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Starlet――スターレット  作者: 白井かなこ
6/9

6 おばけきゅうり


 二階へリンさんがいったすきに、俺は店のソファーに座った。

 寺崎さんは、俺に時間を超える力があると推測した。

 市役所からでて目を閉じたとき、母さんを思っていたら、風を感じた。緑の田んぼに囲まれた、赤い屋根の家が見えた。

 今思えば、あれはこの店だった。あのときすでに、俺はタイムスリップしそうになっていた、というのが寺崎さんの考えだ。


 崖から落下する恐怖を感じたときには、母さんに助けを求めた。

 その念に、自転車の加速と満月の力がプラスされてタイムスリップが可能になった。

 だからこそ、強く願った相手、母さんに縁のあるこの店のそばに〝落ちて〟きたのかもしれないと、寺崎さんは言う。場所まで特定できるのではないかと。


 とはいえ母さんに会いたいなら、自分で勝手に探しだせというのが、時の神の教えだろう。

 とにかく、ためしてみればいい。俺にほんとうに力があるのかを。


 目を閉じる。会いたい人の顔を念じよう。

 あいつの顔を思い浮かべる……還りたいと願う。二〇一四年の七月に。あいつの笑顔に、会いたいと強く念じる。

 ギターの音色が聴こえてきた。

 寂しげにつま弾いているのは、いつのまにか見なれていた、俺の友だちの姿だ。

 現実なのか、俺の妄想なのか、とにかく奴はひとりでギターを弾いている。教室のようだ。


 俺は会いにいくんだ……陽一に。


 ……と。

 全身を、妙なしびれが襲った。意識がまとまらなくなる。けれど負けずに、俺は手を伸ばした。陽一の机に。


 つかんだ! 

 あ、ちがう、机じゃない。小さなものを、この手に――うわっ!

 

 強い衝撃を感じ、吹き飛ばされた。

 

 痛っ! 


 壁に頭をぶつけた。……壁に? 

 俺は〝カフェ・スターレット〟にいた。

 今のが妄想ではなく、現実ならば。

 俺にはなにかしら力があると、信じていいんだ。寺崎さんの言うとおり、あらゆる可能性を消してはダメだ。俺は、俺を信じなければ、未来へ還ることはできない。

 それでも、充分な力ではなかった。やっぱり満月の力と加速が必要なんだろう。


 ふと、右手を見やった。なにかを握っている。

 消しゴムだ。紅いスイカの形をしている。

 いつか陽一と投げあった三角形は、角が取れて丸みを帯びていた。



 人と接することが苦手な俺にとって、接客業はたまらなくキツイ。それでも客は常連がほとんどで、リンさんの従兄弟という紹介をしてもらった俺を、あたたかく受け入れてくれる。

 オーダーをミスったり、おつりをまちがえそうになった俺を、責めるどころか「がんばって」と応援してくれるのが、正直、心からありがたかった。


 常に緊張していたせいもあって、八時の閉店のときにはもう、ぐったりだった。

 店を閉めてから、夕飯をリンさんとつくって食べた。


 次の日の朝も店の掃除からはじまり、十二時も過ぎると客が三組ほど訪れた。エビピラフやトーストセットのつくりかたを教わりながらの接客だった。

 馴染み客ばかりだった。おとといの香世ちゃんの救出劇を、やはり俺はねほりはほり訊かれ、そのたびに同じ話を丁寧にした。ランチの客といっても、実体は野次馬だった。

 午後二時も過ぎると客足は遠のき、代わりに香世ちゃんが現れた。店の暇な時間を、心得ているらしい。


「今日は、ほんとはね、プールの日だったの」


 俺のエプロンを、くいくい引っ張って言う。腰に巻いた、黒いサロンエプロンを。

「いかなかったんだね?」

 猫なで声にならないよう、気をつけて発音した。

「おととい溺れたばかりだから、怖くていけなかった。お父さんも、好きにしていいよって」

 口をへの字に曲げている。

「それもそうだよな。無理しないでいいよ、香世ちゃん」

 背の低い香世ちゃんの頭を、がしがしとなでた。細くてやわらかい髪だった。

「ちゃんづけはやめてよ。あたし、もう六年生なんだから」

 たった今、泣きだしそうだったくせに、生意気な口をきく。

「じゃあ、香世。夏休みの宿題、あるだろ? みてやろうか」

「ホント? ……でも、今日はいいの」

「ダメだよ。早く終わらせないと。来週いっぱいで、夏休みも終わりだろ?」

「だいじょーぶ。どうせノストラダムスの大予言が当たって、みんな死んじゃうんだから。勉強なんて、やんなくてもいいの」

「当たらないって、そんなの。絶対はずれる」

「なんで、絶対なの?」

「だって俺……未来からきたから。なんでも知ってるんだ」

 からかうつもりで言ってみた。香世は俺の顔をじっと見つめた。

「賢にい、また子ども扱いしてる!」

 香世は口をとがらせると、カウンター席に座った。

「いいじゃない。夏休みの宿題なんて、やんなくても死にはしないわよ」

 奥の席で新聞を読んでいたリンさんがのんきに言うと、椅子をぎぎぎと鳴らして立ちあがった。

「香世、宿題やらないなら、課外授業にしよっか?」

「うん! そのつもりだったのー!」

「じゃ、日焼け止め塗ってあげる。お年ごろなんだから。おいで」

 厨房の片隅から、リンさんは日焼け止めを持ちだした。

「リンねえ、塗って。首の後ろもちゃんとね」

「はいはい」

 こまっしゃくれたガキだ。香世はリンさんに、ノースリーブのワンピースからでた腕や首すじに、白い乳液状のものを塗られている。

「この日焼け止めの匂いって、なんだかオトナになった気分」

 香世が上目遣いで言う。

「自分で塗れば、もっと大人だよ」

 そう言ってやった俺に、香世はイーッと鼻に皺を寄せてみせた。

 リンさんはどこからか麦藁帽子を三つ持ってきた。小さいのを香世に、ひとつを俺に、残ったのを自分でかぶった。


「なにがはじまるんですか?」

「だから、課外授業だってば」

 香世がはつらつとした笑顔でこたえ、表へかけだした。

「あ、香世! わたしも塗ってからいく」

 リンさんは大声で呼びかけると、日焼け止めを黒いTシャツからでた腕に塗りはじめた。それから「首の後ろ、塗って」と、後ろを向いた。

 肩先まで伸びた髪を後ろでひとつにしばっているから、白いうなじがむきだしだ。俺はわたされた日焼け止めの乳液を手にたらし、おそるおそるリンさんのうなじに塗った。

 リンさんのなめらかな肌に、日焼け止めがすべっていく。俺の手とリンさんの肌の間で、乳液状のものが、ぬるぬるしている。心臓がばくばくする。なんていうか、ちょっと悪いことをしている感じ。こういうのって、海辺で恋人どうしがやるものだと思っていた。

「ありがと。あなたも、塗ってあげる?」

「へっ、いえあの俺、いいです」

「じゃ、ついてきなさいよ」

 促すリンコさんと一緒に、俺も外へでる。もちろん、エプロンをはずして。

「あの、店はいいんですか?」

 リンさんがドアに、鍵とプレートをかけた。

   

  裏の畑にいます

 

 小さな板に、手書きの油絵の具で書かれてある。文字のまわりは、蔦のような文様がデザインされている。

「どうせ今の時間は、めったにお客こないんだけどね。さ、いこう」

 外では真夏の暑さが待っていた。緑の田んぼに囲まれて、一角だけ畑が見える。

「あ……」

 リンさんが目を閉じて立ち止まった。

「大丈夫ですか?」

「……うん、ちょっと眩暈……最近多くてね。貧血かも……さ、いこう」

リンさんはため息をつくと、店の裏に広がる畑に俺をつれていった。

「この喫茶店のオーナーがね、好きに使っていいって。ナスにきゅうり、トマト、とうもろこし。いろいろつくってるのよ」

「リンさんが?」

「そうよ。あ、でもほとんどオーナーが世話してくれてるかな」

 ふふふと笑ったリンさんが、軍手をはめた。

 こんな炎天下で畑仕事なんて、熱中症になるぞ。心の中で毒づいたけれど、居候の身としては、反抗は控えるべきだろう。 


「きゅうりがおばけになってるう」


 きゅうりのエリアのほうで、はしゃいだ声が聞こえた。緑の畑の中、香世の白いワンピースのすそが揺れている。

「賢にい、ほらっ!」

 俺へと、もぎったきゅうりが投げられる。すかさずキャッチした。うわ、トゲが痛ってえ。大きくて太くて、うねうねと曲がっている。バナナなんかより、ずっと太い。こんなきゅうり、スーパーで見たことない。もはや瓜だ。

「食べるんですか、これ」

「わたしはけっこう好き。種が大きくて、おいしいの。香世、きゅうりはまかせるね」

「オッケー」

 大きなビニール袋に、軍手をはめた香世はきゅうりをもぎって入れていく。

「賢介くんは、ナス担当。へたにトゲがあるから、これをはめて」

「あ、どうも」

 きゅうりを袋にしまった。薄汚れた軍手に手を通す。紫の花をつけたナスは、その枝先につややかな黒光りする実を、いくつも実らせていた。俺はナスの実を片手で持って、引っ張った。なのに、いくら引っ張っても、幹ごとしなだれるだけで、ナスはもぎ取れない。

「ダメダメ、そんなんじゃ」

 リンさんが見本を見せてくれる。

「こうやって、てのひらと薬指と小指でナスを握るの。親指でヘタを手前から押さえて、人差し指と中指は、後ろからつるを持って、へし折るの」

 説明をしながらリンさんがもぎると、ナスは簡単に取れた。

「やってみて」

 一度目はうまくできなかったけれど、何度かやるうちにコツがつかめた。

「うん、じょうず」

 誉められて、思わずうれしくなる。これしきのことで。

「あ、賢にい、笑うとリンさんに似てるね」

「そう?」

 リンさんが、ふふふと笑う。自分ではわからないけれど、他人からすれば似ているんだろうか。

似ているって……?

 なに考えてるんだ、俺。リンさんは、リンさんだ。母さんはべつのところにいるに決まっている。

 どうやって捜しだそうか。もしかすると、辞めたばかりのバイトだろうか。そうだ、きっとそうにちがいない。

「賢介くん、ぼんやりしないで。手が止まってるよ」

 いんげんの緑のカーテン越しに、リンさんに声をかけられた。

「すみません」

 俺は額の汗を手首でぬぐった。暑い。畑仕事は早朝か夕方にすべきだ、なんて思いながら、俺は核心に触れようと、腹をすえた。

「あの……辞めちゃったバイトの人って、女の人ですか?」

「そうよ。学生のころからいてね、卒業しても働いてたんだけど」

「名前は? もしかして……ノリコさんていいますか?」

「うそ、知ってる人? うん、ノリコちゃん。私とおんなじ年なの」

「いや……いえ、いいんです」

 ノリコちゃん――母さんだ、きっとそうにちがいない。

 それでも、確信に迫ることが怖い。きちんと確認することはできない。もし母さんに会うことができても、俺は平常心を保てる自信はない。死ぬ時期がわかっている人間を前に、どうふるまえばいいんだろう。

 会わないほうがいい。いくら母さんの生きている時代にいるからって、会うべきではない。そう、会ってはいけないんだ。

 立ちあがって、伸びをした。空は青くて、太陽は紫外線をばらまいている。暑くて、肌がじりじりとする。湿気を帯びた夏の風が、額の汗を触っては逃げてゆく。 

 風は、緑に茂る畑の上を吹きぬける。

 そのゆき先は必ず、未来だ。過去ではなくて。

 


 野菜の入ったビニール袋が、ずっしりと重たい。採りたての野菜を、駐車場の水道で洗った。

 香世は早速、プチトマトにかぶりついていたかと思えば、店の中に入っていった。

 俺はなにげなく、目にとまった風見鶏を見つめていた。


「いいでしょ? 彼からのプレゼントなの」


 自慢げに、リンさんが言う。彼――そういう人がいるんだ。なんだ、いるのか。

 すこしばかりショックを受けた自分自身に驚いてしまう。でも、なんでだ。なんでショックなんだ。

 俺は額の汗を、腕でぬぐった。

「うちにも同じのがありますよ。父さんのお気に入りみたいで」

「ロマンチックなお父さんね。なのに、家出? 風見鶏の好きな人に、悪い人はいないと思うけどな」

「俺よりも、ずっと子どもなんですよ。だから、あえての家出」

「そう。一度会ってみたいな、賢介くんのお父さん」

「ああ、俺もなんか、会いたいっす」

「変な家出少年」

 くすりと笑ったリンさんに、俺は言ってみたくなる。

「リンさん、彼氏いるんですね」

「うん。やさしくて、もの知りで、わたしをすっごく愛してくれる人」

「仲、いいんですね」

「まあね。夏がはじまる前に、ロンドンにいっちゃったの、仕事でね。遠距離恋愛ってやつ」

「ロンドン! 遠いですね」

 彼氏がいてあたりまえなくらい、大人なのだ、リンさんは。

なぜだろう。そこはかとなく、しょげる自分がいる。……いいじゃないか、彼氏のひとりくらい、いたって。



 店に戻ってから、香世の宿題をみてやることになった。香世の苦手な科目は、算数とのこと。算数はあとまわしで、代わりに開いた漢字ドリルは熱心だった。

「できたー! 今日のぶんはこれでおしまいね」

「ダメ。計算ドリルが残ってるよ」

「いいもん。あとでまとめてやるから。今日はいいの」

「あとで苦労するなら、今のうちに苦労したほうが楽だぞ」

「いいの。だいじょーぶ」


 陽が落ちる前に、香世は畑で採れたミニトマトとナスときゅうりを持って、帰っていった。

 入れちがいで一組の客がやってきた。酒を飲みながら、やっぱりおとといの救出劇を聞きたがった。  

 俺はまた、同じ話を繰り返すしかなかった。当事者の香世が帰ったあとで、ほんとうによかったと思う。

 

 客のひとりが、持ってきたアコースティックギターを鳴らしはじめた。

「リンちゃん、弾こうよ」

 弾こうっていったいなにを、と見ていると、リンさんは店の片隅に置いている一丁立の三味線桐立箱から津軽三味線を取りだし、手に取った。

 リンさんが津軽三味線を弾けるなんて、すごくうれしい自分がいる。

「リンさん! 昨日聴かせてくれた、あの歌、できますか?」

 俺は迷わず訊いた。

「ああ、〝ボイジャー〟ね。もちろんよ」

 ギターの人も心得ているようで、前奏のフレーズをくり返しつま弾く。

リンさんが椅子に座り、構えて調弦をする。つづいて曲に入った。


 ディンダッディンダッ トゥインテッテンダッ

 ヴェヴェーン ヴェッンヴェンヴェンヴェン ヴェヴェヴェッン…………。  


 これがリンさんの津軽三味線……軽やかで細かいフレーズから、次第に厚い音を紡ぎだす。一の糸、二の糸、三の糸、三本の糸が響きあう。左手で鮮やかに糸をはじき、そうしてかき回し、右手の撥で糸を掬いあげる。

 歌いながら演奏するリンさんに、俺は見とれた。

 三味線に向きあう、その楽しそうなまなざしに、思わず釘づけになってしまう。ばあちゃん以外の人が津軽三味線を弾くのを、俺は間近で見たことがなかった。


  ひとり ただあの向こうへ 震える胸に 光燃やせ

  ひとり 空を駆けてゆけ 孤独から世界へ 手を伸ばせ


 お客さんみんなが歌を知っているから、けっこうなヒット曲らしい。

 サビではそれぞれが拍手でリズムをとって、みんながみんが、この時を楽しんでいるのがわかる。


  どこかで逢ったような たったひとりの人で

  そんなfragrance  あんなdream

  心はさすらうんだ 時空(とき)の迷い子みたい

  名も知らぬ花 今ほころんで


 頭からつま先まで、すっと心が研ぎ澄まされる。浮遊感と疾走感を孕んでいながら、甘くもあって、せつない。

 ギターが奏でる音とリンさんの津軽三味線は、みごとに融合している。それぞれが独立しつつも互いを受け入れ、音に艶がでている。相手の呼吸に合わせた、けれど決して自分を殺してはいない、生き生きとした演奏。これがセッションなんだ。


  今宵 月を見あげ祈るのは

  あなたのことです


 撥が激しく叩かれた。リンさんの即興だ。身体がぞくぞくする。すげえ。津軽三味線が鳴いている。


  ひとり あの空の彼方

  海の向こう ゆけvoyager

  誰か つかまえてmessage

  海原で宇宙(そら)で 出逢えたなら


 いつまでもリンさんの奏でる音に酔いしれていたかった。けれど津軽三味線は、そしてギターも、心地よくゆるやかに終わってしまった。俺は自然と拍手を贈っていた。

「賢介くんも、楽器、できる? ギターとか?」

 額にうっすらかいた汗をぬぐいながらの、リンさんに訊かれる。

「あ、はい、津軽三味線なら」

「うわ、うれしい! やってみて」

 リンさんに津軽三味線をわたされる。

「今の曲、教えてあげる」

 そうしてリンさんの手ほどきがはじまった。太棹で左手をスライドさせてはかき回し、細やかなフレーズでは右手で絃を掬いあげる。


 未来へ還れたら、この曲を陽一とセッションしたい。

 あいつはなんて言うだろうか。すげえ、生まれる前にこんな曲があったのかよ、そんなふうに言うかもしれない。

 


 お客さんはその後、たてつづけにやってきた。 

 閉店の八時を過ぎ、客はそれぞれの家へ、あるいはほかの居酒屋へと去っていった。

 俺が店の食器の洗い物をする隣で、リンさんが夕飯をつくってくれた。にんにくとオイスターソースの匂いが、店内に充満する。

 できあがった料理を、店のテーブルに置いた。

「料理、好きなんですか?」

「うん。好き。なにかをつくるのって、わくわくするじゃない? さ、食べましょ」

「はい。いただきます」

 ナスとピーマンと牛肉のオイスターソース炒め。そんなメニューからがっついた。うまい。にんにくと隠し味の豆板醤が、食欲をそそる。

 リンさんは俺をまじまじと見つめたあと、笑顔を浮かべた。


「いただきますと、ごちそうさまをちゃんと言える人って、いいよね」


「えっ?」

「料理をつくる側に愛情はたいせつで、食べる側には感謝が必要だと思う。いろんな意味での、感謝」

「それが、いただきますと、ごちそうさま?」

「うん。ちゃんとそう言える人って、わたし好き」

 はにかんだ笑顔が、胸をやわらかく包んだ。陽一も同じようなことを言っていた。

 俺の父さんも、ちゃんと言うって。

 どうして俺はそのことに気づかなかったんだろう。父さんは、俺をまるごと拒絶しているわけじゃなかったんだ。料理をつくる俺に、感謝を――。

「賢介くんて、喫茶店のバイトはじめてなのに、手際がいいよね。家で料理するの?」

「……します」

 家でやっていてよかった、つくづく思った。


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