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ガヤガヤと毎日たくさんの人がウチを訪れてくれていた。
忙しく働く両親を見ながらさみしさはありつつも食事しておいしいと喜ぶお客さんを見るのが幼い頃から好きだった。
贅沢はできないが優しい母ちゃんと無口だが美味しい料理を作ってくれる親父と幸せな日々だったと思う。
高校二年の時、母ちゃんが事故で亡くなるまでは。
授業中慌てた様に教頭が教室に俺を呼びに来てそのまま病院に送ってくれた。
病院に着くと近所のおばちゃんがいて俺を引っ張って母ちゃんの元に向かった。
安置室と書かれた部屋に連れてこられた。
白い布をかぶせられた台の傍らに今まで見たことない嗚咽をあげる親父。
俺は部屋の入り口で固まってしまった。
親父の後ろに立っていた医者らしきおじさんが入ってきた俺に気付くと目を伏せて頭を下げた。
何度も母ちゃんの名前を叫ぶ親父の声だけが部屋に響いていた。
あの布の下が母ちゃんなんだ。
「母ちゃん・・・」
俺はその場にへたり込んでしまった。
おばちゃんや医者や看護師とかが心配してくれたのか駆け寄ってくれた。
その後別室で詳しい説明を受けた。
本来は親父と俺が受けるべきなのだろうが親父は母ちゃんの側から離れなかったため俺だけで受けることに。おばちゃんが付き添おうかと言ってくれたがさすがに迷惑だろうと断った。
何かあれば手伝うからねと何度も言っておばちゃんは帰っていった。
母ちゃんは食堂の昼営業が終わった後買い物に出てその帰宅中に歩道に突っ込んできた車に衝突され、しかも運悪く電柱と車体に挟まれ腰が激しい損傷を負った。
布を顔まで掛けていたのもあまりの傷の為らしい。
救急車で病院に運ばれた時にはすでにコト切れており、死亡確認がとられたとの事だった。
そこからは近所の人や常連さんの協力もあり母ちゃんの葬儀はなんとか行えた。
親父と母ちゃんは身内がおらず頼れる親類もいなかった。
「ありがとうございます」
参列してくれた人たちに挨拶する。母ちゃんの人柄だろう。たくさんの人が来てくれどの人も悲しんでいた。
喪主である親父は挨拶だけしていたが心ここにあらずでずっと母ちゃんの棺桶の近くにいた。
「ただいま」
食堂の戸を開ける。
夕方のこの時間は仕事終わりの会社員や家族連れなどで混んでいた・・・一年前まで。
あれから父は食堂を開けず、飲んだくれていた。
誰も彼も最初は仕方ないと言ってくれたがどんどん荒れる父に呆れ、離れていった。
俺を心配してくれる人はいるが以前よりは距離を置かれている。
店の奥の階段をあがったとこが住居だ。
居間のちゃぶ台で飲みかけの酒のグラスをにぎりながら父がつぶれていた。
毎日のことだ。
いびきをかきながら時折母ちゃんの名を言いながら泣いている。
俺は自分の部屋に向かう。
鞄を置き、制服からジャージに着替える。
部屋のふすまを閉めればシーンとした静寂。
「母ちゃんいた頃は休みでもうるさかったのにな」
店からのお客さんの声もうるさいくらいだった母ちゃんの笑い声も何にも聞こえない。
俺は洗濯して干した後バイトへ向かった。




