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 人族を乗せた何かは、そのまま空を高速で飛行し姿を消してしまった。

 羽ばたかせることもなく、一体どうやってあそこまでの速度で飛べるのか。

 疑問は残るままに、居なくなった今の内にと、一人ドラグル族の下へと走る。


「……なにこれ、酷い」


 ドラグル族の鱗は、まだ熱を持つ鉄塊によって貫かれてしまっていた。

 爆発の熱波や衝撃で殺されたのではない。

 衝撃によってはじけ飛んだ鉄塊がこの子を殺したんだ。


 灰色の鱗を持つ首の長いドラグル族、背中の翼はとても大きく、魔界の空だったら何不自由なく、自由に飛べたことだろうに。人族の空を飛んでしまったが故に、この子は殺されてしまった。何もしていない、ただ空を飛ぶだけで殺されてしまったんだ。


 魔物、魔族と呼ばれる存在を、なぜ人族は嫌悪するのだろう。

 魔王アズモンデオと呼ばれていた時も、その疑問は持ち続けていた。 

 何もしていない魔物がほとんどだ、縄張りから出ない子がほとんどなのに。


 そっと鱗に手を当て、既に息を引き取ってしまったドラグル族を想う。

 ――何もしてあげられなくてごめんね、痛かったよね、怖かったよね。

 

 既に息をしていないドラグル族を想い、一人涙する。

 でも、私に出来ることなんて何も――


 パタタタタタタ…………


 また、空から奇怪な音が聞こえてきた。

 多分、人族の何かだ。

 このままここに残っていては、私の命だって危ない。 

 何もしなくても魔族というだけで殺されてしまうのだから、逃げないと。

 目端に残る涙をぬぐい、亡骸となったドラグル族を残したまま、その場を離れた。


 残る魔力の残量も気にせずに、一人森の中を低空飛行し駆け抜ける。

 結局、住処を作りたかったのに、何も出来ないままに魔力を使い果たしてしまった。


 もう一晩ぐらいはそのままで過ごすしかない。

 諦めの心で洞窟へと戻ってくると、そこには何故か横たわる人族の姿があった。


「……なんで、ここに人族が」


 明るめの服に身を包んだ、黒い髪を編み込んだ人族の雌。

 至る所に泥や土がついていて、綺麗な状態とは言えない。

 

 地面に残る引きずってきた跡、「フゴッフ」と得意げな表情のフーちゃん。

 コッフちゃんが魚を採ってきて私が食べてるから、自分も役に立ちたかったのかもしれない。

 でもねフーちゃん、私、例え死んでても人族は食べないんだよ? 後で教えてあげないと。


 どう処理しようか悩んでいると、人族の指がピクリと動いた。

 え、まさか、生きてる? 

 お願いだから死んでて欲しい、という私の願い空しく、その雌はむくり起き上がる。

 

「…………あ、れ、ここは」


 泥だらけの顔のまま起き上がった雌は、顔にかかった髪を指でどかしながら周囲を確認する。

 人族の顔はどれも同じに見えるけど、多分この感じはまだ若い雌だ。

 殺すなら今しかない、でも、殺した後を考えると少々気が引ける。

 

 私の取れる選択肢は三つ。


 一つは、起きたての人族に対し屈服して接する。

 一つは、この人族を亡き者にして逃げる。

 一つは、人族へと魔力注入して、魔族へと変える。


 亡き者にするのは、多分簡単だ。

 私の身体が実証してる、人族の身体はとんでもなく弱い。

 コッフちゃんでもフーちゃんでも勝つことは出来るだろう。


 だけどその場合、私を何としても殺そうとさっきの何かが追いかけてくる。 

 そして私の身体は爆殺されておしまい……亡き者にするのだけはダメだ。


 魔力を注入して魔族へと変える、これは魔界にいた時も成功した事がない。

 人族は基本的に魔力への抵抗値が高い、それが生者となれば殊更だ。

 死んでいれば抵抗値が減りアンデッドにすることが出来るけど、起き上がって私を見ている今となっては、これは不可能に近い。


 最後に残された道、それはすなわち屈服する道だ。

 以前の私なら「人族になんか従えるか!」と突っぱねていただろう。

 でもね、今の私は一度殺されている。

 死の恐怖が魂に刻まれている以上、生きることが最優先になってしまうんだ。

 

「え、貴女、どうして土下座なんかしているの?」

 

 命乞いをするにはこのポーズがいいのだと、一緒に戦った魔族に教わったから。

 両膝をついて、両手を前に添えて、額を地面につける。

 

「それに、なんで裸なの? 服は?」

「す、すす、すっ、すいまっせん、分かりっません」

「え、分からないって、ちょっと、どういう意味?」


 どういう意味と問われても、答える術がない。

 ただただ頭を下げ続けて、謝罪するしかないんだ。

 怖くて上手く口が回らない、でも、謝罪を続けないと。


「本当に、分かっらなっです!」

「ねぇ、頭上げて、何がなんだかこっちも分からないから」

「ごめっなさい! 許して下さい!」

「許すも何も、ねぇ! 顔上げてってば!」


 ひぃ、こっちはずっと謝罪してるのに、なんで怒鳴るの。

 痛いのも嫌だし、怖いのも嫌だし、死ぬのはもっと嫌なのに。


「うえ、うえええええぇ……」

「な、なんで泣くの」

「だって、だって、許しって、許してっ、くえないからぁ」

「いや、許す許さないじゃなくって……ん、もう」


 泣いて命乞いをする自分が情けないとか、そんな考えは浮かんでこなかった。

 死にたくない、殺さないで欲しい、その思いだけが今の私を支配している。

 

「とりあえず、大丈夫だから、ね?」


 両脇を抱えられて上体を起こされて、そのまま抱き締められる。 

 人族の雌の手が私の頭を撫でると、妙な安心感が全身を包み込んだ。


 殺されないんだ。

 それが理解できた途端、私はもう一度泣き始める。

 死ななくていいという安堵感は、私の涙腺を完全に壊してしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いきなり目の前に全裸の女の子がいて、土下座をしていたら戸惑いますよね(笑) それでも抱きしめてあやしてあげるなんて、優しくて良い子ですね。 [気になる点] 前の世界で人間達が魔族や魔物の領…
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