模倣品と迫る影
模倣品の噂は、すぐに現実のものとなった。
「蜜夫さん、これ見てくれよ!」
常連の子供が、俺のところに奇妙な棒状の菓子を持ってきた。見た目は俺の売っているサクサク棒菓子に似ているが、色がくすんでいて、油が変質したような嫌な臭いがする。パッケージも、どこかで見たようなキャラクターを雑に模倣した、不気味な笑顔の何か(?)が描かれている。
「これ、『すっごい棒』って名前で、別の露店で安く売ってたんだ! でも、食べたら変な味がして、お腹痛くなっちゃった……」
子供は涙目だ。俺はその「すっごい棒」とやらを受け取り、まじまじと見る。これはひどい。明らかに、粗悪な材料で作られた模倣品だ。しかも、健康に害を及ぼすレベルかもしれない。
「絶対に、こういうのは買っちゃダメだぞ! 約束だ! 安くても、変なところで売ってる知らないお菓子は危険だ!」
俺は子供たちに強く言い聞かせた。安価で手軽な駄菓子だからこそ、安全性には特に気をつけなければならない。俺の駄菓子は、幸いにも日本の食品基準で作られているから安心だが、この世界の衛生観念や製造技術は未知数だ。
「許せない……!」
子供たちの笑顔を曇らせるような、悪質な模倣品。しかも健康被害まで出ているとなると、看過できない。怒りが込み上げてくる。
シルフィも、その話を聞いて柳眉を逆立てた。
「悪質な模倣品……しかも健康被害まで。これは単なる嫌がらせの範疇を超えていますわ! おそらく、あなたの成功を妬んだ者の仕業でしょう。あるいは、既存の菓子ギルドあたりが、あなたの評判を地に落とすために意図的に…?」
「菓子ギルドか……」
心当たりがないわけではない。最近、ギルドに所属しているらしい職人風の男たちが、遠巻きに俺の店を監視しているような視線を感じることがあった。伝統的な菓子を守るため、という名目かもしれないが、やり方が汚すぎる。
「どうすれば……。俺一人じゃ、どうにもできない」
相手が組織的に動いているなら、なおさらだ。証拠も無い。
「……わたくしの方でも、少し調べてみましょう」
シルフィが、珍しく真剣な表情で呟いた。彼女はすぐに傍に控えていたメイドに小声で何かを指示した。貴族としての情報網やコネを使ってくれるのかもしれない。
「手伝ってくれるのか、シルフィ?」
「か、勘違いしないでよね! これは市場の健全な発展と、市民の健康を守るためよ! わたくしの研究対象(駄菓子)の価値が貶められるのも許せないし! ……別に、あなた個人のためじゃありませんから!」
またツンデレを発動させているが、その言葉には確かな意志が感じられた。不本意ながらも、俺や、この駄菓子屋に集まる子供たちのことを心配してくれているのだろう。
「ありがとう、シルフィ。頼りにしてる」
素直に礼を言うと、シルフィは「ふんっ」と顔を背けたが、ローブのフードの隙間から見えた耳が少し赤くなっているのが分かった。
模倣品問題だけでなく、不穏な動きは他にもあった。俺の露店の近くで、「異世界の菓子は得体が知れなくて危険だ」「あの男は怪しい術を使って人を惑わしている」といった悪意ある噂を流す者が現れたのだ。おそらく、菓子ギルドか、あるいはショバ代を要求してきた連中のような、俺を市場から追い出そうとする勢力の仕業だろう。
さらに、ある日、貴族街の方から来たという役人風の男が再び訪ねてきて、今度はもっと踏み込んで、俺の駄菓子の『成分』について、やたらと細かく尋ねてきた。
「先日も伺ったが、この菓子に使われているという『ほぞんりょう』『ちゃくしょくりょう』『こーりょー』とは具体的に何か? それらは、このアルテミスフィアの物質とは異なる特性を持つようだが…錬金術的な処理が施されているのか? あるいは、妖精郷の秘薬か何かか? 特にこの『うまか棒・めんたい風味』の再現度は驚異的だが…」
保存料や着色料、香料なんて、この世界には存在しない概念なのだろう。錬金術? 妖精郷? ますますファンタジーだ。しかも、めんたい風味に食いついてきたぞ、この役人。
「えーっと、これはですね、素材の味を長持ちさせたり、見た目を楽しくしたり、良い香りをつけたりする、いわば『食の魔法』みたいなもんでして……ええ、錬金術に近いのかな? 秘伝中の秘伝なんで、詳しいことはちょっと…」
俺は必死に、現代化学の知識をファンタジー世界の言葉に置き換えて誤魔化そうとしたが、男の探るような、疑うような視線は変わらなかった。なぜ、そこまで成分にこだわるんだ?
シルフィにその話をすると、彼女はハッとした表情を見せ、難しい顔で考え込んだ。
「成分……保存技術……着色……香り……再現度……。まさか、ローゼンベルク家に伝わる『失われた食の秘法』の記述にあったという、いくつかの要素と一致するような……?」
何か心当たりがあるようだが、それ以上は語ろうとしなかった。彼女の家の秘密と、俺の持ち込んだ駄菓子。そして、俺がこの世界に召喚された理由。それらが、どこかで繋がっているのかもしれない。
次々と押し寄せる困難と、深まる謎。俺の異世界駄菓子屋ライフは、単なる商売繁盛物語では終わらない気配が濃厚になってきた。
それでも、俺は諦めない。
「見てろよ、じいちゃん。異世界だって、駄菓子の力で笑顔にしてみせる!」
露店に集まる子供たちの笑顔、シルフィの(素直じゃないけど)支え、そして、時々(意図せず)状況を引っ掻き回してくれる【駄洒落召喚】。これらを武器に、俺は立ち向かう。
まずは、あの悪質な模倣品『すっごい棒』と、それをばら撒いている連中に一泡吹かせてやらないと。子供たちの健康を脅かすなんて、絶対に許せない!
「よし、決めた! こうなったら、こっちも本気を出す!」
俺はニヤリと笑い、革袋の奥から、とっておきの『秘密兵器』を取り出した。それは、かつて日本の子供たち(と一部の大人)を熱狂させた、あの伝説のシール付きチョコレート菓子を彷彿とさせるアイテム!
「次回の目玉商品は、これだ! 『おまけシール付き・異世界モンスター封印チョコ』!(※あくまでそれっぽいもの)」
俺が自信満々にそれを掲げると、隣にいたシルフィが呆れたようにため息をついた。
「また、よく分からないものを……。ですが、その『しーる』とやらは、子供たちの収集欲を強く刺激しそうですわね。悪質な模倣品への対抗策としては、有効かもしれませんけれど……」
「だろ? 例えば、この『ぬるぬるスライム』のキラシールなんてどうだ? 子供たち、絶対欲しがるって!」
俺がキラキラ光るシールを見せると、シルフィは一瞬、その輝きに目を奪われたようだったが、すぐに「ふんっ」と鼻を鳴らした。
そして、俺の意気込みとは裏腹に、またしても脳内に妙な予感が走る。新たな駄洒落の予感が…。
笑いと、ちょっとのエッチと、たくさんの駄菓子。俺、甘露寺蜜夫の異世界奮闘記は、まだ始まったばかりだ。
模倣品との対決、迫りくる妨害、そして駄菓子に隠された秘密。果たして俺は、この困難を乗り越え、異世界に駄菓子の灯をともし続けることができるのか!?




