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市場の危機、繋がる手

 恐れていた事態は、思ったよりも早くやってきた。エーリヒたちの執拗なネガティブキャンペーン、巧妙な競合品の登場、そして過熱したシールブームに対する世間の批判的な目。それらが複合的に絡み合い、俺の駄菓子屋に対する逆風は、日増しに強まっていった。


 決定打となったのは、商人ギルドと一部の貴族からの、公的な圧力だった。「市場の健全な発展を阻害する」「風紀を乱す」といった名目で、俺の露店に対して、正式な営業停止、あるいは市場からの追放を求める声が上がったのだ。後ろで糸を引いているのが誰なのか、俺には見当もつかなかったが、その力は俺一人の手には余るものだった。


 役場の広場で、簡易的な審問会のようなものが開かれた。俺は被告席に立たされ、商人ギルドの代表や、いかにも保守的な貴族たちが、次々と俺の商売の問題点を糾弾する。

「彼の売る菓子は、子供たちを過度に熱狂させ、勉学や労働への意欲を削いでいる!」

「そもそも、あの奇妙な製法や成分は、本当に安全なのか証明されていない!」

「市場の調和を乱す者は、厳しく罰せられるべきだ!」

 俺は反論しようとするが、言葉巧みな彼らの主張の前では、俺の言葉は無力だった。証拠も、後ろ盾もない。このままでは、本当に全てを失ってしまうかもしれない…。


 絶望的な空気が場を支配しかけた、その時だった。

「お待ちください!」

 凛とした声と共に、人垣を割って進み出たのは、シルフィだった。彼女はいつものローブ姿ではなく、ローゼンベルク家の紋章が入った、上質なドレスを身に纏っていた。その姿は、有無を言わせぬ威厳を放っている。

「皆様の懸念は理解できます。しかし、甘露寺蜜夫氏の菓子が、即座に有害である、あるいは市場の秩序を破壊すると断定するには、根拠が薄弱ではありませんか?」

 シルフィは、冷静に、しかし力強く反論を始めた。彼女は、貴族としての知識と弁論術を駆使し、告発者たちの主張の矛盾点や、証拠の不確かさを次々と指摘していく。

「彼の商法に改善の余地があることは認めましょう。しかし、それは対話によって解決すべき問題であり、一方的な追放は、市場の多様性と活力を損なうことになりかねません。少なくとも、彼には弁明と改善の機会が与えられるべきです」

 家の秘密には触れず、あくまで公正な手続きと、市場原理の観点から、彼女は俺を擁護してくれた。その堂々とした姿に、俺はただ息をのむばかりだった。


 シルフィの登場で場の空気が変わったところに、さらに予想外の人物が声を上げた。

「わしも一言、よろしいかな」

 現れたのは、菓子ギルドのゲルトさんだった。彼は、告発者席に座るエーリヒを厳しい目で見据えながら、ゆっくりと口を開いた。

「異邦人の菓子が、我々の伝統と相容れぬ部分があるのは事実かもしれん。だが、彼の菓子が、多くの子供たちに喜びを与えているのも、また事実だ。そして何より、一部の者が、不正な手段を用いて彼を陥れようとしているという噂もある。そのような不公正な動きがあるのであれば、それは市場の秩序以前に、我々職人の道を汚す行為だ。性急な判断は避け、まずは公正な調査を行うべきではないか」

 ゲルトさんは、自身の信用を賭けて、俺を直接擁護するのではなく、不正の可能性を指摘し、公正な判断を求めてくれた。その言葉には、職人としての確かな重みがあった。


 シルフィとゲルトさん。立場も考え方も違う二人が、それぞれの形で俺のために声を上げてくれた。それだけではない。審問会の会場の隅からは、「蜜夫の兄ちゃん、悪くない!」「俺たち、蜜夫のお菓子好きだぞ!」という子供たちの声援が聞こえてくる。ドワーフの商人たちも、「彼の技術は面白い! 追放は損失だ!」と野太い声を上げている。エルフたちも、静かにこちらを見守ってくれている。


 俺は一人じゃなかった。この異世界で、駄菓子を通じて、たくさんの人たちと繋がっていたんだ。胸が熱くなるのを感じた。


 だが、状況はまだ厳しい。告発者たちは、シルフィやゲルトさんの言葉にも怯まず、なおも俺の追放を主張している。特に、商人ギルドの代表と、グスタフ卿(なぜか彼も審問会に出席していた)は、冷静な表情を崩さない。


 追い詰められた俺は、極度の緊張から、またしてもあの感覚に襲われた。まずい、ここで駄洒落なんか言ったら、全てが台無しに…!

「こ、こんな時こそ、冷静に…そう、冷静れいせいに話し合えば…!」

 あーーー! 言っちゃった! しかも、なんか真面目なこと言おうとしてる! ダメだ、これは絶対スベるやつ!


 俺の脳内判定は『評価:場違いな真面目さ! 緊張感MAX! だが、内容は正論! …判定不能!? エラー! エラー!』。え、エラー!? なんだそれ!? スキルがバグったのか!?


 その瞬間、奇妙なことが起こった。

 審問会の会場の空気が、ふっと軽くなったような気がしたのだ。告発者たちの険しい表情が、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、和らいだように見えた。そして、一番声高に俺を非難していた貴族が、なぜか急に自分の服の埃を払い始め、商人ギルドの代表は、懐から取り出した書類のページをめくり間違えた。グスタフ卿は、微かに眉をひそめただけだったが。

 それは本当に些細な変化で、気のせいかもしれないレベルだった。だが、その一瞬の隙が、場の流れを変えた。


「…ふむ。確かに、即時追放と断じるには、まだ議論の余地があるようですな」

 審問会の議長役を務めていた、中立的な立場の長老格の人物が、重々しく口を開いた。

「甘露寺蜜夫氏の営業については、一旦、保留とする。ただし、子供たちへの影響を考慮し、シールの販売方法などについては、ギルドや保護者と協議の上、改善策を講じることを条件とする。また、菓子の安全性については、引き続き調査を行うものとする」


 完全な勝利ではない。だが、追放は免れた。俺は、シルフィと、ゲルトさんと、そして応援してくれたみんなのおかげで、なんとかこの危機を乗り越えることができたのだ。


 審問会が終わり、エーリヒは苦々しい顔で会場を後にした。彼のギルド内での立場は、かなり悪くなっただろう。だが、彼の背後には、まだ見えない黒幕がいるような気がしてならなかった。


 俺は、改めてシルフィとゲルトさんに向き直り、深々と頭を下げた。

「シルフィ、ゲルトさん、本当にありがとうございました!」

「別に、あなたのためではありませんわ。市場の公正さのためです」シルフィはツンと顔を背ける。

「ふん、勘違いするな。わしは不正が許せんだけだ」ゲルトさんもぶっきらぼうに言う。

 二人とも素直じゃないなぁ。でも、その言葉の裏にある温かさは、ちゃんと伝わっていた。


 俺の駄菓子屋は、営業を再開することができた。一連の騒動を経て、俺の人となりや、駄菓子への想い、そして俺を支えてくれる人たちの存在が、市場の人々にも少しずつ理解され始めたのかもしれない。店は以前にも増して、様々な人々が集う、賑やかで、温かい交流の場となっていった。


 だが、安堵したのも束の間、俺たちの前には、新たな、そしてより大きな嵐が迫っていることを、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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