王都の迷路、再会の光
王都は、想像以上に巨大で、複雑な街だった。石造りの壮麗な建物が立ち並び、きらびやかな装いの貴族や、忙しなく行き交う商人、そして様々な人種の人々でごった返している。俺、甘露寺蜜夫は、グスタフ・フォン・ヴァレンシュタイン卿の手配した宿舎(という名の監視付きの部屋)に滞在し、王宮や錬金術師ギルドに呼び出されては、「異世界の知識」…主に駄菓子の製法や保存技術に関する質問に答える日々を送っていた。
彼らが俺の知識に強い関心を持っているのは明らかだったが、その目が単なる好奇心だけではないことも感じていた。特にグスタフ卿は、俺の知識を国の利益、特に軍事転用できないかと探っている節がある。俺は当たり障りのない情報だけを提供しつつ、核心部分は誤魔化し続けていた。
そんな監視下の生活でも、俺は俺なりに動いていた。差し入れと称して自作の駄菓子を衛兵や下級役人、研究者たちに配り、お人好しな性格(と駄菓子)で少しずつ味方を増やしていたのだ。彼らから得られる断片的な情報が、この王都で生き抜くための重要な手がかりだった。
一番気がかりなのは、シルフィのことだ。彼女も王都にいるはずなのに、ローゼンベルク家の別邸の場所すら掴めない。父君に軟禁されているという噂は本当なのだろうか。彼女の身に何かあったのではないか、と不安ばかりが募る。
そんなある夜のことだった。俺は監視の目を盗んで、王都の下町の様子を探るため、粗末な外套で姿を隠して宿舎を抜け出した。入り組んだ路地を歩いていると、ふと、聞き覚えのある、凛とした声が耳に入った。
「…ここを右に。追手は撒いたはずですわ、アンナ」
「はい、お嬢様。しかし、無茶が過ぎます…!」
まさか! 俺は声のした方へ駆け寄った。薄暗い路地の角を曲がった先にいたのは、侍女らしき女性と、そして、フードを目深にかぶった見慣れた姿…シルフィだった!
「シルフィ!」
俺が声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げた。フードの下から覗く銀髪と、気の強そうな瞳。間違いなく彼女だ。
「蜜夫!? あなた、どうしてここに…?」
「それはこっちのセリフだ! 無事だったのか! 心配したんだぞ!」
感動の再会…のはずが、俺は安堵と緊張がないまぜになったせいか、またしてもあの感覚に襲われた。まずい!
「いやー、しかし、こんな所で会えるなんて、奇遇だな! まるで、月とスッポンがバッタリ出会ったみたいだ!」
…って、なんだその例えは! しかも全然上手くない!
脳内判定『評価:意味不明な例え! 全く奇遇ではない! 寒い!』。やっぱりか!
直後、近くの建物の屋根から、なぜか洗濯物を取り込んでいた住人が足を滑らせ、大量の洗濯物(主に下着類)が、俺たち三人の頭上にバサァァッと降り注いだ!
「きゃっ!?」
「な、なんですのこれは!?」
「うわっ! 最悪だ!」
感動の再会は、下着まみれのドタバタ劇で幕を開けた。…まあ、これも俺たちらしいか。
俺たちは近くの安宿に部屋を取り、人目を忍んで互いの状況を語り合った。シルフィは、父の厳重な監視を掻い潜り、侍女アンナの機転と、事前に密かに連絡を取り合っていたゲルトさんの手引き(市場の商人の伝手を使ったらしい)によって、邸を抜け出してきたのだという。
「父は、やはり我が家の『秘法』とあなたの知識の関係を恐れているわ。わたくしをあなたから引き離し、全てを闇に葬るつもりよ」
彼女の口から語られるローゼンベルク家の秘密と、古代技術に関する断片的な情報は、俺が漠然と感じていた不安を確信へと変えた。
「俺も、王宮やギルドに利用されかけてる。駄菓子の技術を、軍事目的か何かに使おうとしてる連中がいるんだ」
俺も自分の状況を話した。俺たちがそれぞれ掴んだ情報を合わせると、点と点が繋がり、巨大な陰謀の輪郭が見えてくるようだった。
「シルフィ、俺たちは、もう逃げてるだけじゃダメだ。一緒に戦おう。真実を明らかにして、あいつらの好きにはさせない!」
「ええ、望むところよ、蜜夫。わたくしたちの知識と、あなたの…その奇妙な力を使えば、きっと道は開けるはずだわ」
シルフィは力強く頷いた。その瞳には、以前のような迷いはなく、確かな決意が宿っている。離れていた時間が、俺たちの絆をより強く結びつけたのだ。
こうして、俺とシルフィの、王都を舞台にした反撃の狼煙が上がった。…まあ、その第一歩が下着まみれだったことは、忘れることにしよう。