続・けっきょくなにもわからん週末
やるべき家事はほとんど片付いているが、まだ残しているものもある。
「千晃、料理もするんだな」
「実用的な趣味だろ。趣味ってほどでもないけど、まあ、苦ではない」
紅鬼に適当に買ってきてもらったもので、多少日持ちのするものを作る。人参をスライサーで千切りにしていく。
「料理はわかりやすく成果が出るからな。自分しか食べない料理は自己責任で食べれば、まずくても失敗じゃない。……いや、お前も食うのか。人に食わせるような物なんて作ってないのに」
「オレがおいしいって思うのは、味覚だけじゃなく、情報の複雑さとかだから、人間のおいしいとちがうんだよ」
「は? 情報ってのは、どうやったら増えるんだ?」
「手間と愛情」
「一番省いてる。はいはい、おいしくなーれ、おいしくなーれ」
口先だけの魔法をかけておく。味に深みが出るかは知ったことではない。あからさまに適当だというのに、紅鬼は『にひひ』と笑っている。
「省いてるって言っただろ」
「オレのこと意識してるってだけで、十分に入ってる」
「ずいぶんハードル低い愛情だな」
「好きの反対は嫌いじゃなくて無関心っていうだろ」
直接邪魔はしてこないが、ちょろちょろとして邪魔だった。
「ピーラーくらい使えるだろ。きゅうり三箇所くらいぴーっとむいて、キッチンバサミで一口大の乱切り」
きゅうりを一本、ピーラーで縞模様にして、はしをいくつかカットして見せる。
「できるか?」
「やる! なんで皮むくんだ?」
「味がしみこみやすいように」
「全部むかないのか?」
「歯ごたえがへなちょこになる」
「むいた皮はどうすんだ?」
「食っとけ」
ぴろーんと緑が紅鬼の口から垂れる。黙らせるにはちょうどよかった。
黙らせるために手伝わせるが、作るものはいつもと変わらない。食べるのは千晃だ。千晃が文句を言わなければ、まずくても失敗ではない。よっぽど味が濃すぎたり、薄すぎたりしなければ、だいたい食べられるものになる。いつも通り目分量──はせず、計量スプーンを使う。いつもなら気が済むまで入れる香辛料も、常識的な範囲でとどめておいた。
「俺以外が食べる物作るの、めんどくせえ……」
「立ってるだけで腰にくる!」
限界を感じたので、中断してソファに倒れ込む。
「キッチンの高さが合ってない。千晃、背が高いから」
「賃貸だからしかたないだろ。特注しないと、150から160くらいの身長にちょうどいいように作られてるんだよ、こういうのは」
キッチンに限らず、日本の建築物は身長が180センチを超えると途端使いにくくなる。
「千晃、おやつは?」
「……食わなくていいっていうわけに、そういう要求してくるか」
「千晃が作ってくれるもの、おいしい」
「バターと砂糖と卵と小麦粉があればなにか焼けるけど、うちに今バターはありませーん。……代わりにサラダ油とかオリーブオイルで作るクッキーがあったな」
横になったままスマートフォンで心当たりを検索すれば、レシピはすぐに出てきた。
「仕方ない。ひじき煮る横で作るか。あんまり期待するなよ」
とういうわけで、煮物の面倒を見ながらクッキーを作ったのだが。
「俺が作らなくても、コンビニで買えばよくなかったか!?」
「オレは千晃の手作りのほうがうれしいし、おいしい」
「高校生の初々しい彼氏みたいなこというな! コーヒーに砂糖とミルクは?」
「両方!」
「くっそ!」
紅鬼の顔面で許してしまう自覚があった。
かわいそうなものをかわいいと感じて庇護欲を覚えるのは本能的なものらしい。弱い個体が淘汰されないように。千晃が紅鬼に覚えてるのは、きっとそういう感覚だ。同時に畏怖も覚えているが。そうでも思わなければ、精神衛生的によくない。つまり、美少年は愛でたくなるのだから仕方がないことなのだ。たぶん枕草子あたりに書いてある。伝統なのである。
週末、家事は片付いたが、全く疲れがとれなかった。むしろ、マシマシになった気さえする。睡眠でどこまで取り戻せるか、来週の仕事に関わってくる。安眠を求めてベッドに入れば、もちろん紅鬼も入ってくる。諦めた。おっさんは諦めが早いのである。
「紅鬼は明日からどうするんだ?」
「明日?」
「俺は普通に仕事だ」
「んー、専業主夫」
「……妥当か。明日に合鍵渡すから、言ってくれ。たぶん忘れる。あと、籍に入ってこようとするな」
全部信じてしまえば楽なのだ。千晃は開き直ることにした。