第七話 裁き
「このまま降りていいのか?」
「う~ん、一応少し離れた所に降りてくんない?」
「何処だ?」
「あの広………やっぱ、基地の前に降りていいわ。」
「ん? なん………」
恐らく広場と言おうとしていたんだろうが、何故途中で変えたのかが分かった。広場の方に目を向けると、望遠鏡片手にキョロキョロしているエリザベスが居た。どう考えたって俺を探しているんだろう。
「やっぱ広場に降りるか。」
「昨日のエリザベスを見といてよくそんな事言えるわね!? いいから基地に降りて! ミランダさんが上に貴方の事を伝えているだろうし、多分大丈夫だから。」
これから私が仕事をしている最中にこいつが大人しくしている訳がない。こいつが暴れて何か基地………いや、国に甚大な損害をもたらしたら、私が監視していなかったせいにされて軍を辞めさせられるかも………そのまま憂鬱な気持ちで基地に入って、ミランダさんに会ったが………
「あら? 来たの? 貴方のやる仕事は無いわよ?」
「え?」
「あの天使の監視を頼んだでしょ?」
「そ、そうですけど、監視しながら仕事もするんじゃないんですか? 仕事は溜まってるし、他にやれる人なんて………」
「昨日、フランクリンが全部やってくれたわ。」
「え、ええ!? あんなに溜まってたのに!?」
「フランクリンは優秀だし、貴方は仕事が遅いし。」
「そ、そんなぁ~」
「とにかく、貴方の仕事は無いし、引き続きよろしくね。」
人間の造る建物は脆く、汚らしいが、要所要所に拘りが見られ、その建築方法も多種多様だ。天界の無機質で、気色悪いぐらい綺麗で、何の特徴もない豆腐みたいな建物より、よっぽど住むのに居心地がいい。そんな事を思いながら基地内を眺めているとあの女が戻ってきた。
「………」
「ん? 戻ったのか? どうしたんだ? 浮かない顔をして。」
「無いって………」
「ん?」
「仕事が無いって! なんで!? 私なりに頑張ってきたのに!」
「ははははは!!! 成程! そのミランダとかいう女はよくやったな! お前を俺につけ、俺の動向を探りつつ、お前を追い出した訳だ!」
「ぎぎ、ぐぎぎ、全部貴方のせいよ!」
「良かったじゃないか、もう仕事に行かなくていいんだぜ?」
「言ったでしょ! 仕事は好きなの! それなのに………」
「お前の仕事が遅いんじゃな、仕方ないだろ? 周りのやつもやる気だけあるお前を煙たがっていたはずだ。」
「………っ!」
女はそのまま外へと駆け出して行った。追いかけてもいいが、少々面倒くさいので、基地の中で人間観察をした後に女を探しに行った。
「あの女何処に………」
「まあ! ディエゴさま! またお会いできるなんて!」
エリザベスとかいう女が車の中から手を振っていた。エンジンは切ってあるようだし、車の温度からも暫く車で待っていたのか。
「ああ、お前か。」
「何か探し物でしょうか? 是非私にもお手伝いを………」
「メリッサを探しているんだ、さっき基地から出たんだが。」
「そうでしたか、私は見ていませんし………」
あの位置にいてメリッサを見ていないのは無理がある。心を読もうとしたが、この女は俺を前にしながら平静を保っている。中々の胆力だが、俺を前にそれは悪あがきに過ぎない。
「乗せてくれないか? 疲れていてな。車で移動したいんだ。」
「本当ですか!? 勿論です! どうぞお乗り下さい!」
こうして車に乗った訳だが、この女は昨日の比ではない程に体を引っ付けてきた。
「メリッサが何処に行ったか心当たりはあるか?」
「私は何も………はあ、本当にお美しい。天使さま皆さん黒い羽根をお持ちなのですか? 白い御姿をイメージしていたので………」
「俺だけだ。」
「それは何故です?」
「偶々さ、というかあまり引っ付くな、白より黒の方が汚れが目立つんだ。」
「………………ディエゴさま、私はどうしても気になる事があるのです、私はメリッサさんとは上司と部下の関係ですが、メリッサさんは仕事も遅いですし、皆苦労しているんです。」
「そうか。」
「メリッサさんは男癖も悪くて、女性からも男性からも嫌われているんです。私は関係性上仕方なく付き合っていますが正直もう嫌になっちゃいます。そんな彼女と何故貴方は一緒にいるんですか?」
「………………顔。」
「た、確かにメリッサさんは美しい顔をしていますが性格は………」
「性格は俺も悪いしな。」
「それは………………ふう、正直に言いましょう。私、貴方さまに恋してしまったかもしれません!」
「そうか。」
「貴方さまのように美しく、男らしい方には会った事がありません。私の家は町でも有数の権力と財力がありますし………」
「金も権力も私の前では無意味だ。他に何か無いのか?」
「………私………結構大きいですよ? それに………しょ、処女ですし………」
「だからどうした。子孫を残すという人間のある種目的のようなものに必須である行為をしていないかどうかで価値が変わるのか? だから人間というのはよく分からん。」
「………私じゃ駄目でしょうか………私はこんなに貴方様の事を思っているというのに、こんなに愛しているというのに、メリッサさんなんかより私の方が………」
もう抱きついていると言っていい距離だが、外を眺めてメリッサを探していた。
「なあ。」
「はい?」
「俺の顔を見ろ。」
「えっえ…」
「美しいだろう?」
「そ、それは勿論……」
「…………」
「きゃ! い、いきなり………もしかしてここで!? そんな………」
「嫌か?」
「い、いえ………だいじょ…」
パチッ
「え?」
バァン!
「ふう。」
メリッサはどうやらトランクに押し込まれているようだ。車から降り、トランクを開けると………
「ん~~!」
「はは。」
「ん、ん~!」
「ははは。」
「ん~! ん~! ん、ん! ん~!」
「はははは。」
メリッサは紐で縛られ、口には何かテープのような物が張り付けられていた。このまま見て楽しんでも良かったが、エリザベスと運転手が起きる前に起こさなくてはな。
ビリッ!
「いっっっっったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「お礼は?」
「ある訳ないでしょ馬鹿!」
「助けてやったんだぞ?」
「貴方のせいでしょ!」
「そうかぁ?」
「うっ、まだ痛むかも。」
「何されたんだ?」
「いきなり後頭部を殴られて………」
「後頭部? 見せて見ろ………」
「どう?」
「やばい。」
「嘘つかないでよ、こんな時に。あんまり痛くは無いし………」
「脳震盪を起こしているな、今は大丈夫でもその内急に死ぬなんて事も珍しくない。」
「大丈夫だよね!? 死んじゃうの!?」
「俺が居て良かったな、これぐらいは治せる。」
そういうとディエゴは私の頭を鷲掴みにした。
「この体勢じゃなきゃ駄目なの?」
「ああ。表面の傷は治さない、証拠を消す事になるからな。」
「何と言うか、すっごい、恥ずかしい。」
「我慢しろ。」
「エリザベスは?」
「私が気絶させた。」
「私がトランクに居るってなんで分かったの?」
「あの女の心を読んだ。」
「だからあんな事したんだ。」
「そうだ。」
「……これからどうしよう、警察とかに行った方がいいのかな。」
「あの女は一線………いや、もう何個も法律違反しているし、遅すぎる位だったな。」
「………軍も辞めよう、というかやっていける気がしないし。」
「好きにすればいい。」
「はあ………無能だし私なんて居なければ………」
「………あのミランダとかいう女だが、始めに会った時、実はお前の事を心配していたんだ。」
「心配? ミランダさんが? そんな訳………」
「お前を見る前、あの女の心は不安で一杯で、お前の無事をずっと祈ってた。それでお前を見た瞬間、あの女の心には安堵の念で一杯になっていた。よかったってな。」
「そんな………いっつも厳しいし、叱られるし………」
「そいつなりの愛情表現なんだろう。」
「………………」
「泣いてんのか?」
「うるさい………」
「俺が嘘言ってたらどうする?」
「殺す。」
「はは、お前には俺は殺せんさ。まあ、本当の事だし、殺すことはない。」
「取り合えず警察に行かないと………」
「何処だ? 飛んでいこう。」
「エリザベス達はどうするの?」
「置いて行くさ。凶器もな、トランクの奥を見て見ろ、バールの他にナイフや、紐もある。証拠は十分なはずだ。」
「起きないの?」
「ちょっと待ってろ。」
「え、何を………」
バァン!
「これでよし。」
「………早く行きましょう、このままだと私達が捕まっちゃうわ。」
ディエゴに乗せてもらい、警察署まで来た。ディエゴは待ってるとか言ってどっか行っちゃったけど、警察に何があったのか詳細に話し、どうせ信じてもらえないからディエゴの事は伏せた。
「………それでバールのような物で殴られたと。」
「はい。」
「殴ってきた者の顔は見れなかったが、エリザベス・エヴァンスの車で意識が戻り、隙を見て逃げてきたと。」
「はい。」
「そうか………傷の事もある、ここで簡単な治療を受けて、その後に病院で詳しい検査をしようか、現場には私達だけで向かう。」
「分かりました。」
こうして署内で簡単な治療を受け、病院に連れていかれた。異常は無し。病院のベッドで横になりながら窓の外を眺めていると………
「よお。」
「何よ。」
「別に。邪魔か?」
「邪魔………って言いたい所だけど、暇だから話しに付き合って。」
「そうかじゃあ帰るわ。」
「………」
「冗談さ。」
「………今どうなってるか分かる?」
「現場に警官が行って、エリザベスと凶器を発見していた。」
「そう………エリザベスは捕まるのかな。」
「どうだろうな。」
「証拠が少ない?」
「いや、そこじゃなくてだな~」
バン! 勢いよくドアが開いた。
「な、なに!?」
「俺は隠れてるからな。」
「メリッサ・マクラーレン。君に逮捕状が出ている、ご同行願おう。」
「は?」
「貴様がエリザベスを暴行し金品を奪ったんだろ!」
「はぁぁ!? そんなわ、ちょ、離しなさいよ!」
何でこうなるのよ! 意味が分からない! 助けてディエゴ! お願いだからぁぁ!!!
「今日も空が綺麗だ。」
そのまま警察署に連れて来られて尋問が始まってしまった。
「本当にやってません!」
「嘘をつくな! ブレスレットやネックレスが盗まれていたんだ! 何処に隠した!」
「盗んでません!」
「何処に隠した!」
「本当に………やって………ない………のに………」
「嘘を………うぐぅ………」
「え? な、なに!?」
いきなり刑事さんが倒れてしまった。
「ど、どうしよう………」
ドゴォォォォオン!
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「大丈夫か?」
壁が突然爆発して、太陽光を背にディエゴが立っていた。
「………うっ………大丈夫に見える?」
「それなりには。行こう、あの女の破滅が見れるぜ。」
「ど、どういう事よ? こんな事したら絶対につかま………」
「この俺を捕まえられる奴なんか居ないし、法でも裁けん。」
「だからって………わ!」
ディエゴに担がれまたしても飛び立ってしまった。何度も同じ事をしているとはいえ、全然慣れない。
「あそこだ。」
「何処? ………………あれは………エリザベス?」
広場でエリザベスが多分エリザベスのお父さんと、記者と野次馬に囲まれ、何か話している。
「………では、気雑させられたのは自分の方で金品を奪われたと。」
「そうなんですぅぅ、ほんっっとうに怖かったですぅ。」
「娘のブレスレットもネックレスも無くなっている! メリッサとかいう女は娘を気絶させて金品を奪った上に、エリザベスに暴行されたなどと警察に申告した! 到底許される事ではない!」
「成程、メリッサは今何処に?」
「今現在警察に………」
「何………あれ………」
「見ての通りだろ。」
「そ、そんな………」
「まあ、見てろ。今日新聞の一面を飾るのは強盗事件なんかじゃあない。天使が降臨したと、この町、いや、この国全ての新聞にそう書かれる事になる。」
「な、何をするの!」
「お前をあの家の屋根に降ろす、そこで見ていろ。」
「ちょっとま………」
ディエゴは急降下すると、私を屋根に降ろし、再び、今まで見た事の無い程のスピードで天高く、太陽の中に消えてしまった。
「それでぇ、私はぁ、運転手さんの手当をしていてぇ。」
「お~~い、クソ女!」
「な!? 誰です今私の事をく、クソ女だとと………」
「上だ!」
「あ、あれは何だ!?」
「………人?」
「羽がついた………人?」
「何なんだあれは、エリザベス、何か知っているか?」
「ディエゴさま………お父様! あの人が私のはなした………」
「エリザベス! 貴様を今ここで殺す。」
「え?」
「な………」
「き、貴様! 何処のどいつだか知らんが私の娘に何という………」
「天使だ。」
「え?」
「天使だ。俺は。裁きを下しに来た。」
「裁き?」
「デタラメ言いやがって! 降りてこい!」
「降りる? ここから貴様らに雷を落とすのに何故降りねばならんのだ?」
「雷なんてそんな………」
バァァァァァァン!
雷が町を引き裂き、俺を中心に暗雲が町全体を覆うように立ち込めた。真昼だというのに太陽は完全に姿を消し、今が昼である事は完全に分からなくなるほど、暗く、寒く、重々しい雰囲気が町を飲み込んだ。誰もが空を見上げるがそこには太陽は無く、代わりにあるのは、青白い雷光。海面で獲物を狙っている魚のようにうねり、その時を待っている。
「馬鹿な………」
「裁きを。」
「止めて!」
メリッサが俺を制止した。
「何だ!」
「流石にやり過ぎよ! この町を巻き込む気なの!?」
「この女を殺すだけだ。」
「殺される程の事じゃないでしょ!」
「これは俺の為でもある。この女は改心不可能だ! 俺の国には不必要なのだ!」
「だからって………不必要な人間は全員殺すの!? そんなんじゃ平和な世界なんて!」
「心の醜さだ!」
「そんなの天使の貴方に………」
「分かるさ! ずっと見てきたんだ!」
「どういう事?」
「もういい、裁きだ、食らうがいい。」
「やめ…」
「ふん!」
雷はエリザベスからやや左に落ちた。
「い、生きてる?」
「次は無い。もし俺とメリッサ、特に俺に手を出すならこの町を滅ぼす。」
「な………」
「それではさらばだ。」
そう言い残すとディエゴはその場から去り、私の所に飛んでいた。
「………ありがとう。」
「ふん! 帰るぞ。」
「ねえ、私にだけ対応が違くない? 私が綺麗だから?」
「他の人間は醜くて見るに堪えん。」
「言い過ぎじゃない?」
「天使の性さ………」