が苦笑しながら言う。
「帰蝶さん、まあまあ落ち着いて…」
「落ち着けるわけないでしょ!?このバカがまた余計なことするのが目に見えてるのに!!」
又左が腕を組んで首を傾げる。
「このバカって信長さんのことか?そんなに心配するほどか?」
帰蝶は両手を広げて信長を指差す。
「そうよ!このバカよ!!一回くらい人の声を聞きなさいよ!!」
信長が涼しい顔で手を挙げる。
「いやまあ、そんなにバカバカ言わなくても……」
帰蝶がため息をつき、両手で顔を覆い、拳を握りしめる。
「あぁぁぁぁ……もう、ほんっっっとに!!!」
信長が恒興に目を向けながら笑う。
「なぁ~つね、帰蝶って本気で怒るとこんなになるんだな」
恒興が肩をすくめて答える。
「いや、わりといつもこんな感じじゃないですか?」
帰蝶は信長を睨みながら拳を握る。
「いいから!!対策!!考えて!!早く!!!」
信長が目を細めて、ぼやくように言う。
「そんなこと急に言われてもなぁ〜」
利家が横から肩の力を抜いたようにぼける。
「じゃあ俺が清洲派に殴り込みに行って、“誰が信長を潰すって言ってるんだ”って一発かましてくるか?」
恒興がくくっと笑いかけるが、帰蝶がすかさず割って入る。
「バカね~。それじゃ戦略じゃなくて乱闘よ。あんたそれ、何時代の話してるの?」
恒興がおもむろに、「まずはこの状況を仲間内だけでも共有しておいた方がいいんじゃないか?」
一拍だけ呼吸を置き、帰蝶が資料の束を手に取る。
「……そうね。まずは…」
その瞬間、彼女はホワイトボードへと歩み出していた。
資料の束を脇に抱え、ペンを握る手に迷いはなかった。
—
「恒興、勝幡派の議員とスタッフに即時連絡して。“制度案通過前提”は白紙に戻すって伝えて。
合意形成の再確認を優先して。今日中に動線を回収して、再構築始める」
恒興が資料を抱え直しながら応じる。
「……それ、帰蝶さんが全部仕込んでたの?」
帰蝶は資料をめくりながら答える。
「仕込んだってほどじゃないわ。ただ、“制度の風向き”って、いつだって急変するものよ」
帰蝶はペンを走らせながら又左にも目を向ける。
「又左、メディアの発信ルートを確認して。清洲派と接触してる媒体があればリストアップ。
あと、信長の警護と外回り、改めて再整理お願い。うちらの動き、誰かが外から見てる可能性もあるから」
又左が端末を起動しながら頷いた。
「了解。じゃあ、外回りと警護系は俺が回しておきます。
情報網も同時に再接続かけときます」
恒興がぽつりと漏らす。
「いや、又左ほんと頼れるわ……うちらのフロントラインだもんな」
信長が口を開きかける。
「俺もなんかやった方が――」
帰蝶がすぐさま言葉で断ち切る。
「あんたは当事者なんだから、黙ってて!」
信長が一瞬口を閉じたまま恒興を見やる。
帰蝶が資料を抱え直しながら、小さく、しかし鋭く言い放った。
「……あんたが動いて、ただで済んだことなんて、一度だってないんだから」
恒興が肩をすくめ、又左が目線で手配ルートを確認する。
帰蝶はペンの蓋を押し込みながら、背を向けて言った。
「よーし、やってやるわよ。どこからでもかかってきなさい」
帰蝶の背中に、組織が少しずつ呼吸を始めていた。
読了ありがとうございます。 信長の足元が揺れ始めた回でしたが、帰蝶たちの“怒涛の動き”で、勝幡派が一気に呼吸を始めました。 制度の風向きは変わるもの――その変化に、誰がどう応えるのか。次回もお楽しみに。
また覗いていただけたら嬉しいです。




