第十三幕 『静かなる忠告』
第十三幕『静かなる忠告』
知事室・朝
窓辺のカーテンが淡く揺れる。
朝の光が、斯波義統の机上の資料を静かに照らしていた。
議場では制度が動く。ここでは、その制度を「動かさずに済ませる」準備が、いつも通り繰り返されている――はずだった。
扉が開き、ひとりの議員が姿を現した。
義統は目を上げる。
彼の知るその議員は、いつも冷静で声を荒げることなどなかった。
だが、今日のその眼差しには、わずかな緊張と“何かを急ぐ呼吸”が感じられた。
「……何か、あったのか?」
議員は目線を落とし、深く頭を下げる。
「知事……昨夜、織田信友様と坂井大膳殿が執務室で会談をされていました。
その場で、信長議員を議会から排除する策について――密かに話し合われていたことを耳にいたしました」
義統の指が止まる。
資料をめくる音が消え、部屋が風を失う。
「排除……とは?」
「信長議員の金銭的不正や賄賂に関する噂を流し、信用を失わせるというものです。
直接の証拠はありませんが、意図は明確です。
支持基盤を崩し、尾張の制度から手を引かせることが狙いかと」
—
義統は椅子に深く腰を下ろし、窓の外を見つめた。
行政区画の並ぶ灰色の街並みに、風は吹いているのか。
その風が、“届く”前に“遮られる”なら、制度が制度でなくなる。
そう思った。
「信友君が……そこまで追い詰められているとは。
尾張の安定を掲げながら、制度そのものを歪ませる策を取るとすれば、それは制度に対する背反だ」
議員はためらいながら言う。
「知事……私はこのことを信長議員に伝えるべきかと迷いました。
しかし、直接動けば私自身の立場も危うくなる可能性があります。
どうか、しかるべきご判断を」
義統は立ち上がる。
スーツの襟元を直し、静かに言った。
「私が信長君に会いに行く。
この事実を伝え、制度の場として守らねばならない線について話す必要がある」
議員は一礼する。
その礼に、恐れと信頼の両方が滲んでいた。
—
義統は知事室を後にした。
その背には、かつて“止まり続けること”に徹してきた者の、ほんの少しだけ前へ踏み出した姿があった。
資料の束が風を受けて、ひとつ、ゆっくりと揺れた。
静かな忠告が、尾張議会の均衡にさざ波を投げかけた瞬間だった。
読了ありがとうございます。 制度を守るとは、動かないことではなく、必要なときに“動くこと”なのかもしれません。 義統の一歩が、尾張の均衡に静かな波紋を広げ始めました。
次回は、その波紋が誰に届き、何を揺らすのかを描きます。 また覗いていただけたら嬉しいです。




