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王都の影、錬金術の光

 俺の駄菓子屋の評判は、どうやらこの街の市場だけに留まらなかったらしい。ある晴れた日の午後、見たこともないような豪華な馬車が、俺の露店の前に止まった。護衛の騎士に守られて馬車から降りてきたのは、いかにも高位の貴族といった風情の、優雅な物腰の男性だった。年の頃は四十代だろうか。柔和な笑顔を浮かべているが、その目は鋭く、俺の全てを見透かしているかのようだ。


「君が、噂の駄菓子屋の甘露寺蜜夫君かね? 私は、王宮にて財務を預かる、グスタフ・フォン・ヴァレンシュタインと申す者だ」

 グスタフと名乗る貴族は、驚くほど気さくに話しかけてきた。

「君の作るユニークな菓子と、その新しい商法おまけシールのことだろうの噂は、遠く王都にまで届いていてね。ぜひ一度、この目で見てみたいと思って、視察に参ったのだよ」


 王都! しかも王宮の財務官!? なんでそんな大物が、こんな場末の駄菓子屋に? 警戒心がマックスになる。

「これはこれは、ご丁寧にどうも…」

 俺は引きつった笑顔で応対するしかなかった。


 グスタフ卿は、俺の説明を聞きながら、一つ一つの駄菓子を興味深そうに眺めていく。特に、ビー玉入りラムネ瓶の構造や、うまか棒の多様なフレーバー、そして異常なまでの保存性に関心を示しているようだった。

「ふむ、この『ラムネ』とかいう飲料、面白い仕組みだ。ガラス瓶の中に玉を入れるとは…そしてこの味、実に爽やかだ。砂糖以外の甘味料でも使っているのかね? そして、この棒菓子…これだけの種類がありながら、どれも長期保存が可能とは。何か特別な製法があるのかな?」

 探るような質問。俺は当たり障りのない答えに終始したが、彼は全てお見通しといった表情で頷くだけだった。

「実に興味深い。君の技術は、あるいは我が国の食料事情…特に軍用食糧の改善に役立つやもしれんな」

 最後に不穏な一言を残し、グスタフ卿はいくつかの駄菓子を買い上げ、再び豪華な馬車に乗って去っていった。嵐のような訪問だった。彼は一体何者で、真の目的は何なんだろうか? 単なる視察とは思えない。彼の関心は、純粋な好奇心なのか、それとも何か別の利用価値を見出しているのか…。


 王都からの訪問者があった数日後、今度は別の方面から、新たな訪問者が現れた。ローブを纏った、まだ若い、少年のような雰囲気の人物だった。

「あ、あのっ! あなたが蜜夫さんですか!? 僕は、街の錬金術師ギルドで見習いをしている、アルと申します!」

 アルと名乗る少年は、目をキラキラさせながら、興奮気味に話しかけてきた。

「あなたの作るお菓子、ギルドでも噂になってるんです! 特に、あの『ねるねる魔法菓子』! 水と粉だけで色が変わって膨らむなんて、まるで本物の錬金術みたいだって! あと、お菓子の成分! ギルドのマスターが、未知の触媒か、あるいはエーテル体に作用するような特殊な物質が含まれてるんじゃないかって…! よかったら、少し分析させてもらえませんか!?」


 純粋な学術的興味。それは分かるが、迂闊に協力するわけにもいかない。俺の駄菓子は、地球の化学技術の産物だ。この世界の錬金術の常識とはかけ離れているだろうし、下手に分析されて、何かヤバい成分(と誤解されるもの)が見つかっても困る。


「はは、ありがとう。でも、これは門外不出の秘伝でね。簡単に分析させるわけにはいかないんだ、ごめんよ」

 俺がやんわり断ると、アルは残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直した。

「そ、そうですか…残念です。でも、もし何か僕にできることがあったら、いつでも言ってください! 僕、薬草学とか、物質変換の基礎なら少しは分かりますから!」

 彼は悪意のない、純粋な探求心を持っているようだ。もしかしたら、いつか彼の知識が役に立つ時が来るかもしれない。俺はアルと連絡先(といっても、ギルドの場所を聞いただけだが)を交換した。彼がギルドの上層部にどう報告するかは未知数だが…。


 一方で、異種族との交流は、よりポジティブな方向に進展していた。

 ドワーフの職人たちが、「蜜夫殿の『ビー玉入りラムネ瓶』の構造にヒントを得て、新しい仕掛け錠前を開発した!」と報告に来てくれたり、「この『おまけシール』の印刷技術(手描きだけど)を応用して、金属板に模様を刻む新しい技法を思いついた!」と熱く語ってきたり。果ては、「共同で、菓子が出てくる自動販売機のような絡繰り装置を作らないか?」という、とんでもない提案まで飛び出した。実現するかはともかく、彼らの創造性を刺激しているのは嬉しいことだ。


 エルフたちは、相変わらず駄菓子の持つ「微細な魔力」に関心を示していた。長老らしき人物が店を訪れ、「この『ココア風味シガレット型菓子』から感じる微かな力は、我らが森の奥深くで守護する『生命の泉』のそれに似ている気がする…気のせいかもしれんが」などと、意味深なことを呟いていく。彼らは、俺の駄菓子の根源に、何か特別なものを感じ取っているのかもしれない。


 王都の貴族、錬金術師ギルド、ドワーフ、エルフ…。俺の駄菓子屋は、いつの間にか、様々な人々や組織の関心を集める存在になっていた。それは、ビジネスチャンスの拡大を意味すると同時に、俺自身が、この世界の大きな流れの中に否応なく巻き込まれていく予兆のようにも感じられた。

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