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9/13

日常回が始まりそうで始まらない

 週明けのスケジュール確認ミーティングでは、腰の具合がよくないことを正直に告げてできるだけ動きたくない、定時で帰りたい宣言をした。

「名護さん、週明けなのに全然リフレッシュできてない顔してますよ」

 と、協力的だった。日頃の行いだ。あるいは、よっぽど悲壮に満ちた顔をしていたのかもしれない。腰痛に効くストレッチも教えてもらえた。

 その日はどうにか乗り越えた。日頃の行いのお陰で無事に定時に仕事を終えることはできたのだ。『今週の名護さんの腰痛悪化防止のため、うちのチームは定時退社です』と言って回られたが。中年以降の者にはよく効いたらしく、いたわりの言葉をもらうハメになった。

 自宅の最寄り駅。降りた客の流れには乗らず、教えてもらったストレッチをしてから改札へ向かう。こういうときは自分のペースで動くことが大事なのだ。

「あっ、お客様。腰はもう大丈夫なんですか?」

 声をかけてきた駅員は、先日の腰痛時の駅員だ。

「お騒がせしました。まだ本調子ではないんですけど、どうにか働けるくらいには」

「腰は大事にしてくださいね。本当、大事ですから」

 身近にやらかした人がいるのかもしれない。会釈をして改札を抜ける。

 今日はどうにかやり過ごせた。しばらくはこの調子で

「千晃ーっ!」

 今日はまだ終わっていなかった。

 身構える。紅鬼はぶんぶん手を振っているが、今回は飛びついてこなかった。

「おかえりー。迎えにきた。なんでガードしてんだよ」

「誰のせいで腰やったと思ってんだ」

 カバンを盾にしつつ、緊張はまだ解いていない。

「腰のことは悪かったって思ってるよ。何もしないって」

 いつまでもそうしているわけにはいかず、少し警戒を解く。

「迎えにきたって、何かあったのか?」

「オレがそうしたかっただけ」

 千晃が歩き出すと、紅鬼もならんで足を動かす。

「飯食ってくか? この辺だとファミレスになる」

「晩ごはんの用意できてる。オレの味覚と人間の味覚はちがうものだから、千晃の舌に合ったらいいけど」

「紅鬼のそれは、そもそも味覚なのか?」

「厳密に言うと違う。食べたときの快・不快だから、それはおいしいまずいって言い換えたほうがわかりやすいだろ?」

「本を食べたときもそうなのか?」

「うん。味のバリエーションっていう感じで、食べられないっていうのはない」

「本を食べるのも娯楽か?」

「うん」

「そうか。本も探しておく」

「ふひひっ、ありがと」

 飛びついてこなかったが、腕に抱きつかれた。

「くっつくな手をつなごうとするな。なんでそんなに距離をつめてくるんだよ」

「千晃の存在っていう情報だけでおいしい。んー、どっちかというと、気持ちいい」

「理由はわかった。少しは許容するけど、外ではやめてくれ。紅鬼の方からくっついてきても、俺のほうが通報対象になる」

 悲しいかな、おっさんというものはそういう場面では信用が低いのだ。

「今日は何して過ごしてたんだ?」

「ちゃんと家事してた。オレは千晃の嫁で、専業主夫だからな」

「スキあらば籍に入ってこようとするな」

「本屋で料理の本見て、今日の晩ごはん作ったんだ」

「そうかそうか」

 新婚など、紅鬼が言っているだけで、千晃は何も思っていない。それっぽいと一瞬思ってしまったのも気のせいだ。気のせいなのである。

 千晃が目をやると、となりの紅鬼はにこーっと笑う。腹が立ちつつ、それを許してしまうくらいに顔がよかった。


 紅鬼が本屋で読んだ本に載っていたというポークソテーは問題なくおいしかった。

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