3話 選択
行方は、暫く蒼と見合った後、ニコと、腰を抜かして立てなくなってしまっていた緑髪の少女を抱え、瞬間移動をした。
「痛っ……!」
ニコは尻餅を付きながら小さな声を上げる。しかし、それよりも龍星群から逃げられたことの方が重要だった。
行方は穴の開いた心臓部に手を掲げると、深呼吸を繰り返すことで、傷の修復を行なった。
「君……本当に何者なの……? あの龍星群に優勢な戦いを見せたかと思えば……同じく不死者で、私たち二人を抱えてこんな遠くまで逃げたと思えば、傷の治癒って……。無敵じゃない……」
しかし行方は、何も恥ずかしがらずに答えた。
「そうだ。僕は無敵だ」
「自分で言っちゃうの……」
「ああ。僕は沢山の人から異能と希望を託された。負けるわけにはいかないし、この力を誇りに思っている」
行方とニコの問答を聞いている内に、緑髪の少女はようやく我に帰ったのか、瞬時に頭を下げた。
「わ、私まで助けて頂いて……ありがとうございます……!!」
少女の瞳には、涙が溢れそうになっていた。
「君が待ち構えていたこと、『逃げろ』と言ったのにも関わらず、あの男が待機していたこと……。少し考えれば判ります。君は、あの男に捕えられていたんですよね?」
俯きながら、確信を付いた行方の言葉に目を見開く。
「その通りです……。いきなり刃を突き付けられて……大星母様がやって来るのを出迎えろ……と……」
ザッ――――。
「えっ……?」
しかし、行方にはその少女が隠そうとしているもう一つのことにも気が付いており、小さな短刀をその少女に突き付けた。
「では何故……あなたは龍星群から命を狙われなかったんですか? 彼の剣であれば、既に用済みのあなたを殺すことなど容易だったはず……」
たしかに、と、素直にそう感じたニコは、驚きの中で、この一瞬でその真相にまで頭を回していた行方に目を見張る。
短刀を喉元に少し押しやりながら、行方は続けた。
「あなたのことを……話して頂けますか……? 僕の今見せた能力は『瞬間移動』ではない。恐らく、彼がやって来るのは時間の問題です。もしあなたが彼の味方なのだとしたら……」
全てを言わず、行方は鋭い目付きで少女を睨む。
ホッと息を吐き、少女の目付きが変わった。
「全てを……お話します……。私は、この国の王女……名を、ルキナ・ゲレンデ……」
その名を聞いた途端、ニコは声を上げた。
「行秋! その子の言ってることは本当だよ!! この国の王家の名前は『ゲレンデ』……。王様の子供には女の子がいるって聞いたことある!」
「では、何故、蒼はあなたを殺さないのですか?」
「彼は私を殺さないのではなく、"殺せない" のです……。私の身体の中には、この惑星のエネルギー結晶が埋め込まれているから……!」
ルキナの言葉に、絶句するニコ。行方は、短刀を静かに仕舞った。
「ニコ、三つ質問がある」
「な、何……?」
次いで、ルキナが龍星群の仲間ではないことを確信した行方は、ニコを睨むように見つめた。
「彼女は、『自身の体内にこの惑星のエネルギー結晶がある』と話した。僕はその存在を知らない。蒼が彼女を殺せない理由を端的に教えてくれ」
「惑星のエネルギー結晶っていうのは、その惑星の力そのもの……。惑星が惑星として成り立つのも、そのエネルギーがあるから……。大星母にもその技術力があるんだけど、その莫大なエネルギーを管理できるように可視化して、物体として結晶化させたものがエネルギー結晶……。つまりその子が言ってるのは、『自分の身体の中にこの惑星のエネルギーそのものが入れられてる』ってこと……。その子を殺せば……その瞬間にこの惑星は爆発して消える……」
「つまり、瞬時にここは宇宙空間となり、不死者である僕や蒼も成す術がなく無重力空間に押し出される……ということか。二つ目、次に取るべき行動を教えてくれ」
「多分、その子が王女ってのは本当だと思う……。見たことはないけどね……。どちらにせよ、王城に向かうことが第一優先になるわ。そうすれば、私も大星母の仲間と合流できるし、龍星群に対する策も練られる。その子の身分だって証明される……」
行方は、強引にルキナの手を握ると、未だ座ったままのニコに手を差し出す。
「さ、最後の質問は……?」
「僕が君たちを裏切り、龍星群の味方になったら……どうなる?」
ニコは行方の差し出した手を握らず、自ら立ち上がると、少し距離を置き、睨みながら答えた。
「龍星群ってのは、神族を根絶やしにすることが目的だけど、その為に卑劣な大犯罪を繰り返し続けてる……。一人一人のその首に掛けられる懸賞金だって莫大なものよ……。君もそうなるだけ……。それに、蒼との話で言ってたけど、君の中には神族がいるんでしょ……? 仲間になるなんて言い出したところで、殺し合いになるだけよ……」
行方は何も答えず、乱暴にニコの手を引くと、瞬時に景色が切り替わっていた。
「ここは……王城……。どうして……? 王城の場所、君に教えてないのに……」
「雪原の昇降台から下って来る時、この国の凡その地形は把握していた。一際大きな城が見えた時点で、唯一国家であることも理解した。彼女が王女であるならば、まずは無事を報せた方が良いだろう。ニコも、早く仲間と合流してくれ。アイツは……もう僕たちのことを捉えている……」
そうして、行方を残し、二人は王城内へと掛けて行った。
「判断に迷いがない。そして、その判断も全てが、計算され尽くされたもの……。それが、"戦術の神 アテネの能力" か?」
ゆっくりと、行方の前には蒼の姿が現れる。
行方は、判っていたかのように蒼に振り返る。
「そうだ。そして、お前がもう僕と争う気がないことも判っている」
「ふふ……。やはり面白い奴だ。殺気を消したつもりはないのだがな……」
「お前も相当頭のキレる戦士だと判断した。不死者同士が殺し合いを演じたところで、そんなものは時間の無駄でしかない……と」
「その通りだ。そして、貴様がシンガリを務めることで、私の城内への侵入を防ぐ……。良い策だ。龍星群として、大星母と戦争など起こしたくないのでな」
そして、ゆっくりと行方の傍に近付く。
「して……私に聞きたいことはなんだ……? ただ私の侵入を防ぐ為に残った……というわけでもないんだろう?」
「ああ。僕の目的は、とある神族に会うこと。お前たち龍星群に属せば、僕はその神族に出会える可能性はあるか?」
「ふふ、そうだな。平凡な答えになるが、答えは "判らない" だ。たしかに私たち龍星群の目的は神族を一人残らず滅すること……。だが、それは何千、何万年と掛かるだろう。貴様が出会いたい目的の神族といつ出会えるかは不明瞭で、且つ、私たちと行動を共にするということは、その神族と出会えても、貴様が目的を果たす前に私たちが始末する」
「やはりそうか……。ならば、僕の取った選択が間違っていなかったことが証明できた。僕はこのまま大星母の中枢の人物に会うことにする」
キィン――――!
そして再び、蒼の剣は行方に襲い掛かる。が、行方は容易くその剣を受け止めた。
「何度やっても無駄……ということは、お前なら理解していると思っていたが……?」
「ふふ、興じているだけだ……。私を "殺せるかもしれない人間" に出会えたことが嬉しかったものでな……」
そう言うと、蒼は微笑みを浮かべながら剣を戻した。
「用がないなら僕は行く。ニコも既に仲間と合流しているはず……。先程の言い方なら、お前はもうこの先には立ち入れないんだろう」
「その通りだ。しかし、私は目的を果たす。抗ってみろ……その神族と共にな……」
蒼はギラギラと微笑みを浮かべながら告げ、それに答えることはなく行方は背を向けた。
「最後に一つ、雄弁な貴様に伝えておこう……」
蒼の発する殺気に、咄嗟に臨戦態勢を取る行方だが、蒼は一歩たりとも動いてはいなかった。
「私たち龍星群……。いや、宇宙の真の強者は…… "不死者の殺し方" を知っている……」
そう言い残すと、蒼の姿は消えた。
キャラクター紹介
主人公:行方行秋/地球人
様々な異能力が使える主人公。「戦術の神 神族 アテネ」を体内に取り込んでいる為、人知を超えた頭の回転速度を誇る。
◇大星母
ニコ・ジェミニ・メイ
「ペコちゃん」という変形生物を相棒にしている女の子。短絡的な性格。
昇月
白髪の青年。生真面目で正義感が強い。
〇氷河の惑星
ゲレンデ国王
ルキナ・ゲレンデ
惑星エネルギー結晶が体内に埋め込まれている王女。
■龍星群
真眼の紅
不死の蒼
「不死」の能力を持った剣士。迅速で目では捉え切れない剣撃を放つ。