次のステップへ
森の中を探索していると、頭から鋭い角を生やした兎型の魔物。ホーンラビットを見つけた。
狩人のパッシブスキルでこちらの気配や足音が希薄になっているお陰か、向こうがこちらに気付いている様子はない。
ホーンラビットの肉はとても柔らかくてジューシーだ。
食卓を彩るために狩らない手はない。
俺は背中に装備した弓を手にし、矢をつがえる。
弓を扱うなら弓使いに転職するのが一番だが、狩人であっても弓や短剣といった武器の扱いには補正がかかるので、このままでも十分だ。
木の実を食んでいるホーンラビット目がけて定めると矢を放った。
すると、見事にホーンラビットの首に矢が突き刺さった。
狩人による潜伏からの死角からの一撃に、ホーンラビットは反応すらできなかったようだ。
パタリと倒れたホーンラビットはビクビクと手足を動かす。
短剣できっちりととどめを刺すと、脳内で軽快なレベルアップの音が響いた。
名前 アマシキ ツカサ
LV8
種族 人族
性別 男
職業【狩人(転職師)】
ジョブLV5
HP 88
MP 760/760
STR 65
INT 72
AGI 66
DEX 40
ステータスプレートを確認すると、ステータスが向上していた。
ゲルダのところで薬の調合を手伝いつつ、森に入って適当な魔物を狩る生活を一週間送っていたので、レベルが三つほど上がっている。
狩人のジョブレベルが割と高くなっているのは、森の探索に便利なので頻繁に使っているお陰だろう。
しかし、俺の中で一番レベルが高いのは。ジョブレベル十となった薬師である。
ゲルダのスパルタともいえる、しごきを受けて薬を使っているとレベルが上がるわ上がるわ。
魔物を倒し、経験値を得ることでジョブレベルは上がるものと思っていたが、固有職によっては物作りでもジョブレベルは上がるようだ。
「にしても、ここ最近レベルの上がりが悪くなってきたな」
ホーンラビットの血抜き処理をしながら、ひとりごちる。
手伝い以外では、森に入って魔物を倒したりしているのだが、どうにもレベルアップの効率が悪い。
その理由はわかっている。
この辺りにレベルの高い魔物がいないこと。
俺のレベルが上がったせいで、単純にレベルが上がりにくくなったことである。
効率的にレベルアップを図るのであれば、もっとレベルの高い魔物が出現する場所に向かって、狩場を変えるべきなんだろうな。
大きな街には冒険者ギルドといものがあると聞いた。そこに登録して、冒険者として活動するのも悪くない。
今後の方針を考えながらホーンラビットを回収し、薬草を採取しながら集落に戻る。
すると、妙に集落の方が賑わっていることに気付いた。
広場に向かってみると馬車が停まっており、見慣れない男たちが商品を売っていた。
「もしかして、行商人ですか?」
「ああ、ここじゃ手に入らない物を売ってくれるんだ」
顔見知りであるゾゾに聞いてみると、見事に当たっていた。
商品を覗いてみると、この集落では手に入らない食材や、香辛料、武具、布、糸などと幅広く売り出されていた。それらを集落の者たちが楽しそうに会話しながら買っている。
行商人ということは各地を旅しているのだろう。
当然、ここでの商売を終えると、次の場所に向かう。
それに同行させてもらえれば、道に迷うことなく移動できるかもしれない。
そろそろこの集落を出るべきかと考えていた矢先に、行商人がやってくるとは非常にタイミングがいい。運命的な何かが、俺に次の場所へ向かえと言っているのではないかと思えた。
次のステップに進むべきだ。
そう感じた俺は行商人に声をかけることにした。
「すみません、代表の方はいますか? 相談があるのですが」
「代表のジゼルです。私に何かご用ですか?」
商売をしている者に声をかけると、馬車の中からやや恰幅のいい金髪の男が出てきた。
俺たちよりも上質な衣服を着ており、代表者であるのも納得の貫禄だ。
「はじめまして、ツカサと申します。ジゼルさんは、ここでの商売を終えた後、どちらに行かれるのでしょう?」
「二日後にラッセルという街に向かうつもりです。もしや、ラッセルまでの同行を希望されますか?」
どうやら行商人に同行するのは、あり触れた相談のようだ。話が早くて助かる。
「はい、できれば一緒に向かわせてもらえればと」
「構いませんよ。ただ、こちらから報酬を出させていただきますので、我々の護衛をしてもらえませんか? 固有職持ちのツカサさんがいると、我々としても非常に心強いのです」
おや? 固有職持ちだと明かしていないのに知られている?
商売をしながら集落の情報を手に入れたということだろうか。
さすがは行商人だ。情報を仕入れるのは早いな。
同行の対価として護衛を買って出ることも視野に入れていた。ジゼルの提案はこちらにとっても悪い話ではなかった。
「わかりました。道中の護衛は任せてください」
「ありがとうございます。出立は明後日の朝なので、よろしくお願いします」
契約成立の証に俺とジゼルは握手をする。
どうやらこの世界でも握手をする文化はあるようだ。
「ツカサ、この集落を離れるのか?」
ジゼルと別れると、ゾゾが寂しそうな顔で尋ねてくる。
「はい、相談も無しにすみません。もっと外のことを知って、強くなりたいと思ったんです」
「気にすんな。ツカサの人生はツカサのものだからな。いなくなるのは寂しいが、ツカサの選択を俺は尊重するぜ」
ゾゾはにこっと笑うと、背中を押すかのように肩をパンと叩いた。
なんて気持ちのいい奴なんだろう。
この世界で初めて会えた人物がゾゾで良かったと思う。
ゾゾと別れの挨拶を交わした俺は、エスタの家にやってきた。
この集落から出て行き、次の街に移ることを伝えるためである。
「……そうですか。ラッセルに行かれますか」
話をすると、エスタが少し残念そうに呟いた。
この集落にやってきて彼には大変お世話になった。
家もない上に泊まれる場所を用意してくれ、時に料理の差し入れをしてくれた。
何より、この世界についてまるで知らない俺の質問にも、嫌な顔せずに丁寧に教えてくれたのが嬉しかった。
「エスタさんには、大変お世話になったというのに申し訳ありません」
「いえ、ツカサ様には集落の危機を救っていただけただけでなく、たくさんの貢献をしていただきました。むしろ、お世話になったのは私たちの方ですよ」
「そう言っていただけると、こちらも嬉しいです」
「このような辺境の集落で、ツカサ様は収まる方ではありません。ラッセルでもどうか頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
エスタへの挨拶を終えると、次はゲルダの家だ。
「フン、そうかい。だったら、今のうちに知識を叩き込んでおかないとね」
こちらはゾゾやエスタと違って大して寂しがった様子はない。
出立まで日がないことを知ると、それまでに知識を叩き込むと奮起された。
大して手荷物などない俺は準備もこれといってなく、出立のギリギリまでゲルダの薬草作りのお手伝いをやらされることになった。
●
二日後。行商人たちがラッセルの街に出立することになった。
そこに護衛として同行することになった俺は、早朝に家を出てジゼルと合流。
少ない荷物を載せると、手早く馬車の荷台に乗り込んだ。
集落の出口にはゾゾ、エスタ、ゲルダといったお世話になった人たちの他にも、たくさんの集落の人たちがいた。
「まさか、こんなにも見送りの人がいるとは……」
「集落の恩人の出立ですから当然ですよ」
思わず呆然とした声を漏らすと、エスタがどこか誇らしげに笑った。
軽く挨拶をした程度、数回会話した程度の人もわざわざ見送りきている。
人間関係の希薄な日本では考えられない光景だ。
俺なんかのためにここまで集まってくれたことに感激の気持ちが湧いてくる。
異世界に飛ばされて初めてやってきたのが、ここの集落で良かった。
「ツカサ様なら問題ないかと思いますが、道中には気を付けて」
「またなー! ツカサ!」
「次会う時は、もっと腕を上げておくんだよ」
「はい! また会いましょう!」
最後の挨拶を交わして、馬車に乗り込んだ。
「よろしいですか?」
どうやらジゼルたちの準備は既に整っていたらしい。
気を利かせて待ってくれたようだ。その心遣いが嬉しい。
「はい、お願いします」
これ以上、会話していると気持ちが鈍ってしまいそうだ。
俺が頷くと、ジゼルが御者に指示を出す。
すると、御者が鞭をしならせて、馬のいななき声が上がると馬車はゆっくりと進みだした。
後方では集落の人たちが手を振ってくれたので、俺も見えなくなる最後まで手を振り続けた。
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