6話 作戦
行方の入室に、白蓮は変わらずの笑顔で出迎える。
「それじゃあ、君が龍星群の仲間にはならず、大星母の中枢に興味を持ってくれた目的を聞いてもいいかい?」
「僕はとある神族を探しています。その足掛かりを追う為に情報を集めている。それが一番の目的です」
「その神族の名前や容姿は判らないのかな? 話してくれれば心当たりを紹介できるんだけど……」
「すみません。実は、神族という種族がいることも、ニコに聞いたのが初めてで……。ただ、とある能力を持った神族を探している……。名前も、容姿も判らないですが、必ず存在するはずなんです……」
白蓮は少し考え込みながらも、再び微笑む。
「それなら、彼をここに呼んでおいてよかった。大星母の戦闘部隊、五番隊隊長。名を、エンゲル▷ヘリオス。彼は、かつて神族の使者を務めていた男なんだ」
その紹介に、行方は目を見開く。紹介されたエンゲルは、相変わらずオドオドした態度でお辞儀をしていた。
一気に神族と繋がる人物と出会えたこともそうだが、行方の脳では他のことも同時に驚愕の事実だった。
神族の使者ということは、地球でいう天使を指す。そのレベルの人物が、大星母では最後の隊長なのだ。実際、見た目だけで言えば、他の隊長たちより若いように見えるが、宇宙人たちの年齢などは参考にならない。だとしても、残りの隊長たちはその天使よりも強者かもしれない、ということになる。
そして、それを逆算すると、天使と同等の隊長格の四名、更にその遥か上の強さを誇るのが……龍星群ということになる。
行方のぐるぐる廻る思考を理解しているのか、行方の考えが落ち着いた頃に白蓮は再び話し始める。
「ヘリオスという神族がいてね。龍星群に殺されてしまったんだけど、ヘリオスは炎を操ることができたんだ。その能力の一端を彼は引き継いでいる。つまり、雪原戦においても、常に炎を纏わせられる彼であれば生き残れるし、その炎は蒼にも有効な攻撃手となるだろう」
激しくなるだろう戦闘を前に、惑星が滅亡するかもしれない危険性を前に、依然としてニコニコと話す白蓮に不信感を抱いていた行方は、昇月に話した懸念点を話した。
「そうだね。でも、作戦において君は無関係……。君の目的は神族の情報収集じゃないのかい……? それとも、あの惑星……いや、ニコに情でも移ったのかな……?」
その鋭い眼光は、今までの朗らかな雰囲気を全く思い出させてくれないほどの威圧感を醸す。
ずっと目的の為に平静を装ってきた行方だったが、流石に滅亡するかもしれない人々を受け流すことなどできなかった。
「ニコのことだけじゃないです……。出会ってしまった……会話をしてしまった……知ってしまったからには……失われるかもしれない命を……見過ごすことなどできない……」
その言葉に、再び白蓮はニコッと微笑んだ。
「ようやく君の本心が聞けた気がするよ。それじゃあ私も本心を話そう。行方くん、君の力を貸して欲しい」
恐らく、双方が双方の考えを読み合っていた。行方も察していた。蒼にも引けを取らない行方の力をうまく借りようとしている白蓮の思惑を。しかし、戦闘部隊も配置した今、何を協力させたいのかが判らなかった。
「実は、今回の龍星群の真の目的が判らないんだ。ルキナさんを無事に大星母に連れて来れた以上、龍星群は撤退するしかないというのに、彼らは依然として目的を果たそうとしている。だから、最悪な事態を想定した人員を配置した。大団長として誤魔化すことのない、私の真意だ」
そう言い切った白蓮の眼光に、今度は行方が答える。
「判りました。あなたが本気であの惑星を救いたいと考えていることは伝わりました。僕に出来ることは全て協力することをここに誓言させて頂きます」
今度は、互いがしっかりと握手を握り締めた。
*
「で、結局、神族の情報収集はそれが終わってからになったんだね? あははっ、大団長の掌で転がされてるじゃーん!」
そう言って笑うのは、ルキナの手術が無事に終わったことを報告し、行方、昇月と合流したニコだった。
「でもあのエンゲルが自ら手を挙げるとはねー。なんだか意外っていうか……」
「ニコ、あまりその話題を広げるな。エンゲルさんの主、ヘリオスを殺した張本人が……不死の蒼なんだ……」
ニコは初めての真実に、既に口から出ているというのに、慌てて口元を抑えた。
「それよりも大丈夫なのか? 龍星群との交戦……ニコはまた大星母で留守番なわけだが、今回はただの留守番ではない。れっきとしたルキナさんの護衛だ。万一にも、龍星群が大星母に乗り込んでくることなどないが……戦闘が終わった時、ルキナさんに怪我でもさせていたらなんと言われるか……」
「そういう昇月は大丈夫なの? 行秋も一緒に行けることになったとは言え、相手は龍星群なんだよ?」
そこは、行方も疑問に思っていたところだ。何故、龍星群の相手が戦闘部隊ではなく、調査隊員の昇月なのか――と。
「俺の生まれは "下羅狗" という、宇宙でも名の知れた戦闘に特化した種族なんだ。真眼の紅の能力は、未来を見通す力があると言われている。どこまでの未来を見通しているかは不明。実際、生半可な戦士が対峙したところで、先手を読まれるだけだろう。だが、俺ら下羅狗の種は、紅がいくら未来を見通したところで、それを上回る速度で攻撃することが可能だ」
そうして行方の肩にポンと手を乗せる。昇月は口下手だが、「だから心配するな」と言いたいことは理解できた。
しかし、行方はその説明に反論する。
「だとしたら、大星母の策は全て見通されていて、紅に対して昇月が送り込まれることも、蒼の元に白蓮とエンゲルが送り込まれることも、既に判られているんじゃないか?」
「その為の……行秋。君だ」
そう言いながら、昇月は腕を組み、壁にもたれ掛かっていた態勢を変え、行方に向き合う。
「真眼の紅……未来を見通す能力――――と言っても、一度見た人間の未来しか視ることはできない。つまり、今、奴の眼に視えている未来は、『行秋が協力しない場合の未来』ということになるんだ。だからこそ、龍星群は未だ、目的を果たせると思って惑星に残っているんだろう」
未だ釈然としない想いを抱えながらも、遂に出撃の時間を迎える――――。
再び、ワープゲートのある部屋に戻ると、既にミトがモニターを操作して座標の位置をセットしていた。
「さあ、いつでも行けるわよ、大団長」
「ありがとう、ミト。それじゃあ、覚悟を決めてくれ。龍星群との戦いだ。エンゲルは守ってやれるが、昇月と行方くんには任せることしかできない」
ワープゲートに乗る前に、白蓮は初めて、自ら行方の肩を掴んだ。
「行方くん、昇月のことを任せたよ。そして二人共、必ず生きて帰ってきてくれ」
きっと、いつものことなのだろう。昇月は、「はい」と一言で返すと、ワープゲートに乗り込んだ。行方はなんと返せばいいか迷ったが、昇月と同じく「はい」と返した。
そうして、二人は再び、惑星ネージュの地下へと戻……。
*
「久しぶりね、行秋くん……」
見慣れない光景、周囲が暗くてどこにいるのか判断が付かないが、目の前には赤い瞳の女がいた。
「通信をちょっと拝借しただけだから、少ししか話せないのは残念だけれど、それでも会えて嬉しいわ」
脳が瞬時に理解する。目の前にいるこの女が……真眼の紅。
しかし、どうして目の前にいるのかは、アテネの脳を使っても理解が及ばなかった。恐らくは、行方の知らない宇宙技術によるものだろうと推察はできるが……臨戦態勢を取りたくても身体の感覚がなかった。
行方の苦渋な表情を嗜むように、紅と思わしき女性は話を続ける。
「貴女も会いたかったわよね……? ニノちゃん……?」
《行方くん……? 本当に行方くんなの……?》
その声に、行方は涙が溢れそうになる。
(どうして君の声が聞こえるんだ……二宮……!!)
プツリと途絶えた景色、次に映るのは、心配そうに行方を支える昇月の姿だった。
「大丈夫か……?」
「今のは……一体……」
おぼつかない意識のまま、涙だけが溢れてしまっていることに気付き、乱雑に腕で拭った。
キャラクター紹介
主人公:行方行秋/地球人
様々な異能力が使える主人公。「戦術の神 神族 アテネ」を体内に取り込んでいる為、人知を超えた頭の回転速度を誇る。
二宮/地球人
◇大星母
白蓮:大団長
ミト:調査隊長
エンゲル:戦闘部隊 五番隊長
ニコ・ジェミニ・メイ:調査隊員
「ペコちゃん」という変形生物を相棒にしている女の子。短絡的な性格。
昇月:調査隊員
白髪の青年。生真面目で正義感が強い。
〇氷河の惑星
ゲレンデ国王
ルキナ・ゲレンデ
惑星エネルギー結晶が体内に埋め込まれている王女。
■龍星群
真眼の紅
一度見た人間や、その行先の未来を見通すことができる。
不死の蒼
「不死」の能力を持った剣士。迅速で目では捉え切れない剣撃を放つ。