エルフの森への初配達と、透ける(?)ハプニング
エルフたちとの正式な交易が始まって数日。俺の駄菓子は、静かな森の民の間でも、じわじわと人気を集めているようだった。色とりどりの金平糖の美しさ、ラムネ瓶の中のビー玉の不思議さ、そして何より、今まで森には無かった多様な味と食感が、彼らの知的好奇心をくすぐるらしい。
そんな折、エルフのリーダー格であるフィンから、少し大きな依頼が舞い込んだ。
「蜜夫殿、今回は少々まとまった量の駄菓子が必要となりまして。つきましては、ご足労ですが、森の入り口まで直接届けていただけないでしょうか?」
聞けば、森の奥で何かの儀式か祭りでもあるらしい。二つ返事で了承し、俺は相棒のアル君に手伝ってもらい、愛用の移動販売車(ドワーフ特製!)に駄菓子を満載にした。
「森の奥深くは、未知の危険も多いと聞きます。くれぐれも気をつけてくださいまし」
見送りに来てくれたシルフィが、心配そうに眉をひそめる。
「大丈夫だって! フィンたちが案内してくれるし、それに…」
「アンナ、あなたも同行なさい。蜜夫がまた何か問題を起こさないか、しっかり見張っていてちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様」
シルフィの鶴の一声で、護衛兼お目付け役として、有能すぎる侍女アンナさんも同行することになった。心強いけど、ちょっと監視されてる感が否めない…。
森の入り口で待っていたのは、フィンと、そしてなぜかリアの姿もあった。
「蜜夫殿、お待ちしておりました」フィンが静かに一礼する。
「リアさんまで、どうしたんですか?」
「…私も、蜜夫殿に森をご案内したく。…貴殿の作る菓子について、もう少し詳しく知りたいというのもありますし」
リアは少し俯きながら、でも以前よりは幾分か柔らかい表情でそう言った。前回の巻物事件で、何か心境の変化でもあったのだろうか。アンナさんの視線が、心なしか鋭くなった気がする。
フィンとリアの先導で、俺たちは神秘的なエルフの森へと足を踏み入れた。市場近くの雑木林とはまるで違う。天を突くような巨大な樹々が立ち並び、地面は柔らかな苔で覆われ、見たこともない鮮やかな色の花々が咲き乱れている。空気も澄んでいて、どこか神聖な雰囲気すら漂っていた。
「わー! すごい! まるで別世界ですね!」アル君が目を輝かせる。
「静かに。ここは精霊たちの領域に近い。あまり騒がしくしない方がいい」フィンが嗜める。
リアは、道すがら、少し恥ずかしそうにしながらも、森の植物や動物について、小さな声で教えてくれた。
「あれは【月光茸】。夜になると淡く光るのです」「あの鳥は【歌いコマドリ】。とても美しい声で…あ」
言いかけて、俺と目が合うと、リアははにかんで口をつぐんでしまう。なんだか可愛い反応だ。アンナさんの咳払いが聞こえたのは、気のせいだろうか。
森の奥へ進むにつれて、辺りはますます静寂に包まれていく。鳥の声一つ聞こえない。風が木々の葉を揺らす音だけが、やけに大きく響く。
(なんか…すごい静かだな…。それに、さっきから誰かに見られてるような気がするんだけど…)
俺が背筋に妙な寒気を感じていると、突然、近くの茂みからクスクスという子供のような笑い声が聞こえた。かと思えば、どこからか小さな石が飛んできて、荷馬車の幌にコツンと当たったり、誰も触っていないのに木の枝が大きく揺れたりする。
「な、なんだ!?」俺が身構えると、フィンが落ち着いた声で言った。
「おそらく、木霊たちの悪戯でしょう。彼らは好奇心旺盛で、時折こうして旅人にちょっかいを出してくるのです。害意はないはずですから、気になさらないでください」
木霊か…ファンタジーっぽいな。でも、ちょっと不気味だ。
しばらく進んだところで、少し開けた場所に出たので、休憩を取ることにした。俺は喉が渇いたので、荷馬車から冷えたラムネを取り出そうとした。ところが、数本掴んだところで、手が滑ってしまった!
「おっと!」
ガシャン!と割れるかと思いきや、落ちたラムネ瓶は、なぜか芝生の上をコロコロと、まるで意思を持っているかのように転がっていき、近くにそびえるひときわ大きな古木の根元に、吸い込まれるようにピタリと止まった。
(俺には見えなかったが、俺のすぐ足元の地面が、ほんの一瞬だけ「べー」っと舌を出すように盛り上がり、すぐに元に戻った)
「あ、蜜夫さん、ラムネが…」アル君が拾いに行こうとするのを、フィンが手で制した。
「待ちなさい、アル殿。あれは、おそらく森の精霊…あるいは、あの古木の主が、ラムネを気に入ったのでしょう。【捧げもの】として、受け取られたのかもしれません」
「捧げもの、ですか?」
「ええ。森では時折あることです。無理に取り返そうとしない方がいい」
そういうものなのか…? 俺の駄菓子、精霊にも人気があるのかも。
(ここでは俺、何も駄洒落言ってないよな? やっぱり木霊とか精霊の仕業なのか? それとも、この森自体が、俺のスキルに何か影響を与えてるとか…? 分からん…)
俺は少し首を傾げたが、深くは考えないことにした。
休憩を終え、再び歩き始めた、その時だった。
「きゃっ!」
突然、リアが短い悲鳴を上げた! 見ると、地面から伸びていた太い蔦が、彼女の足首に蛇のように絡みつき、バランスを崩して転んでしまったのだ!
「リアさん! 大丈夫ですか!?」俺が駆け寄る。
リアは顔をしかめ、腕を擦りむいていた。上品なエルフの服も泥で少し汚れてしまっている。さらに、転んだ拍子に近くの水たまりに手をついてしまったのか、あるいは元々生地が薄かったのか、肩から腕にかけての薄緑色の袖の部分が濡れてしまい、下の白い肌がうっすらと透けて見えてしまっている。
「だ、大丈夫です…でも、この蔦が…!それに、服が濡れて…」
リアは恥ずかしそうに濡れた袖を押さえる。見ると、蔦はリアの足首にきつく食い込み、痛そうだ。
「くっ、離れない…!」フィンが腰のナイフで蔦を切断しようとするが、なぜか刃が通らない。まるで鋼鉄のように硬い。
「私も手伝います!」アンナさんが加勢するが、やはり蔦はびくともしない。
「(まずい! リアさんが痛がってる! しかも服まで濡れて透けちゃってるし…! 早く助けないと!)」
俺は、リアの苦痛に歪む表情と、恥ずかしそうに濡れた袖を隠す仕草を見て、焦りが込み上げてきた。彼女を助けたい、その一心で、言葉が口をついて出た。
「リアさん、しっかり! 俺が今、絶対に【助ける(たすける)】からな!」
ただ、助けたい一心で叫んだ言葉だった。駄洒落のつもりなんて、全くない!
ピキーン! (だが、俺の切実な叫びは、無情にもスキルによって別の意味として捉えられた! 特に、目の前の「透けている」状況とシンクロしてしまったようだ! 脳内で鋭い起動音が響く!)
「げっ! 今の『助ける』が反応した!? まさか、やっぱり『透ける(すける)』って判定か!?」
脳内判定『評価:救助への強い意志! だが「たすける」の音韻と、対象の【透けている状況】を検知! 強制的に「すける」と解釈し駄洒落成立と判定! 状況を増幅・悪化させる方向で…セクシー&解放ハプニングを実行! 中評価!』
状況を増幅・悪化!? やっぱりか! 最悪だ!
直後、ある意味で予想通り、しかし予想以上に酷い(?)現象が起こった!
まず、リアの足に硬く絡みついていた蔦が、まるで幻だったかのように、スッと力を失い、ひとりでに解けて消えていったのだ!
「あ…解けた…?」リアが驚きと安堵の声を漏らす。
だが、安堵したのも束の間!
それと同時に、先ほど濡れてうっすらと透けていたリアの服の袖部分が、さらに広範囲に、まるで薄いガラス細工のように透明度を増し、下の肌がよりはっきりと【透けて】見えるようになってしまったのだ! それだけではない! なぜか服全体にまでその効果が及び、濡れていないはずの胸元や背中の部分まで、上品なシルク生地がまるで薄いオーガンジーのように透け始め、下のインナーのラインや肌の色がくっきりと浮かび上がってしまった!
「きゃーーーーーーっっ!!? な、なんなのですかこれは!? 服が、服が全部透けて…!?」
今度こそ、リアの羞恥と絶望に満ちた、森中に響き渡るような悲鳴がこだました!
「り、リア! その服は一体!?」「な、何かの呪いか!? 透明化の魔法!?」「こ、これは流石にまずいのでは…!?」
フィンもアル君も、そして俺も、あまりにもダイレクトすぎるセクシー(?)ハプニングに完全にフリーズ! 直視できず、慌てて全員があらぬ方向を向く!
その中で、唯一迅速に行動したのは、やはりアンナさんだった。彼女は「…はぁ」と深いため息を一つつくと、無言で大きな外套を取り出し、リアの体を素早く包み隠した。そして、氷点下の視線で俺を射抜いた。
「…蜜夫様。弁解は結構ですわ。後ほど、お嬢様には詳細にご報告させていただきます」
「ひぃっ! 違うんです! 本当に不可抗力で!」
「言い訳は聞き飽きました」
アンナさんの有無を言わせぬ迫力に、俺は完全に縮み上がるしかなかった…。
リアは、アンナさんの外套に包まりながら、顔を真っ赤にしてワナワナと震えている。助かったことへの感謝よりも、服が透けたことへの羞恥と怒りが勝っているようだ。俺への視線が…怖い!
「…こ、コホン」フィンは咳払いをして、無理やり平静を装った。「と、とにかく、リアの危機は去った…。原因は不明だが、蜜夫殿の関与は…否定できないかもしれん。だが、今は先を急ぐことが肝要だ。皆、行くぞ」
フィンは、もはやこの状況をどう解釈すればいいのか分からなくなったのか、半ば強引に話を打ち切り、一行を促した。
「あ、あの…蜜夫殿…」
リアが、外套から顔だけ覗かせ、潤んだ目で俺を見上げてきた。
「その…蔦から助けていただいたことには、感謝…しています。ですが…! ですが、この服のことは、絶対に許しませんから!」
「ご、ごめんなさい!」
俺は全力で謝るしかなかった。信頼度が上がったのか下がったのか、もはや分からない…。
こうして、俺たちは、かつてないほど気まずい雰囲気に包まれながら、再び森の奥へと歩き始めた。リアは外套にくるまったまま、時折、恨めしそうな目で俺を見ている。アンナさんの殺気はマシマシだ。フィンとアル君は、どう反応していいか分からず、終始無言だ。
エルフの集落に着くまでに、俺の命(と社会的信用)は持つだろうか? そして、この透け透けハプニングは、今後の俺たちの関係にどんな影響を与えるのか…?
異世界駄菓子屋ライフ、森編。早くも最大のピンチ(色んな意味で)を迎えている気がしてならない。




