第3話 Uncanny Valley
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月面都市ニールの片隅。
発着場の一角に停泊する宇宙船スターライト号。
元は宇宙軍の亜光速航行実験艦であったという経歴を持つ濃紺の船は、今は紆余曲折あってしがない便利屋に乗り回されている。
亜光速航行の技術が確立されて半世紀が経とうかという現在、彼女の艦齢もまた50年を超えようとしていた。
「あと3回ってところか……」
ルークはタラップを上がりながら傷ついた自分の船を見てつぶやいた。地球の大気圏突入にこの船が耐えられるのもあと3回が限度と見積もった。
部品を取り換えては、だましだまし飛ばしてきたが、さすがに船体に限界が来ていた。
傷の具合を確かめながらタラップを登り、ハッチを開ける。
「おかえりなさい」
「うおっ」
ハッチを開けた途端、真っ白い顔がずいっと迫ってきたので、ルークは驚きのけぞって後ろに倒れかけた。
(落ちるっ)
バランスを崩してルークが落下しかけると、先ほどの顔と同じように白く細い腕が伸びてきてルークのベルトを掴んだ。
「危ないですよ」
「お、落ちる!ひっぱりあげてくれ!」
「了解」
ルークのベルトを掴んだ細腕の持ち主は色白の少女の姿をしていたが、軽々と片手でルークを船内に引き込んだ。
「死ぬかと思ったぞ。今日で二度目だ」
「そうですか。次は気を付けてください。二度あることは三度あるといいますから」
生命の危機を一日で複数回経験した主人に無表情に語りかけるのは、ルークの相棒で唯一の船員ジニーであった。
「感情シミュレータのレベルを3まで上げろ……。もう少し心配してもらいたい」
「大丈夫ですか!?ルーク様!?お怪我は!?痛むところは!?モルヒネをご用意しましょうか!?」
「やっぱり、どうも極端だなあ。やっぱりレベル1でいい」
「はい、私も私の感情シミュレータには調整が必要と考えます」
人型汎用家事手伝いロボットGX-91ジーニアス。それがジニーの正式名称である。
家事手伝いや介護用アンドロイドとして設計されたGX-91には感情シミュレータが搭載されている。
人の仕事を機械に代行させることはすでに地球時代の末期には当たり前のこととなっていた。
労働を代行するロボットの中でも人と接触する機会の多いマシンには疑似人格が与えられ、人と円滑にコミュニケーションをとる機能が搭載された。
GXシリーズは地球放棄以後に開発された一連のアンドロイドで、高性能な感情シミュレータと学習装置が積まれた人気のシリーズであった。
その中でも天才の名を冠するGX-91は一世代古い型式であるが、特に個性的な人格を演じることができる傑作機として長らく愛用されているタイプである。
かつてルークは便利屋として宇宙ごみの除去作業に従事していた際、破棄された貨物船のなかで朽ちかけのGX-91を発見した。
はじめルークは修理して売ろうとした。しかし再起動したところ感情シミュレータに若干の不具合が見つかったので売り物にならないと判断し、自分で使うことにした。それがジニーである。
不完全な感情シミュレータなど船の乗組員としてはまったく不要な機能であるのだが、ルークはあえてアンインストールせずに残した。
大量生産されたアンドロイドのなかで、不器用な感情表現を行うというのはある種個性だと思ったからだ。
それに完全無欠のマシンより、出来損ないの方が自分には合っていると思った、というのもある。
「とりあえず、ジェネレータの部品をいくつか調達できた。今のやつと取り換えといてくれ。1時間後に出航する」
「1時間ですか、まったくロボ使いの荒い人ですね」
相手を気遣うふりや慕うふりを見事にこなすGXシリーズは多いが、主人に皮肉を言えるアンドロイドをルークはジニー以外に知らなかった。
そういうところをルークは気に入っていた。