③
人族を乗せた何かは、そのまま空を高速で飛行し姿を消してしまった。
羽ばたかせることもなく、一体どうやってあそこまでの速度で飛べるのか。
疑問は残るままに、居なくなった今の内にと、一人ドラグル族の下へと走る。
「……なにこれ、酷い」
ドラグル族の鱗は、まだ熱を持つ鉄塊によって貫かれてしまっていた。
爆発の熱波や衝撃で殺されたのではない。
衝撃によってはじけ飛んだ鉄塊がこの子を殺したんだ。
灰色の鱗を持つ首の長いドラグル族、背中の翼はとても大きく、魔界の空だったら何不自由なく、自由に飛べたことだろうに。人族の空を飛んでしまったが故に、この子は殺されてしまった。何もしていない、ただ空を飛ぶだけで殺されてしまったんだ。
魔物、魔族と呼ばれる存在を、なぜ人族は嫌悪するのだろう。
魔王アズモンデオと呼ばれていた時も、その疑問は持ち続けていた。
何もしていない魔物がほとんどだ、縄張りから出ない子がほとんどなのに。
そっと鱗に手を当て、既に息を引き取ってしまったドラグル族を想う。
――何もしてあげられなくてごめんね、痛かったよね、怖かったよね。
既に息をしていないドラグル族を想い、一人涙する。
でも、私に出来ることなんて何も――
パタタタタタタ…………
また、空から奇怪な音が聞こえてきた。
多分、人族の何かだ。
このままここに残っていては、私の命だって危ない。
何もしなくても魔族というだけで殺されてしまうのだから、逃げないと。
目端に残る涙をぬぐい、亡骸となったドラグル族を残したまま、その場を離れた。
残る魔力の残量も気にせずに、一人森の中を低空飛行し駆け抜ける。
結局、住処を作りたかったのに、何も出来ないままに魔力を使い果たしてしまった。
もう一晩ぐらいはそのままで過ごすしかない。
諦めの心で洞窟へと戻ってくると、そこには何故か横たわる人族の姿があった。
「……なんで、ここに人族が」
明るめの服に身を包んだ、黒い髪を編み込んだ人族の雌。
至る所に泥や土がついていて、綺麗な状態とは言えない。
地面に残る引きずってきた跡、「フゴッフ」と得意げな表情のフーちゃん。
コッフちゃんが魚を採ってきて私が食べてるから、自分も役に立ちたかったのかもしれない。
でもねフーちゃん、私、例え死んでても人族は食べないんだよ? 後で教えてあげないと。
どう処理しようか悩んでいると、人族の指がピクリと動いた。
え、まさか、生きてる?
お願いだから死んでて欲しい、という私の願い空しく、その雌はむくり起き上がる。
「…………あ、れ、ここは」
泥だらけの顔のまま起き上がった雌は、顔にかかった髪を指でどかしながら周囲を確認する。
人族の顔はどれも同じに見えるけど、多分この感じはまだ若い雌だ。
殺すなら今しかない、でも、殺した後を考えると少々気が引ける。
私の取れる選択肢は三つ。
一つは、起きたての人族に対し屈服して接する。
一つは、この人族を亡き者にして逃げる。
一つは、人族へと魔力注入して、魔族へと変える。
亡き者にするのは、多分簡単だ。
私の身体が実証してる、人族の身体はとんでもなく弱い。
コッフちゃんでもフーちゃんでも勝つことは出来るだろう。
だけどその場合、私を何としても殺そうとさっきの何かが追いかけてくる。
そして私の身体は爆殺されておしまい……亡き者にするのだけはダメだ。
魔力を注入して魔族へと変える、これは魔界にいた時も成功した事がない。
人族は基本的に魔力への抵抗値が高い、それが生者となれば殊更だ。
死んでいれば抵抗値が減りアンデッドにすることが出来るけど、起き上がって私を見ている今となっては、これは不可能に近い。
最後に残された道、それはすなわち屈服する道だ。
以前の私なら「人族になんか従えるか!」と突っぱねていただろう。
でもね、今の私は一度殺されている。
死の恐怖が魂に刻まれている以上、生きることが最優先になってしまうんだ。
「え、貴女、どうして土下座なんかしているの?」
命乞いをするにはこのポーズがいいのだと、一緒に戦った魔族に教わったから。
両膝をついて、両手を前に添えて、額を地面につける。
「それに、なんで裸なの? 服は?」
「す、すす、すっ、すいまっせん、分かりっません」
「え、分からないって、ちょっと、どういう意味?」
どういう意味と問われても、答える術がない。
ただただ頭を下げ続けて、謝罪するしかないんだ。
怖くて上手く口が回らない、でも、謝罪を続けないと。
「本当に、分かっらなっです!」
「ねぇ、頭上げて、何がなんだかこっちも分からないから」
「ごめっなさい! 許して下さい!」
「許すも何も、ねぇ! 顔上げてってば!」
ひぃ、こっちはずっと謝罪してるのに、なんで怒鳴るの。
痛いのも嫌だし、怖いのも嫌だし、死ぬのはもっと嫌なのに。
「うえ、うえええええぇ……」
「な、なんで泣くの」
「だって、だって、許しって、許してっ、くえないからぁ」
「いや、許す許さないじゃなくって……ん、もう」
泣いて命乞いをする自分が情けないとか、そんな考えは浮かんでこなかった。
死にたくない、殺さないで欲しい、その思いだけが今の私を支配している。
「とりあえず、大丈夫だから、ね?」
両脇を抱えられて上体を起こされて、そのまま抱き締められる。
人族の雌の手が私の頭を撫でると、妙な安心感が全身を包み込んだ。
殺されないんだ。
それが理解できた途端、私はもう一度泣き始める。
死ななくていいという安堵感は、私の涙腺を完全に壊してしまった。