序
「あとはこの部屋だけだ。ぱぱっと済ませるぞ」
ガスマスクをつけた二人の男が片手に黒いゴミ袋を持ち、もう片手にいろんな洗剤が入ってるバケツを持っている。
年が取ってる方の男ーーカラスは、赤い格子柄のシャツとジーンズを着て、黒いキャップで彼の暗い目つきを隠している。
もう一人の男ーーネズミはまだ若く、灰色のパーカーと黒いズボンを着て、髪を汚さないようにフードを被った。
二人の服には赤い汚れがついており、それは先程、「粗大ごみ」を処理した時についた汚れ。
「今回量が多いな。ていうかあの教団はなんだ?信徒が家族三人巻き込んで自殺するなんて」
ネズミがそう言いつつ次の部屋のドアを開いた。
あれは書類や本が散乱に散っている書斎。散らされてる紙の中で、一人の少女の死体が倒れている。
「かわいそうに…」
ネズミが死体の前にしゃがんで、胸の前に十字を描いた。そして、処理に手をかけた。
「同情するな、キリがないぞ。もう二年もクリーナーやってるんだ、それぐらい分かるだろう」
カラスはゴムの手袋を着けなおし、食品用のラップを使って死体を包み始めた。
「かわいそうに感じるのは分かるが、感情を持ってできる仕事じゃない。感情を過度に抱え込んで、心を壊したやつ俺は何人も見てきた」
「分かってるよ、何回も聞かされてるんだから。あっ、昔話はやめてよ、先生の話めっちゃ長いから」
「…ならば手を動かせ、今日の献立は大好物の唐揚げだ。絶対残業しないからな」
「はいはい」
二人が雑談しつつ処理したら、少女の死体はラップに包まれゴミ袋に入れられた。
「これで残りは現場の処理だな…ん?これはなんだ?」
少女の死体を処理したら、ネズミはあるものに気づいた。
死体の下に隠された、一冊の絵日記。
その絵日記は血だまりの中に置かれていたのにもかかわらず、まるで新品かのようなきれいな状態を保たれてる。
なんの変哲もない、ただの絵日記だが、彼は魅入られたかのように、それを手に取り、開こうとする。
「おい、何ボーっとしてんだ」
カラスに肩を叩かれ、ネズミは正気を取り戻した。
「え?あっ、はい。すぐ片付ける」
急いで絵日記を懐に隠し、部屋中にガソリンをかけ始めた。
手に持つポリタンクが空になると、家はガソリンの匂いに充満された。
少しだけの火種さえあれば、家をすぐ燃え盛るだろう。
そんな家を出ると、カラスはすぐ外でタバコを吸っていた。少しでも風が吹いてたら、ガソリンは着火される。そしたら、家にはもう一人の死体が増えるだろう。
「終わったか」
なのに彼は罪悪感のかけらも言葉に乗せず、どんな感情もなく淡々とそう言っただけ。
「...相変わらず危ないことするんだね。燃えたらどうする」
「この一服がどうしてもやめられないんだ。それにこれから燃やす家だ。少し早めに燃やしても問題はないだろう」
「...問題大有りだよ」
ネズミがそう呟く。
「では、燃やそうか」
最終確認を済ましたら、カラスは最後の一口を吸った。そして、タバコの吸い殻を玄関に弾き飛ば。
燃え盛る家。それが、仕事が終わった合図。