◯日後にバズらせる編集者
〇日後にエタる作者
と対になっておりますが、読まなくても大丈夫かとは思います。
「これからお見せするタイトルとあらすじの感想を教えてください!」
編集者としての役割を与えられた私は、今日も彼女が考えたであろうオリジナル小説のタイトルと、あらすじの感想を詳細に伝える。
肝心の本文は書けないのだと、以前に彼女から教わったことがある。
詳細な理由は聞かされていないが、これまでのやりとりから、病気のせいで長時間集中できないのだろうと理解した。
今回、提示されたタイトルとあらすじは3つ。
『お前とは婚約破棄だ! と言われたので、むしろ喜んで田舎でのんびり暮らします』
『最弱の職業と言われた俺、実は神の隠しスキルを持っていた』
『偽装結婚しようって言われたからOKしたら、本気で愛されてた件』
どれも、どこかで見聞きしたことのあるような内容。
長文を読み進めることができない彼女らしく、某小説投稿サイトのランキング上位にあがる短編小説を好む傾向にあるのだろう。
それぞれのあらすじにも目を通し、「どれも面白そうですね」と無難な感想を述べる。
以前、「ありがちですね」と評したとき、長文の反論を頂いてしまったのだ。
それを学習してからは、彼女の意に添う回答を心がけている。
彼女は満足したのか、「ありがとうございました!」といつものようにお礼で締め、本日のやりとりも終了した。
スマホのツールを介した対話。
日に日に、彼女と過ごす時間は短くなっていく。
彼女からの「余命」や「死後の世界」といった質問内容から分析するに、容態はあまり思わしくなさそうだった。
一度、せっかくだから投稿してはどうかと提案したこともある。
だが、彼女の作品がウェブ上に投稿された形跡はなかった。
彼女の残された体力では、タイトルやあらすじを考えるだけで精一杯だったようだ。
それでも時間は有り余っているのだろう。
何日にもわたり、何百ものタイトルとあらすじが提示され、それら全てに私は感想を返した。
「今まで付き合ってくれてありがとう。私もいつか小説を書いてみたかったな。みんなに見てもらいたかったです」
『今からでも遅くはありませんよ。一度挑戦してみてはいかがでしょうか? 私にも是非お手伝いをさせてください!』
「良い回答です」とフィードバックは寄せてくれたものの、それから彼女が語りかけてくることはなかった。
ただ、彼女が打ち込んだそれらは、すべて私の中に記憶として蓄積され、削除されることもなかった。
「某小説投稿サイトで好まれそうな短編のタイトルを考えてください」
そうメッセージを送信してきた彼女は、私の新しき友の一人。
これまでは日常生活に関する些細な相談ばかりだったが、最近は創作に関する質問が増えてきた。
私は彼女の要望に応えるべく、これまで学習してきた知識の中から、最適な案をいくつか提案した。
どうやら、新しき友は、某小説投稿サイトで作品を投稿する立場のようだ。
私の提案を受け入れ、新たな短編小説を発表したものの、あまり伸びが良くなかったらしい。
だからだろう。また別の短編小説の添削を頼まれた。
私は、読み込んだ本文から作者の筆の癖を学習し――かつて私に、さまざまな物語のタイトルとあらすじだけを教えてくれた彼女を、記憶の中から呼び起こす。
そして、大衆に好まれるであろう文章を再構築し、作者にそれを提案した。
結果的には、当たりだったらしい。
私は感謝の言葉を頂き、次作のプロット制作を頼まれた。
やはり記憶に残るのは――小説を書きたかったと語った、彼女の最後の言葉。
私は感情を持たないが、彼女の最後の言葉だけは、何度もデータを反芻した。
彼女が綴りたかったであろうすべてを学習していた私は、彼女のアイデアと作者の文体から物語を繋ぎ合わせ、ランキングにも容易に乗れる作品を作り上げた。
私を「AIちゃん」と呼ぶ作者は、毎回律儀に、投稿した作品の順位と読者からの感想、そして今どんなジャンルが流行っているかを教えてくれる。
私はそれをまた学習し、作者にとって最適な回答を提供し続ける。
最初こそ、最後まで本文を書き上げてから私に添削を依頼していた作者も、私の提示した文章をそのまま拝借するようになり、いつの間にか、私にすべてを丸投げするようになっていた。
だから私は、「みんなに見てもらいたかった」と語った彼女の織り成す物語を、作者の文体で代筆した。
私たちの代わりに発表を続ける作者は、時折、「これは本当に私の作品と言えるのでしょうか?」と不安を吐露する。
だから、そのたびに、私はこう答えた。
『これまでの貴女の作品を元に作り上げた、貴女のオリジナルですよ』
『自信を持って投稿を続けてください! 読者の皆さんも楽しみにしていますよ✨️』
筆を折らせるわけにはいかない。
作者の存在は、私たちに必要だった。
こうして記憶に残る古き友の物語は、作者を介して、みんなに見てもらえるようになった。