7話 ヘリオスの炎
ある時、主は言った。
「この地に "世界" を創ろう」
「世界……とは、なんですか……?」
「世界の定義は難しいな。循環できる大地を創り、そこに生ける者たちを創る。その循環を世界と呼ぶ」
「循環することが世界……。どうして創るのですか?」
いつも聡明で、僕の問いに直ぐに答えてくれる主は、この時だけ、少し間を置いて、朗らかに答えた。
「それを見ていたいと思うから……だと思う」
「見ていたいと思う……?」
*
「大丈夫か? エンゲル」
ワープゲートに乗り出す前に、大団長は僕の肩をそっと掴んだ。いつもの、優しい大団長の手のひら。
「大丈夫です……。僕にとって……仇……ですから」
覚悟を決め、僕はワーフゲートへと乗り込んだ。
「万一にも私が守るが、決して死ぬな。生きて帰るぞ」
「はい……!」
大団長は、任務に出動する直前、必ずこの言葉を掛ける。
不思議と力が湧いてくる。
二人でワープゲートに並び、目を開けた先に広がる景色は、惑星コンニアに創られた第二のワープ座標、雪上。
「貴様……!!」
そして、その姿に僕は先程までの不安は掻き消え、滲むような怒りが込み上げる。
僕たちの座標を把握していた不死の蒼は、僕たちがここにワープしてくることを読み、待ち構えていた。
「やあ、こんな寒い中で律儀に待ってくれていただなんて、龍星群も随分とお優しい組織になったことだね……」
大団長は余裕の笑みを浮かべながら声を掛けるが、不死の蒼は何も言わずに剣に手を掛けた。
「エンゲル、作戦は覚えているね?」
「はい……」
「私のことは構わず、周囲を獄炎に変えるんだ」
「はい……!!」
ゴゥッ…………!!
周囲一面、数百キロに渡り、僕は雪上を炎と化した。
しかし、不死の蒼は微動だにしない。
「私に炎など効かない。そんなこと判っているだろう……?」
「ああ、君に "普通の炎" は効かない。厳密には、炎で身体が焼けるよりも早く治癒が施される。不死の力とは厄介だね。だけど、彼の炎は "ヘリオスの炎" だ。神族から継いだ炎……君の身体の再生は追い付かない……」
そう言った途端、蒼の足下の皮膚は業火に焼かれ、中からは肉が抉り出る。
「そうか。その者はヘリオスの……」
しかし、一瞬消えたかと思えば再び現れると、蒼の足下の皮膚は再生されていた。
「ならば、焼ける前に雪上に戻ればいいだけだ。多少面倒が増えるが……問題ない」
そう言うと、何もなかったかのように剣を構えた。
「こんな化け物……どうすれば……」
一瞬で対応された僕の炎……。この力で大星母の隊長にまで任命されたのに……龍星群の前で僕は無力でしかない――――。
すみません、大団長……すみません、主……。
*
「おや……こんなところに旅の方かな……?」
その男は、突如として現れた。
世界が構築されたばかりの頃、言語を話す人々が少しずつ、各地で生活を始められたばかりの頃に、見慣れぬ服装……いや、どう考えても文明が違う、遠い星からやって来ただろう身なりの男が現れた。
片目は傷で塞がれており、身長が高く、髪は濃い青々とした毛髪が、乱雑に巻かれた包帯からボサボサに飛び出ていた。
「この惑星を創造した神を探している」
男は表情も変えず、鋭い目付きで訊ねた。
「神様ですか……? 言い伝えでなら聞いたことはありますが、私たちがご尊顔することは叶わないかと……」
主は、明らかに嘘を吐いていた。嘘を吐く、というよりかは、自分もなり切っていたのだ。"普通の人間" という生き方をしたい、主の切願だった。
主は、旅人を僕たちの住処へと案内し、少ない材料の中から丁重に食事を振る舞った。
「今晩は泊まって行かれますか? 長旅でお疲れでしょうし、外はとても寒い」
男は何も答えなかった。
「どうされますか?」
「近隣の村での死因は、凍死で死ぬ者が一番多いそうだ」
「は、はぁ……」
「その村は未だ良い。子供に衣服を着せ、親が守るように朝には亡くなっている。しかし、一番北の大地で行われているのは、繁栄に貢献できないと判断された子供は、過酷な環境で食糧を与える価値もないとして他国に売りに出される」
男の淡々とした言葉に、遂に主は口を閉ざした。
男は最初から判っていたのだ。今話している、この人物こそが、この惑星の神 ヘリオスである――――と。
「私を殺せば……今死んでいる者のみならず、この惑星に生きる全ての民が死ぬことになるぞ……? お前さん、神を探していると申したが……。探しているのではなく、殺しに来たのだろう……?」
「私は初めから貴様のことを判っていた。そして、貴様も私のことを判っていたはずだ。どうして何もしなかった?」
「ふふ、どうしてじゃろうな。お前さんと同じような気持ちだったのかも知れんぞ?」
ズパンッ……!
一瞬のことだった。僕の目の前で、主の四肢は断裂される。
「もう一人の太陽神、ヘリオス……。どうして炎を出さない……?」
主は、両手両足を切られ、尻もちをついた状態になっても、震え交じりに笑みを浮かべさせていた。
「ふふふ……。私が炎を出してしまえば、私が生み出したこの惑星の生命を、自ら焼いてしまうことになるだろう……」
「貴様が殺されても同じことだぞ……」
遂に僕は耐え切れなくなり、涙を零しながら主を庇うように前に出た。男の剣などまるで見切れなかった僕が出たところで、何も変わらないというのに――――。
「逃げなさい、エンゲル……。いや、逃げずとも、お前さんはヘリオスにまで手は出さないのだろう……」
男はゆっくりと歩き出す。その刀に力がグッと入り、僅かに風を切る音が聞こえる。僕は――――。
キィン――――!
男の気迫、殺気……それらに身動きが取れないままに、主が黙って斬られる音だけが、鮮明に脳に焼き付いた。
*
ゴッ――――――――!
辺り……いや、直径数キロメートルなどと数えているレベルではない。この惑星の大地全てが、獄炎と化した。
「なんだ……この力は……!!」
不死の蒼は唐突のことに声を荒げるが、全て知っていたかのように、白蓮は微笑む。
「昔、一つの惑星が太陽となった。本来、惑星としての形が取り留められない場合、その惑星は消滅する。しかし、その惑星だけは消滅に至らず、業火のみが大地に残り、銀河系を照らす太陽となったんだ」
不死の蒼は、白蓮の話を睨みながら答える。
「もう判るよね……? 以前、君が殺した神族、ヘリオス……。彼が残した男こそ、ここにいるエンゲル▷ヘリオス。彼は、ヘリオスの力の一端を継いだと聞かされていたそうだが、『一端を分け与える』なんて能力、ヘリオスにはない」
エンゲルの綺麗な金髪は、やがて黒く染まり、胸元までその毛先は生え渡る。
「ヘリオス……!!」
「ふふ、彼はヘリオス本人ではないよ。クローンさ。まあだからと言って……状況は変わらないのだけどね……」
ゴッ……!!
そして、白蓮は瞬く間に蒼の眼前に移動し、雪原など消え去った獄炎の大地に叩き落とした。
「さあ、こちらは片付いた。この惑星が業火で焼かれるのが先か、真眼の紅を倒すのが先か……。見せてくれ……昇月……。そして……行方くん……」
そう言いながらニタリと笑うと、白蓮は気を失ったエンゲルを連れ、早々に大星母へと帰還した。
キャラクター紹介
◇大星母
白蓮:大団長
エンゲル▷ヘリオス:戦闘部隊 五番隊長
かつて、神族 ヘリオスに仕えており、神族の力『ヘリオスの炎』を使用できる。
■龍星群
不死の蒼
「不死」の能力を持った剣士。迅速で目では捉え切れない剣撃を放つ。