素材の換金
「うわあ! ツカサ、なんだそれは!?」
夕方。集落に戻ってくると、ゾゾが大きな驚きの声を漏らした。
「なにって討伐したシルバーウルフですけど?」
「浮いているように見えるが魔法か?」
俺の周囲で浮いているシルバーウルフを見て、おずおずと尋ねてくるゾゾ。
固有職持ちがほとんどいない辺境なので、魔法が珍しいのかもしれない。
「念動力という魔法です。毛皮や食肉として使えると思ったので持ち帰りました」
「とにかく、よく無事に帰ってくれた! これだけ倒してくれれば十分だ。長を呼んでくる」
シルバーウルフをドサリと地面に置くと、ゾゾはエスタを呼びに走っていった。
その間、俺はなにをするでもなく広場で待機する。
程なくすると、ゾゾがエスタを連れて戻ってきた。
「ツカサ様! よくぞお戻りに! 無事にシルバーウルフを討伐されたとか!」
「持ち帰ってきたのは十一匹ですが、合計で十三匹を討伐しました。念のために付近を探索してみましたが、それ以上は見つかりませんでした。群れは潰せたと思います」
「おお、十三匹も! ありがとうございます! ツカサ様のお陰で助かりました! 改めてお礼を申し上げます!」
討伐証明の牙を提出しながら詳細を報告すると、エスタは喜び、深く頭を下げた。
俺たちのやり取りを聞いていたのだろう。おずおずと俺たちの様子を伺っていた集落の者たちが喜びの声を上げた。中には涙を流しながら抱き合っている者もいる。
戦力がまったくない集落にとって、魔物の群れがそれだけ不安だったのだろう。
「いえいえ、これが仕事ですから」
「それでも我々はツカサ様に救われたのです。本当にありがとうございます」
エスタだけでなくゾゾも再び頭を下げる。
ただ仕事をこなしただけだというのに、これだけ感謝されるのは初めてだ。
日本では仕事をこなすのは当然だった。
プロジェクトで大きな成果を上げたとしても、多少労われるくらいでここまで感謝されたことはない。なんだかむず痒くて仕方がなかった。
何度も繰り返される感謝から逃れるために、俺は違う話題を振ることにする。
「討伐したシルバーウルフですが、解体をお願いできませんか?」
「それなら俺に任せろ! 解体は得意だ!」
頼んでみると、ゾゾをはじめとした集落の青年たちが解体に取り掛かってくれた。
「解体した素材はどうされますか?」
「買い取っていただけると嬉しいです」
多分、ここよりも街なんかに持ち込んで売った方が高く売れるだろうが、今はとにかく少しでもお金が欲しかった。
「助かります。シルバーウルフの毛皮はとても暖かく使い勝手がいいので。肉の方はいかがしましょう?」
「さすがに一人では食べ切れないので、皆さんで食べてもらって結構ですよ」
売りつける考えもあったが、生ものなために腐敗も早い。足元を見られることは確実だろうし、集落の皆に振舞って印象を良くする方がいいだろう。
「ありがとうございます。新鮮な肉は貴重なのでとても助かります」
肉がもらえると聞いて、エスタが俄然と嬉しそうになった。
色々と切迫していたようなので肉を食べるのも久し振りなのかもしれない。
集落が一気に賑やかになってきた。
俺にもっと体力があれば混ざりたいところだが、さすがに少し疲れたな。
「すみません。少し休憩したいというか、よろしければどこかに泊めていただきたいのですが……」
「配慮が足りず申し訳ありません。あそこに旅人用の家がありますので、そちらで好きなだけ休んでいただければと」
「ありがとうございます。では、お先に失礼します」
エスタに指し示された民家へと移動する。
他の集落の者の家と変わらず、木製の一階建ての民家だった。
だだっ広いリビングに併設された台所。奥には寝室やトイレがあるのみ。
定期的に掃除がされているのか家の中は意外と清潔だった。
文明的なレベルは中世ヨーロッパといったところだろう。
便利な日本の生活に慣れていた身とすれば、大変不便を強いられそうであるが、きっちりと寝泊まりできるところがあるだけで嬉しい。
家に入るなり俺は荷物を置くと、ベッドへとダイブした。
無事に集落に入ることができ、住処もゲットすることができた。
異世界の滑り出しは順調と言っていいだろう。
ここでさらに魔物を倒して、レベルを上げてこの世界について色々と知っていこう。
今の俺はあまりにも知らなさすぎる。
と色々と考えていた俺だったが一気に疲労と眠気が押し寄せてきた。
ようやく安心できる場所にたどり着いてホッとしたのだろう。
さすがに今日は色々とあり過ぎたな。
色々と考えたり、やっておきたいことはあるが、今は身体を休ませることが先決だ。
俺は押し寄せる眠気に身を任せることにした。
●
ふと目を覚ますと、薄暗かったはずの部屋がすっかりと明るくなっていた。
おかしい。まだ夜を迎えていない。もしかして、この世界には夜なんてものはないのか?
などと軽く混乱していると、扉がノックされた。
返事をしながら扉を開けると、そこにはエスタがいた。
「おはようございます。昨晩は熟睡されていたようなので起こしませんでしたが、よく眠れたでしょうか?」
「はい、お陰様でぐっすりと。どうやら疲れが溜まっていたようです」
ただ単に俺が熟睡していただけらしい。なんだかちょっと恥ずかしい。
「シルバーウルフの群れと戦われたのですから無理もありません。お節介ながら朝食がまだかと思い持ってきたのですが、いかがでしょう?」
エスタの差し出してきたトレーには、たっぷりと盛り付けられたミルクシチューにパン、サラダといったものが載っていた。素朴ながらもとても美味しそうだ。
「ありがとうございます。いただきます」
昨夜の夕食を食べておらず、起きたばかりで朝食もまだだった俺にはとても嬉しいものだった。
エスタから朝食をいただいた俺は早速リビングでいただくことにした。
「いただきます」
匙を使ってミルクシチューを食べる。
柔らかなミルクのスープに野菜の旨みが染み込んでおり美味しい。
ニンジンやタマネギ、ジャガイモといった具材がゴロゴロと入っており、食べ応えがあるのも高ポイント。家庭を彷彿とさせる素朴な味わいだ。
食べ進めているとやや硬質な食感ながらもジューシーな味わいのする肉があった。
もしかして、昨日討伐したシルバーウルフの肉だろうか? 食感と味は牛っぽいけど、ミルク臭さのようなものは感じられない。不思議な味わいだ。
焼いて食べるには少し硬そうだが、こうやってスープ料理に使えば普通にイケる。
単体で食べるとちょっと硬いパンも、ミルクシチューに浸すと柔らかくなり、シチューの旨みを吸ってとても美味しい。
お腹が空いていたこともあり、そうやって食べ進めると朝食はあっという間になくなった。
食器を返還するためにエスタの家を訪ねると、奥さんにトレーを回収されて奥の部屋に案内された。
「シルバーウルフを討伐してくださった報酬です」
ソファーに腰を下ろすと、対面に座ったエスタが革袋を渡してくる。
中を開けてみると、そこには銀貨が十三枚入っていた。
俺の知っている貨幣とはまったく違う。
「山に籠っていたために貨幣の価値に疎く、軽く説明をしてもらってもいいでしょうか?」
「そうですね。ツカサ様の事情ならば仕方ないことです。改めてご説明いたします」
尋ねると、エスタはこの世界の貨幣について教えてくれる。
鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、大金貨と種類があり、
鉄貨が十円。銅貨が百円。銀貨が千円。金貨が一万円。大金貨が百万円の価値があるようだ。
この世界での単位はゴル。つまり、鉄貨一枚で十ゴルと呼称するみたいだ。
「冒険者ギルドでもシルバーウルフの討伐報酬額は一匹につき銀貨一枚となっております。場所によっては勿論変動いたしますが、適正な価格は守っております」
報酬額の根拠が気になったが、どうやら冒険者ギルドが各魔物の討伐報酬額を発表しているようだ。
エスタはそれを基準にしてきっちりと報酬額を決めているらしい。
もし、嘘をついて基準を下回るような報酬を出せば、その場所にやってきた冒険者や旅人が依頼を受けなくなってしまうのだとか。だから、こういった辺境でも律義に金勘定は守るみたいだ。
前世と違ってネットワークが発達していない分、口伝の情報が大事にされているのだろうな。
多少、支払いを値切られるかもしれないと思ったが、しっかりと払ってくれるようで何よりだ。
「それとこちらが毛皮の買い取り額になります」
報酬金を受け取ると、エスタが追加で革袋を差し出す。
そこには銅貨が五十枚ほど入っていた。
「一匹につきの買い取り額は、本来ならば銅貨八枚なのですが、戦闘の影響で傷ついてしまっているものも多くてですね……」
遠慮なく岩槍で貫いたし、剣で斬ってしまったからな。すべてが綺麗に剥ぎ取れるわけではないのだろう。
「素材についてあまり配慮していませんでしたから仕方がありません。こちらで結構です」
「ありがとうございます」
俺が納得するように頷くと、エスタはホッとしたような顔になった。
もう少しごねるかと思ったのかもしれない。
まあ、もっと釣り上げることもできただろうが、エスタはこの世界にやってきてはじめての交流だ。
お金も大事であるが、関係性にヒビを入れるようなことはしたくないからな。
ほどほどのところが大事だ。
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