第四話 天使みたいな悪魔? 悪魔みたいな天使?
羽から子供を開放すると、子供は真っ先に母親らしき人物の元へと走って行った。二人は抱きしめ合いながら泣いているが、この女もそれを見て泣いている。こいつはもう少しで被害を増やしかけたのを理解しているのか? 今思えばドラゴンに出会った時もそうだったが、こいつは勇気と無謀をはき違えているような気がする。ドラゴンの時はまだ勇気の範疇で済む事だったが今回はこいつも死ぬと分かっていたはずだ。
「…………良かった。」
「良かった? 俺が来なかったらどうしたんだ? わざわざ炭になりに行ったようにしか思えないが。」
「…………そうね、反省する。」
「反省ね、浅いな。そんな精神でよくここまで生きて来れたな。」
「自分でもそう思う。」
「ふん、お前は冷静とは何か学び、身に着けた方がいい。」
「あんたは何者なんだ!?」
「ん?」
野次馬の一人が恐らく俺に話し掛けてきた。
「何者? 見て分からないか? 天使だよ。」
「天使………そんな事が………」
「あれは羽? 燃えていないの? この火事で?」
「ちょっと目立ちすぎたかもね。」
「誰のせいだと思ってるんだ、俺はもう行くからな。」
「あ! ちょっと待って!」
「何だ?」
「あの、その、ありがとう。」
「当然だな。」
「ドラゴンの時もお礼言って無かったし。」
「俺としてはドラゴン討伐の報酬が欲しいんだがな、命を二回も救ってやったのに、俺の要求を拒むのか?」
「…………分かってる、基地までついて行けばいいんでしょう?」
「一旦はな。」
「一旦て何よ………はあ、取り合えずもうここを離れた方がいいかもね、本来なら消防隊が来てないし、私が事後処理と安全確保をするべきなんでしょうけど、貴方の事を聞かれてなんて答えればいいか分からないし。」
「歩きでいくならついてくる奴がいるかも知れんし、基地の直ぐ近くまで飛んでいくか。」
「そうした方が………」
「ディエゴ様~!」
「え?」
野次馬の方から聞き覚えのある声が聞こえた………いや、毎日聞いてるし、もう分かってるけど………恐る恐る声の聞こえた方を見ると、車に乗ったエリザベスが窓から満面の笑みで手を振っていた。やっぱり………
「ディエゴ様~! 基地までご案内します! どうぞお乗り下さい!」
「議員の娘だったな、随分いい車に乗ってるじゃないか、どうする? お前も来いよ?」
「…………刺されないよね?」
「車だし死体を運ぶのは簡単だな。」
「…………」
「行くぞ。」
ディエゴに引っ張られて車まで引きずられた。車の近くまで行くと、一瞬、エリザベスが睨んできたような気もする………
「ディエゴ様! 後部座席の方が広いですしぃ、お羽もあるのでそちらの方がいいでしょう?」
「そうだな。」
「貴方の隣に座ると羽が邪魔ね………」
「メリッサさんはこっち。」
「え、まあ、いいけど。」
私は助手席に座らされてしまった。ちょっと無理矢理な感じだし、運転手さんとは気まずいし、後部座席とはガラスで仕切られているし、後ろの事はよく分からなくなってしまった。
「ディエゴ様は本当に天使なんですか?」
「ああ、そうだ。色々あってこの町に来たんだが………」
「凄い! ああきっと貴方様が現れたのは私が献身的で自己犠牲的な心の持ち主で、毎日の祈りを欠かさなかったからでしょう!」
「かもな。」
「是非貴方様のお話を聞きたいですぅ! 駄目ですかぁ?」
「いや、別にいい。特に話す事も無いが、地上に監査に来たんだ。異常が無いか見て回ってるだけさ。」
「へぇ~~! そんな重要な役目を任されるなんて、とっっても! 優秀な方なんでしょう?」
「まあね。」
「基地に行ってその後は何か予定はありますかぁ? よろしければお食事でも………」
「考えておく。」
「本当ですか!? 嬉しいですぅぅ! この町最高級のレストランを予約しておきます!」
「まだ決まった訳じゃない。」
「そのお店は海鮮がとっても美味しくて、勿論お肉も国内の牧場から………」
「メリッサは何がいい? 聞こえてはいるんだろ?」
「え!? き、聞こえてるけど、わ、私は海鮮でもお肉でも野菜でも果物でも何でも………」
「…………………………メリッサさんとはどういうご関係なんですか?」
「偶然出会ってね、好意で案内をして貰っている。」
「そう……………なんですか………メリッサさんは今日仕事がありますし、私の父はこの町の議員なんです。最上級のおもてなしができますし、この町は勿論、この国全体に顔が利くので、監査にご協力できると思うのですが………」
「私一人でいい、大した事ではないんだ。メリッサには協力してくれたお礼がしたくてね、メリッサの行きたい店に行こう。それでいいよな? メリッサ。」
「え、えぇ、う、うん………」
何考えてるのこいつ!? お前があんな事言ったからこっちは警戒しているのに、そんな事言ったらもっと恨まれるじゃない! いきなり名前で呼んで来るし、この状況を打開するのは………取り合えずレストランにはついて行かずに何処かで落ち合うか、基地で待ってるか………
「………………メリッサさんに喜んでいただけるなら私は何処でもいいですよ。」
「え……………私はさっき言ってた店がいいかな………」
「そうですか、じゃあ、そこに行きましょう。」
行く事になってしまった………って言うか私もちゃんと断れば良かった………圧が凄いし………あ! 今私の感情は荒れてるし、ディエゴには私の心が読めてるって事よね? じゃあ、ここからでも伝える事はできる! ディエゴ! 読めてるんでしょ! 貴方がレストランに行くのを拒否して! そもそも貴方があんな事言わなければよかったのに! 今すぐ私の悪口とか言って、エリザベスを褒めるの!
「………空が綺麗だなぁ~」
くそぉ! 読めてるんでしょ! 私の悪口を言ってエリザベスを褒めればいい方向に………
「メリッサも空のような綺麗な目をしているな………」
「…………」
「…………」
ああ、きっとこいつは私殺す気なんだろう。でなきゃこんな事言う訳無いし、顔は見れないけど絶対、黄昏ながら言ってる。そしてエリザベスの瞳は暗く沈んでいる………と思う。
「車って遅いな、飛んでいけばもう金も受け取れてるはずなのに、顔が利くなら基地に連絡して、天使が行くからおもてなししろ、位は言えたんじゃないか? それなら軍の邪魔にはならないだろ?」
「…………そうですね、そこまで気が利きませんでした。」
「…………」
今まで死んだら天国に行くのかなとか思ってたけど、他の天使を見る度にこいつの事を思い出しそうだし、地獄の方がいいかもしれない。
「…………どうやら着いたようですね。」
「ここか。」
近くで見ると、無骨さと味気無さが増しているように感じる。塀の外から見る、塀の中の人間は機械のように、定期的に瞬きをし、同じ歩幅で歩いている。
「もう降りていいのか?」
「少し待っていてください、門が開きます。」
恐らく顔パスで中に入って行った。敷地内を車で進んでいると、最も大きいだろう建物の前に止まった。
「ここです。報酬を受け取れるか聞いてきますね、車でお待ちになりますか?」
「俺も行こう。」
「はあ、私は待ってるか………」
「来るんだ。」
ディエゴがわざわざ私の方のドアを開けてきた。
「いや、私は………………」
「いいからさ。」
またしても腕を掴まれ、引っ張られてしまった。
「案内してくれ。」
「…………うん。」
「…………」
中は外見同様、つまらない位何もない内装だったが、人間は忙しなく、同じ所を行ったり来たりしている。中央に受付があり、書類だとかが山積みになっている。
「あそこで申請を………」
「メリッサぁぁ? 貴方何処に行っていたの? 部隊から貴方が居なくなったと連絡が来ていたし、探しに行ったら馬しかいないし、連絡もよこさないで。」
「み、ミランダさん! すみません、色々ありまして………」
「そして、そこの! 羽なんてつけて、何かの仮装………貴方の顔………作り物?」
「天然も天然だ。」
「嘘でしょ? ………何者なの?」
「天使だ。」
「は?」
「えっとですね、ミランダさん、信じられないかもしれませんがこいつは天使で………」
「ミランダさん! 実はこの人天使なんです! 天使のディエゴ様です! 私がここまでお送りしたんですよ!」
「あら、エリザベス、今日は休みじゃ? それに天使って………」
「ディエゴ様をお送りする為に来たんです!」
「ディエゴ? 天使が何の用で?」
「信じられんのも無理はない、ドラゴンを倒したんだ、それでこの女を救ったんだが報酬が欲しくてね。」
「ドラゴンを? 一人で? そんな事って………」
「残念ながら証明できる者は何も無い、一撃で蒸発させてしまったからな。見ていたのもこの女だけだし。」
「メリッサ、本当なの?」
「私も信じられませんが本当です………」
「でも証明できる物がないなら………そのドラゴンが討伐されたのは、派遣した兵士の報告からも確認できたけど………一人って………」
「俺の力を証明すればいいんだろ? 何か無いか?」
「…………飛べるの?」
「勿論。」
建物の天井ギリギリまで飛び立ち、大げさに羽を広げて見せた。
「どうだ?」
「す………凄い………」
「飛んだ!」
周りの人間も仕事を止め、俺に魅入っている。
「他に何かしようか? 例えば………」
自分の周りに電気を纏わせた。辺りを覆いつくす青白い雷光と逆立つ髪と羽は、人々に伝わる神そのものだろう。
「や、やめて! もう十分分かったから!」
「ふん。」
地面に降りた。
「報酬は?」
「出すわ………まさか本当に天使がいるなんて………」
「これを気に自分の常識を疑うんだな。」
「凄いです! ディエゴ様! 感動しました!」
「おい、あまり引っ付くなよ。」
「わわわ、すみません、興奮しちゃって………」
「何よりも先に報酬をよこせ。」
「…………待ってて、大金だから時間が掛かるし、それまで待っていただけるかしら?」
「仕方ねぇな。」
「ディエゴ様! 基地内を案内しますよ、ついて来て下さい!」
「おい引っ張るな、それに俺はここに長居するつもりは無い。ここで待つ。」
「…………そうですか。」
「おいあんた、本当に天使なのか?」
笑みを浮かべながら馴れ馴れしい態度の男が話し掛けてきた。
「馴れ馴れしいな、人間風情が………」
「き、きついな結構。嫉妬の念も湧かない位のイケメンだが、エリザベスの彼氏か?」
「まあ、チャーリーさんったら、全然そんなんじゃないですよぉぉ。」
「じゃあメリッサか。」
「違います。」
「そうか、そりゃ良かった。勝ち目無いからな。」
「はあ。」
「俺は仕事があるからもう行かないといかんが、今度食事でもしよう。」
「行けたら行きます。」
「無理って事ね、まあいいけど。それじゃ。」
男は小走りでその場を去って行った。
「ふう、会う度にあれなのよ?」
「ただ飯食えるならいいだろ。」
「私は一人が好きなの。」
「そうだろうが、断ってばっかじゃ、逆恨みされるかもな。」
「冗談じゃ無いわよ、こっちは迷惑してんのよ!」
「ならそう言えばいい。」
「それこそ逆恨みされるかも………」
「ディエゴ様、私の両親は信心深くて、毎週どんなに忙しくても教会での祈りを欠かした事はありません。きっと貴方様の事を聞いたらお会いしたいと思うはずです。私の両親に会っては下さいませんか?」
「無理。」
「…………そうですか。」
「ディエゴさん、お金の用意ができました、封筒だけで申し訳ないですが。」
「構わん、メリッサ持ってろ。」
「え!? こ、こんな大金………手が震えて………」
「服の代金はそこから取れ。」
「ディエゴさんはこれからどうするんですか?」
「さぁな。」
「ディエゴ様はこれから私と一緒にお食事に行くんです!」
「そう………………メリッサ、ちょっといい?」
「な、なんですか?」
「いいから。ちょっと待っててください、直ぐ終わりますから。」
ミランダさんに言われて、ディエゴたちとは離れた所に来た。
「何ですか?」
「彼と最初に会ったのは貴方よね?」
「ええ。」
「何処で会ったの?」
「ドラゴンが出た所ですよ、住民の避難を進めていたら空から落ちてきて………」
「落ちて? 飛んでの間違いじゃなく?」
「あいつは自分を堕天使だと。」
「堕天使………真偽は分からないけど警戒していた方がよさそうね、全身真っ黒だし。この国に危害を及ぼすつもりかもしれない。」
「まあ、そうですね。」
「彼を見張りなさい。」
「え? い、嫌ですよ! 仕事だってあるし………」
「新たな仕事よ、彼の様子を探って報告して。」
「そんな、エリザベスにやらせれば………」
「彼女は信用できないわ。」
「ええぇ………」
「貴方がやるの、分かった?」
「…………はい。」
今日一日で私は今までの人生全部合わせったって敵わない位の濃い経験をした。何でこんな事になってしまったのか、聞きたくない事も聞かされるし、お金も払わされるし。今まで祈りとか宗教とかには縁が無かったけど、これを機に何処かに入信しようかしら、あの悪魔よりの天使に対抗する為に。