もう、いらない
〈望まれている〉
〈望まれてない〉
これは6文字。
〈必要とされている〉
〈必要とされてない〉
これは8文字。
同じ6文字、同じ8文字、文字数は同じなのに天と地ほどに意味が違うのだと、結花は12歳の時に知ってしまった。
双子の妹の結依が誕生日にプレゼントをもらって両親に甘える姿を見て。
祖母からのプレゼントはあっても、両親に顧みられることもない自分が俯いている姿が映る鏡を見て。
愛嬌があって甘え上手で母親に似て可愛らしい容姿の妹は〈いる〉方で、自分は〈ない〉方なのだと理解してしまった。
「お姉ちゃんなのだから、結依の面倒をきちんと見るように」
「お姉ちゃんなのだから、結依に譲りなさい」
「お姉ちゃんなのだから、結依を守りなさい」
幼い頃は両親からの愛情にそれほどの差はなかった。
しかし小学校にあがり中学校に入学する時には、はっきりと格差があった。
12歳の誕生日に思い知り、13歳の時に絶望した。
13歳の時に結花は痴漢にあったのだ。大声を出したので被害はほぼなかったが、両親は、
「よかった、結依でなくて。結花はしっかりしているから大丈夫だけど、結依は繊細だからこんな酷い目にあったら寝込んでしまう」
と泣いている結花に言ったのだ。
しかもその数日後、今度は結依が若い男性に手を引っ張られて連れ去られそうになり、助けようと抵抗した結花が激昂した男性に蹴られる事件がおこったのである。
「よく結依を守ったな」
と結花を褒めた両親は、結花の傷だらけの顔や身体を心配する言葉は最後まで言わなかった。
両親は、結依が守られて無事でいればそれでいいのか……。
この時から結花は、両親から愛される期待を持つことをやめたのであった。
水の中を水そのものみたいに泳ぐ白魚のように、お湯の中で半透明に流れる春雨が結花は好きだった。
寒い朝は、自分で作った春雨スープのカップの温かさをまず指で味わい、結花はホッと息を吐く。スープを口に含み、喉に滑らせ、温かくなった身体で家を出た。
庭の早咲きの白い梅に、冬の名残のような白い雪が白い蝶々がとまるみたいに降ったのが昨日。
結花の頬に落ちた雪は、あっという間に幾つもの水滴となって顎へと流れて。
涙のような雪に結花は、冬の終わりの匂いを感じたのだった。
今日は、青い硝子みたいに空が澄みわたり。手を伸ばして指を突き入れたならば、爪が染まってしまうのではないかと結花は思った。
結花は足下を見た。
きょろきょろと視線を動かす。
小さな頃から見慣れている道端の花なのに、名前も知らない花はいつも桜が満開になる前に咲いていて、結花に春の訪れを教えてくれた。
そろそろ咲くはずなんだけど、と昔持っていた24色の色鉛筆よりも綺麗な色で咲く花を探して、カシャン、と何かを結花は踏んだ。
ビーズの小さな花だった。
カバンにつけていたのに、紐が切れていた。幼なじみから貰って大事にしていたのだが。
昨日、幼なじみは、
「好きだ」
と結花に嘘を言った。
以前読んだ本に男性は「好き」と嘘を言い、女性は「嫌い」と嘘を言うと書いてあったのは本当だったのだな、と思いながら、
「嫌い」
と結花は言った。
「え?」
幼なじみが驚いた表情になった。告白を結花が了承すると信じていたようだ。
「ウソコクでしょう?」
結花は、悲しみからなのか寒さからなのか震えてしまいそうになる身体を必死に抑えた。
「知っているよ。ウソコクをして、結依たちと私を笑い者にする計画を立ち聞きしてしまったから」
家族から疎外される結花を幼なじみは慰めてくれた。
結花が怪我をした時も心配してくれたのは、幼なじみと祖母だけだった。
「さよなら。二度と私に話しかけないでね」
焦った幼なじみが口を開閉させるが言葉は出なかった。
結花が恋をしたのは幼なじみで、幼なじみが恋をしたのは結依で。だから、結依の悪意あるイタズラに協力をしたのだろう。
結依は悪気を「冗談なのに。こういう時は笑って許すものだよ」と結花をいつも責めて両親も結依の味方をするが。傷つけられてばかりの結花はもう、許すことができなかった。
昨日の帰り道で頬に落ちた雪の涙の正体は、結花の瞳から流れた幼なじみとの決別の涙であった。
結花はビーズの花を拾おうとしゃがんだが、やめた。
もういらない、と歩き出す。
両親も。
幼なじみも。
双子の妹の、結依も。
結花は今日、家を出た。祖母のもとへ行くのだ。
常々、結花の両親に対して怒っていた祖母は結花に同居の提案をしてくれた。
4月からは、祖母の家から結花は高校に通うのだ。
結花は一度だけ振り返った。
でもやっぱり好きだった、という言葉を呑み込んで再び歩き出した。
ビョオォォと強く吹いた生まれたばかりの春の風が、結花の背中を優しく押してくれたのだった。
読んで下さりありがとうございました。