魔女の取引き
「ツカサ様、討伐を終えたところで、またお頼みするのも恐縮なのですが、もう一つ頼み事をできないでしょうか?」
シルバーウルフの報酬についてひと段落すると、エスタが改まった様子で言った。
「内容によりますがお聞きしましょう」
「シルバーウルフに襲われ、怪我を負ってしまった村人がおりまして、その者のために薬を作りたいのですが材料が足りません。ツカサ様にはドズル薬草という薬草を採ってきてほしいのです」
怪我人であれば、俺が僧侶に転職して癒すという手段もあるが、相手が薬と求めているのであれば、薬を提供するべきだろうか? 幸いにしてドズル薬草ならば持っている。
「ドズル薬草であれば、手元にありますよ」
「本当ですか?」
「ええ。昨日、シルバーウルフを探しながら採取しておいたんです」
ポーチに入れておいたドズル薬草を見せると、エスタは驚いたように目を見開く。
「なんと! シルバーウルフの討伐と同時に採取まで行っていたとは!」
「いえいえ、たまたまです」
別に狙ってやっていたわけではない。なんとなく採取しておけば使えるかもといった程度だ。
言われなければ、忘れていたくらい。だから、そんなキラキラとした眼差しを向けないでほしい。
「では、薬師のところに持っていきましょう!」
「薬師? この集落に固有職持ちがいるのですか?」
「いえ、薬を作れるというだけで固有職としての薬師ではありません」
思わず尋ねると、エスタが苦笑しながら答えてくれた。
なんだそういうことか。薬師の固有職を持っている者がいるのかと思った。
もし、そうであったら薬師について色々と聞くことができたのだが残念だ。
なんて個人的な俺の気持ちは放置するとして、手元にあるのであれば話は早い。
俺とエスタは急いで家を出て、集落で薬師と呼ばれる者の家に向かうことに。
薬師の家にやってくると、エスタは扉をノックした。
すると、中から返事が聞こえ、老婆が出てきた。
「ゲルダさん! ちょっといいですか?」
「なんだい? ドズル薬草がないと薬は作れないよ?」
ゲルダと呼ばれた老婆は、突然やってきたエスタと俺に睨みつける。
いや、睨みつけているように見えるだけで、これが老婆の平常スタイルなのだろう。
「それならあるんです。ツカサ様がドズル薬草を持っていたんです!」
「そういうことは早く言わないかい! ほら、さっさと中に入りな!」
興奮したようにエスタが言うと、エスタと俺は老婆によって強引に招かれた。
家に入ると、複雑な香りが鼻をついた。
室内にはいくつもの薬草の束が吊られており、瓶に封入された植物などが陳列されていた。
「薬草!」
室内の様子に圧倒されていた俺はゲルダに言われて、慌ててポーチからドズル薬草を十本取り出して、テーブルに並べた。
ゲルダはそれらの一本一本を真剣な眼差しで見つめる。
「ふむ、間違いなくドズル薬草だね。これだけあれば、怪我人たちの薬を作ることができるよ」
「あの、薬師の固有職を持っていないのに薬を作れるんですか?」
「なにをすっとぼけたことを言ってんだい。知識と技術さえあれば、誰だって薬は作れるに決まってるだろう? 料理人の固有職を持っていなくても、あたしたちが料理を作れるようにね」
気になったことを尋ねてみると、ゲルダが呆れたように言った。
それもそうか。料理人の固有職を持っていなくても、俺たちは平然と料理を作ることができる。固有職じゃないからといって、物を作れないわけでもないし、戦えないわけではない。
「では、薬師の固有職を持っていると、どんな恩恵があるのでしょう?」
「あたしは固有職を持っているわけじゃないから詳しくは知らないけど、自然と薬の作り方がわかったり、効率的に採取や調合作業を進められるそうだよ」
知らないと言っておきながら、それなりに薬師に知っているゲルダだった。
固有職というのは、あくまでそれに関する知識や行動を大幅に強化し、効率的にこなすことのできるものなのだろうな。
「なるほど、ありがとうございました」
「それでは我々はここで——」
「待ちな」
エスタと共に退出しようとすると、ゲルダに引き留められた。
「そこのあんたは残って手伝いな。薬を作るにも男手が必要なんだ」
どうやら俺のことをご指名らしい。
「わかりました。手伝います」
まあ、薬師の固有職無しにどのように薬を作るかは気になっていた。固有職の勉強のために薬作りを学べるのは悪くない。
●
——ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり
室内でひたすらに薬草をすり潰す音が響き渡る。
ゲルダに手伝えと言われてから、俺はひたすらに乳鉢で薬草をすり潰していた。
乾燥しているもの、生乾きのもの、生のもの、炒めたものと様々だ。なんだかドズル薬草と関係のないものまでやらされている気がする。
ドズル薬草を切らしていただけで、それ以外の薬草はたくさんあるようだ。
「次はこれだよ」
絶望していると、無情にもゲルダが次のすり鉢と薬草を積み上げた。
俺へのイビリなんじゃないかと勘繰りたくなるほどの拷問だ。
太陽がすっかりと中天に昇っているが、すり潰す薬草が減ることはない。
このままだといつまでたってもすり潰し役から解放されそうもない。
俺はこっそりと転職師としての力を解放し、魔法使いから薬師へと転職した。
すると、不思議と脳内に薬の知識が湧いてきた。
今すり潰している薬草が、どのような薬に必要なものかがわかる。同時にどうやってすり潰せば、効率的なのかもわかった。
薬師の力を借りた俺は、効率的に乳棒を動かして薬をすり潰していく。
「……あんた急に動きが良くなったじゃないか」
「ど、どうも」
薬師の補正によって作業スピードが大幅に上がったのが、すぐにわかったみたいだ。
ゲルダといえば、ドズル薬草を乾燥させるためか束ねている。
「ゲルダさん、今からそれを乾燥させるんですよね?」
「そうだよ。乾燥させてからじゃないと薬効効果が弱いからね」
「でしたら、私がすぐに乾燥させますよ」
ゲルダが訝しむ中、俺は薬師の能力ともいえる調合魔法を使った。
「乾燥」
すると、ドズル薬草が見事に乾燥された。
すっかりと乾燥したドズル薬草を見て、ゲルダが目を丸くし、それから険しい顔になった。
「……あんたツカサっていったね? どうやって一瞬で乾燥させたんだい? 魔法使いにこんな魔法はなかったはずだよ」
「えっと、私の本職は転職師というもので、魔法使いから薬師に転職して能力を使いました」
「……そんなふざけた固有職があるなんて聞いたことがないよ」
「やはり、転職師という固有職は一般的じゃないんですか?」
「一般的なわけがないさ」
薄々と思っていたが、転職師という固有職は一般的なものではないみたいだ。
辺境とはいえ、これだけ長く生きているゲルダが知らないというのだから、かなり希少、あるいは世界で俺だけの固有職なのかもしれない。
「固有職は生まれついて与えられるもので固定さ。一握りの天才が固有職を極めて、高みに至ることはあるらしいけど、固有職を変えるなんてことは不可能なのさ」
「え? そうなんですか!?」
固有職なんてものがある世界だ。
ゲームのように神殿や教会なんかで転職くらいはできるものだと思っていたが、そうではなかったらしい。
だとしたら、俺の転職師という固有職はかなりすごい能力を持っていることになる。
「……力の使い方には気をつけな」
「はい、気をつけます」
これだけ便利な固有職だ。使い道は色々ある。完全に秘匿することは不可能であるが、明らかにする相手は選んだ方がいいだろう。
「さて、今のあんたが薬師なんだとしたら、これは頼もしい戦力だね?」
ゲルダが鋭い目をぎらつかせながら言う。
ただのお手伝いでこれだけ過酷なんだ。これ以上ハイレベルな作業を手伝わされるとなったら、どれだけ過酷なのか想像ができない。
「いえ、俺には固有職の力があるので……」
「ジョブレベルはいくつなんだい?」
「……一です」
「だったら尚更やるべきじゃないか」
「うっ」
「ジョブのレベルが低くても、知識と経験さえあれば、作れる薬草の種類はかなり増える。命あっての世界だ。薬の知識を学べるのは、あんたにとっても悪い話じゃないだろう?」
イヒヒと怪しい声を上げながら交渉を持ち掛けるゲルダは、どう見ても魔女だった。
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