6 病の原因はヴァンパイアだった
僕は桜子と別れてマンションに帰りファデスが起きる夜まで仮眠を取った。
ヴァンパイアは基本的に人間ほど睡眠時間は必要ない。
だいたい2、3時間取ればいいけれど昼間は活動できないからファデスのように昼間は寝ていることが多いってだけ。
僕が目を覚ますとファデスが起きてリビングでコーヒーを飲んでいた。
「よお、サイファ。起きたか?準備したら街へ出かけるぞ」
ファデスは陽気に話しかけてくる。
「うん。分かった。でもその前にファデスに聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?何だ?」
「うん、実は……」
僕は昼間「桜子」という人間に出会ったことと桜子が言っていたヴァンパイアに襲われてから体調不良になり「余命一年」と言われていることを話した。
ファデスは僕の話を黙って最後まで聞いていた。
「と言う訳なんだ。ファデスは何か桜子の病気に心当たりある?」
「その桜子ちゃんは『なりそこない』ってやつだな」
「なりそこない?」
ファデスはつまみのピーナッツを食べながら説明する。
「桜子ちゃんを襲ったヴァンパイアはおそらく桜子ちゃんをただ襲ったんじゃなくて桜子ちゃんをヴァンパイアにする気だったんだ」
「ヴァンパイアに?」
僕は驚いた。
「人間をヴァンパイアにする方法は前に話したろ?」
「うん。その人間の血を吸った後にヴァンパイアの血を体内に入れるんでしょ?」
「そうだ。桜子ちゃんはそのヴァンパイアに血を吸われて人間の体としては一回「死」を迎えたはずなんだ。そしてヴァンパイアとして復活するためにヴァンパイアの血を入れたはずだ」
「じゃあ、桜子はヴァンパイア?」
「いいや、おそらくそのヴァンパイアの血を入れている最中に桜子ちゃんの姉であるヴァンパイアハンターがそのヴァンパイアを殺してしまったんだろう」
「え?じゃあ、桜子はどうなったの?」
ファデスはもう一つピーナッツを口に入れる。
「つまり、桜子ちゃんはヴァンパイアとして復活するには体内に入れたヴァンパイアの血が少なすぎてヴァンパイアに「なりそこなった」者ってことだ」
桜子がヴァンパイアになりそこなった?
「なりそこないになると桜子のような状態になるの?」
「そうだ。人間としての体は一度死んでいる状態で今も生きているのは僅かに入ったヴァンパイアの血の力によるものだ。「なりそこない」はだいたい2、3年で死ぬと言われてる」
「助ける方法はないの?」
僕はファデスに真剣な顔で聞いた。
もし助けることができるなら助けたい。
桜子の「死」をただ待つだけなんて。
「方法は桜子ちゃんをヴァンパイアにするしかない。もう一度桜子ちゃんにヴァンパイアの血を入れればいい」
「じゃあ、桜子がもし生きたいって思ったら桜子をヴァンパイアにするしかないの?」
「ああ。俺が知っている限りはその方法しかないな。人間としては一度死んでしまっているからな」
「そんな……」
僕は途方に暮れた。
桜子を死なせたくない。そのためにはヴァンパイアにするしかない。
でも彼女はそれを希望するだろうか。
「なあ、サイファ」
「なに?」
「お前が人間の女の話をするなんて初めてだがその桜子ちゃんに惚れたのか?」
ファデスの言葉に僕は顔が赤くなる。
「それは分からないけど。僕は桜子と一緒にいたいんだ」
「そうか。ようやくサイファも恋をしたか。恋をした相手が人間なんてお前らしいな」
恋?この感情は恋と言うのか。
僕は今まで恋をしたことはなかった。
でもファデス以外で一緒にいたいと思ったのは桜子が初めてだ。
「この感情が「恋しい」ってこと?」
「ああ。そうだよ。相手のことを常に想って相手と一緒にいたくなる。そんな感情だ」
そうなのか。
「だがよりによって「なりそこない」に恋をするとはな。まだ時間はあるがお前は桜子ちゃんと一緒にいたいならいずれ選択しなければならないぞ」
「桜子をヴァンパイアにするかどうかってこと?」
「そうだ。桜子ちゃんをヴァンパイアにしなければ一年後に桜子ちゃんは死んでしまうからな」
桜子が死ぬ。
でも桜子がヴァンパイアとして生きる道を望むか分からない。
僕はなるべくなら桜子の望む人生を彼女に与えたい。
「まだ決められないよ。僕は桜子の望む人生を叶えてあげたいんだ」
「そうか。もし彼女をヴァンパイアにすることを選択するなら俺の血を入れてやるから」
「……うん、分かった」
僕はそう言ったがこの時はまだ決断する勇気は僕にはなかった。
「じゃあ、街に行こうぜ」
「うん。準備をするね」
僕とファデスは夜の街に出かけた。