第十二幕 『夜の密談』
第十二幕『夜の密談』
信友の執務室
部屋には静かな空調の音だけが流れている。
織田信友は、整然と並べられた資料の束を手に取り、机の上に並べ直した。
その指の動きに焦りは見えない。けれど、書類を押し込む力は、いつもよりわずかに強かった。
ドアがノックされ、坂井大膳が入室する。
「お呼びと伺いまして参りました。何かございましたか?」
「大膳、座れ。……今日は、お前に話しておきたいことがある」
坂井は椅子に腰を下ろし、姿勢を正す。
信友は視線を紙束から離さないまま言った。
「斯波義統……先日の議場で、あいつは自分の意志を口にした。
“民のために必要な選択をする責務がある”とまで言った」
坂井は静かにうなずいた。
「確かに、あれは予想外でした。義統様が“空気に従う者”ではなく、“言葉を選ぶ者”になった瞬間だったと思います」
信友はようやく視線を坂井に向ける。
「お前も、見ていたか」
「ええ。議場の空気が、僅かですが揺れたのを感じました。
正直、あの一言は信長の提案よりも議員たちの心を動かしたように見えました」
「それだ。信長が義統に吹き込んだんだ。
知事に“自分の言葉”を使わせることで、この尾張議会の均衡そのものを崩しにかかっている」
信友は椅子に深く座り直す。
その目には、いつもの冷静さの奥に、わずかに鋭い焦燥が潜んでいた。
「信長は理想主義者だ。だが、理想を信じる者ほど脆い。
光が強いぶん、陰が生まれやすい」
坂井は目を細める。
「……何か動かすおつもりですか」
信友は無言で机の引き出しを開け、一枚の白紙を取り出す。
そして、ペンを添える。
「直接手を汚す必要はない。
信長を“議会から遠ざける”だけでいい。――そのために必要なのは、スキャンダルだ」
坂井はわずかに顔色を変えたが、すぐに冷静を取り戻す。
「彼の“清廉”を崩すことができれば、議場は音を立てて離れていく。
賄賂、金銭問題、あるいは倫理的な逸脱。
彼の信条そのものを否定できるものが必要ですね」
信友は、冷酷な微笑を浮かべた。
「信長は変革者を気取っている。ならば、その信頼を“仕組みごと”で崩してやる。
坂井、手配を進めろ。動ける者を使え。名目はいらん。事実だけが、尾張を動かす」
坂井は深々と頭を下げた。
「承知しました。
議会が再び静けさを取り戻すよう、信長の“足元”を揺るがせてみせます」
—
部屋に残ったのは、書類の紙音と、信友の目の光だけ。
制度を“守る者”がいた。
だが今――制度を“囲い込む者”が、動き出していた。
制度を守る者と、制度を囲い込む者――その境界が、静かに揺れ始めました。 信長の言葉が響いた分だけ、信友の手が動き出します。
次回は、“揺らされた足元”がどこへ向かうのかを描きます。 また覗いていただけたら嬉しいです。




