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5 僕は桜子に恋をした

 僕はその女性から目が離せなかった。

 自分の中に今まで感じたことのない鼓動の高鳴りを感じる。


「あの?えっと……日本語が分かりませんか?」


 彼女は戸惑った様子で僕に話かけた。

 僕はハッと我に返る。


「いえ。日本語は分かります。どうぞ」


 僕はベンチの端に寄る。


 外見が銀髪に青い瞳だから彼女から見れば僕は外国人に見えたのだろう。

 ファデスが言っていたが日本人は黒い髪に黒い瞳の人種らしいから。


「ありがとうございます」


 彼女は微笑むと僕の隣りに座る。

 僕は緊張で口の渇きを覚えた。


 なんだ?僕の体はどうかしたのか?

 ヴァンパイアの血を飲まないでいる時に感じる飢餓感とも違う。


「あ、あの。僕はサイファ・アントンと言います。良かったらあなたのお名前を教えてもらっていいですか?」


 気付いたらそう口に出していた。


 彼女はニコリと笑う。

 まるで花が咲くように。


「私は鏑木かぶらぎ桜子さくらこと言うの。桜子と呼んでください。サイファさん」


 さくらこ……この桜と同じ名前。


「綺麗なお名前ですね。この満開の桜と一緒なんて」

「ありがとうございます。自分でも気に入ってるんです」


 彼女はそう言いながら満開の桜をベンチから見上げる。


「でも……私がこの桜を見るのも今年で最後かな……」

「え?」


 呟くように桜子が言った言葉を僕は聞いた。


 ヴァンパイアの聴覚は人間の何倍もいい。

 桜子は間違いなく「この桜を見るのも今年で最後」と言った。


 どういう意味だろう?

 もしかして日本からどこか外国に行くのかな?


「あの。どこか日本以外のところに行くんですか?」


 僕の問いかけに桜子は少し寂しげに答える。


「そう。だいぶ遠くね……」

「遠く?もう日本には帰って来ないんですか?」


 桜子は一瞬僕の顔を見てそしてにこやかな笑顔で言ったんだ。


「私ね。医者から余命一年って言われてるの。ほら、あそこに病院があるでしょ?あそこが私が今住んでるところ」


 桜子の指差す方向に白い大きな建物があるのを確認できる。


 余命一年。桜子は病院に住んでる。


 僕はなぜか激しく動揺した。


 桜子は確かに華奢な体をしているがとても余命一年の病気とは思えない。


 何かの間違いなんじゃないか?


「あの。桜子さん。どんな病気か聞いてもいいですか?」

「私が余命一年なんて見えないでしょ?」

「え、ええ」


 彼女は相変わらず笑みを浮かべている。

 その時一陣の風が吹き桜の花びらがハラハラと舞い落ちる。


「私ね。一年前にヴァンパイアに襲われたの」

「え?」


 僕はドキッとした。

 桜子がヴァンパイアに襲われた?


「その時の記憶は曖昧なんだけどその時はギリギリのところでヴァンパイアハンターをやっているお姉ちゃんとその仲間の人が助けてくれたの」

「……そうなんだ」


「うん。でもそれから体調に異変があって病院にも診てもらったんだけど原因が分からないの」

「原因不明?」


「そうなの。でも経過観察していくうちに少しずつ内臓の機能が低下していってることが分かって……一ヶ月前に医者から「余命一年」って宣告されたわ」

「そんな……」


 僕は自分の命が「余命一年」と言われても微笑んでいる桜子が不思議だった。


 自分がファミリーキルだから僕はあまり寿命のことを考えたことはない。


 もちろんファミリーキルは不死ではないがヴァンパイアの寿命は長いし半分人間の血が混ざっているとはいえ初代のファミリーキルであるジョセフがまだ生きていることを考えれば寿命が短いとは思えない。


 ファデスが言っていたが人間の中には死にたくないと思う気持ちから自らヴァンパイアになることを希望する者もいると聞いた。

 それだけ人間にとって「死」は恐ろしいはずなのになぜ桜子は笑っているのだろう。


「桜子さんはなんで笑ってるの?死ぬことが怖くないの?」


 僕は自分の疑問を桜子に聞いてみる。


「私だって医者の宣告を聞いて泣いたわ。でもね、思ったの。私が泣いてばかりいたら家族がもっと辛い思いをするんじゃないかって」


「家族?」


「うん。私は両親が早くに亡くなって姉と一緒に今の養父母に引き取られたの。姉はヴァンパイアハンターの能力があってヴァンパイアを倒していたわ」


 そうか。桜子のお姉さんはヴァンパイアハンターか。


「姉はね。私がヴァンパイアに襲われてから体調不良になったから今も私の病気の原因はヴァンパイアに襲われたことが関係してるんじゃないかって疑ってるの」


 ヴァンパイアに襲われたことが原因ならファデスなら何か知ってるかもしれないな。


「私がもし姉の立場だったらって考えたの」

「お姉さんの立場?」


「うん。自分にはヴァンパイアに対抗する能力があるのに自分が駆け付けるのが遅くて妹が原因不明の病で死ぬことになったらすごく悔しいだろうなって」

「……そうかもしれないね」


「そう、だから私は精一杯人生を楽しんで生きたってお姉ちゃんに伝えたいの。だから残りの一年はやれることはいろいろやって過ごそうと思って。お姉ちゃんには笑顔の私を記憶していてほしいから」


 僕は胸がいっぱいになった。

 彼女は自分の死よりも自分がいなくなった後の家族の悲しみを少しでも軽くしたいと思っているんだ。


「ねえ、桜子さん。僕に桜子さんの残りの人生を楽しく生きられるようにお手伝いをさせてくれませんか?」

「え?サイファさんが?」


「うん。桜子さんが行きたい場所があるなら連れて行くしやりたいことがあるならその手伝いをしたいんだ」

「でも……迷惑じゃない?」


「ううん。僕は桜子さんと一緒にいたいんだ。今日会ったばかりでお互いもよく知らない人間にこんなこと言われるのは困るとは思うけど」

「困るなんて、そんな……。ありがとう、サイファさん。私もあなたと一緒にいたいと思うわ」


「僕のことはサイファって呼び捨てでいいよ」

「じゃあ、私のことも桜子って呼び捨てでいいわ」


「分かった。明日、またここで会える?」

「ええ。昼間は外出許可が取れるから大丈夫よ」


「じゃあ。約束だ」


 僕はニコリと笑った。


 本当は彼女があと一年でこの世を去ることを考えたら泣きたかったけど彼女に涙は見せられない。


 これが僕の初恋だった。

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