⑦
もう一回、楓子様の充電っていうのが出来たら、さっきの絵を見させてもらおう。
私を殺した人族の絵、あれに触ったら、何が出てくるのか。
「よし、それじゃ、さっさと行こっか」
「あ、は、はい。ちょ、ちょとだけ、待ても、も、いっいい、ですか」
「いいけど、何するの?」
「あ、あああ、あの、ま、まりょ、魔力、暗転、って、魔法、を、はい」
洞窟に残していくフーちゃんとコッフちゃん、二匹の為に隠れ蓑を用意してあげないと。
魔力暗転は、対象の存在を認識レベルで阻害してくれる魔法だ。
今回はそれを住処としている洞窟の入口へとかける。
魔物への変化は見られないけど、魔力注入した以上、この子たちは魔物だからね。
この洞窟に戻ってきて、殺されちゃってたら可哀想だし。
高レベルの神聖魔法使いがいたら看破されちゃうけど、私レベルのはそういないし。
他の動植物や農民系の人族程度だったら、気付くことすら出来ないはず。
「……凄い、他の岩と同じみたいになっちゃった」
「こ、この、魔法、とくっい、でした、ので」
「そうなんだ?」
「ひ、ひとっりに、なるのに、便利、でした、ので、はい」
楓子様、なんで残念そうな顔をしているのだろう。
生きるために必須の魔法だと思うんだけど。
コッフちゃんとフーちゃんにはしばらくお留守番と、絶対に人族を連れてくるなって強めに指導しておいて。ぱんって広げた楓子様の持っていた地図とコンパスなる道具に、私は何度目か分からない驚きに襲われていた。
凄い細かい地図、見た瞬間に場所が把握できるし、移ろいやすい川の位置まで正確に描いてある。コンパスも、そういえば人族がこんなの持ってた様な気がするけど、そんなに数が多かった記憶はない。それにもっと大きかったはず、こんなに小さいのは初めてだ。
貴重な一品だと思うのに、楓子様はこんなのを持っているなんて。
もしかして、人族の中でもエリートの部類に入るのかな? そうは見えないけど。
「さってと、コンパスと地図で位置分かるかなー」
「……あ、これ、ここ、です」
「え、そんな直ぐに分かるの?」
「は、はい、川あって、山、ここら辺、昨日のドラゴッ、死体、ありまっ、です」
こわごわと地図を指差しながら、楓子様へと現在地を教えてあげた。
むしろ、なんでこれだけ精密な地図を持っていて、場所が分からなくなるのだろう。
東西南北の概念を理解しつつ、さらにこの地図があれば、どこだって歩けると思うけど。
「そっか……それじゃあこの先のバス停を目指そうか」
「ばすていって、なっです、か?」
「バスが到着する場所……って言っても分からないよね。あー、でも、バスに乗るんならお風呂とか洗濯とかしたかったかな。熊とか猪と一緒に寝ちゃってるし、私達って結構臭うよね」
獣臭はするけど、でも、それは私からしたらとても良い匂いなんだけどな。
お風呂……そういえば、人族はお水に入って体を清めたりするんだったっけ。
面倒なことばかりするんだな、人族って。
私の昔の姿、甲殻族の頃は、お風呂に入るっていう概念すらなかったけど。
「んー、残金的にどうなるか分からないけど、とりあえず行ってみよっか」
「あ、は、はい、頑張っます」
「ちなみになんだけど」
後ろ手にしながら覗き込むように、楓子様は私を見る。
な、なんだろ、期待されてる? ちょっと緊張。
「瞬間移動の魔法とか、あったりしないの?」
「しゅんか、移動、です、か? あるには、あり、ます」
「え、あるの!? じゃあ、それ使ってさっきの場所に行っちゃおうよ!」
すっごいキラキラした瞳で、嬉しそうにしている楓子様だけど。
それに対応すべく、私は負けないぐらい素早く土下座をした。
「ご、ごめっなさい! 今のっわた、私じゃ、ムッムリ、です!」
そもそも私の使える魔法は瞬間移動ではなく、転送魔法だ。
しかも転送魔法は浮遊や魔力暗転の様な、魔力を調整しながら使える魔法ではない。
使ったら最後、結果になるまで使用者の魔力を根こそぎ持っていくんだ。
今の私が使ったら、そこら辺の石ころ一個でも死んじゃう恐れがある。
「そっか、じゃあ諦めて歩くしかないね」
「お、お役に立てず、すっません」
「いいよ、元々歩いてきたんだし」
他にも、あれだけの人族が大量にいる場所に行くんだ。
ドラグル族復活の魔力も残さないといけないし、自分の身を守る魔力だって残したい。
すでに暗転と炎尾を使ってるから、もう余計な魔法は一切使えないんだ。
だから、歩かないといけないんだけど。
「す、すいまっせん、も、もう、歩けない、です」
「えー? まだ一時間も歩いてないよ?」
「だ、だって、わたひ、ほとッど、歩いてなかったから、足が」
「むー、アズちゃんに合わせてたら、夜になっても山から出られないよ」
そもそも転生してる弊害もあるんだと思う。
肉体と思考のズレもあったりして、微妙に歩きづらい。
もう魔法使ってこっそり浮いてようかなって思うぐらいに、きつい。
「あ、あの、ちょっ、休ッ憩」
「しょうがないなぁ、肩貸してあげるから、頑張って歩こ」
「ひ、ひぃぃぃ、い、痛、足の裏、痛い、です」
「頑張って、靴もちゃんと貸してあげてるし、歩ける歩ける」
「ひぃぃぃぃぃ……ふぇぇ」
「泣かないの、頑張って」
「ひっ、ひっ、ふぇぇぇぇ」
★
何かの動物みたいに大泣きしながら歩くこと四時間。
なんか黒くて硬い道に到着したかと思うと、楓子様は丸い置物の前で何かを調べ始める。
私はというと、足が痛くてもう立っていられなかったから、道に座り込んで体力回復中。
道路っていうみたいだけど、山道と比べて全然歩きやすいね、これ。
それに白い線が引かれてて、こすっても全然消えない。
「……多分、バス、すぐ来るかも」
「そ、です、か。良かっ、です」
人族が何十人も乗れる箱型の乗り物、それをバスと呼ぶらしい。
多分、原動力は使役された魔物なんだろうな、可哀想に。
「アズちゃん、バスに乗っても、慌てたりしちゃダメだからね?」
「は、はい、頑張っ、ます」
轍もないし、馬車とは違う乗り物なのかな?
でも、これだけ硬い道なら、そもそも轍も出来ないか。
不思議だな、道路って。
これ、私の城とかにも欲しかったかも。
「あ、バス来たよ、アズちゃん」
「は、はい……え、な、何ですか、これ」
「何って、ほら、早く乗ろう?」
ぷしゅうううううぅぅ……って、口を開けた謎の板。
やたら大きい車輪がついた、バスって乗り物。
え、これに、乗るの? 何が車輪を動かしてるの?
見た感じ生き物は見えないし、魔力も感じない。
獣臭はしないけど、その代わり鉄錆の嫌な臭いがプンプンする。
「誰がバスを動かしているかって、そんなの運転手さんに決まってるでしょ」
運転手さん、ということは人族が下にいて車輪を回してるってこと?
凄い、しかもこんな早く移動できるんだ。
私たちが座ってるこの下で、必死に車輪回転させてるのかな。
それに比べて私はこんな良い椅子に座らせてもらって。
「……楓子っ様」
「え、なに、どうしたの」
「ありがとっ、ござます……!」
「いや、だから、普通にしててって、怪しまれちゃうから」
「わたっ、楓子さっまの、ペトで、良か、です!」
「し、しー! アズちゃん、そういうの今はなし!」