ハイオーガ戦(下)
まるで時が巻き戻るかのようにハイオーガの傷口が塞がっていく。
「なっ!」
ハイオーガが回復魔法でも使えるというのだろうか? ゴブリンシャーマンのような魔法を使えるタイプならともかく、コイツは明らかにSTRとDEFでぶん殴ってくるタイプだ。そのような器用なことができるとはとても思えない。
所持スキル 【再生】【硬化】【統率】
念のためにもう一度鑑定を発動すると、ステータス以外の見慣れない表記が見えた。
固有職がスキルを持つように、一部の魔物にも魔物特有のスキルを持つ個体がいると聞いたが、まさかコイツがそうだとは。
しかし、急にそのようなスキルが見られるようになったのは何故だろう?
最初にハイオーガを鑑定した時は表記されなかったが……あ、もしかしてハイオーガを鑑定した時に鑑定士のジョブレベルが十になったのだろうか?
急いでステータスプレートを確認していると、予想通りジョブレベルが十になっていた。
それにより『スキル鑑定』というスキルが解放されたようだ。
これを事前に知っておけば、傷を再生させることはわかっていたし、それを込みで攻撃を仕掛けることができた。
戦闘中だからどうでもいいとか思ってごめんよ。めちゃくちゃ重要だったわ。
大慌てでハイオーガのスキルの詳細を確認。
【再生】
魔力を消費して、傷を修復する。
魔力の消費は傷の度合いによって変動する。
【硬化】
一秒間に魔力を5消費して、DEFを20%上昇させる。
【統率】
自らの率いる魔物のステータスを僅かに上昇。
なるほど。やたらと防御力が高かったのは硬化のお陰でもあったのか。
気になる再生についても、硬化と同じように魔力を消費する模様。
ハイオーガを鑑定するとMPが八十五にまで減っている。
つまり、さっきまでの攻撃は決して無駄ではなかったわけか。
だとしたら構わない。相手は無限に再生できるわけではないんだ。
このまま攻撃を入れ続けて相手の魔力が消費させればいい。そうすれば、いずれ魔力は枯渇してスキルは使えなくなるだろうからな。
そう思って再び接近戦を挑む。疾風を駆使しながらハイオーガの体を斬りつける。
決して無理はせず、一撃離脱を繰り返す。
ハイオーガの一撃は強力だが、当たらなければどうということはない。
ハイオーガを削り、再生を使用させてを繰り返させる。
そんな風に戦っていると、ハイオーガが一際大きな咆哮を上げた。
ちょこまかと動き回る俺に苛立っただけかと思ったが、次の瞬間に魔物たちが押し寄せてきた。
一人で相手をするのは面倒だと思ったのか、周囲にいる魔物を焚きつけてきた。
こういう展開が一番嫌だった。
「ちっ」
思わず舌打ちをしながら火炎槍、岩槍を生成して、襲いかかってくるゴブリンやレッドボアを処理。魔法で処理しきれなくなると、剣士に転職し、剣で斬り捨てる。
レベルアップの音がやけに鳴り響いているが、どれだけレベルが上がったか確認する暇もない。
「ゴアアアアアアアアアアアッ!」
そうやって雪崩れ込んでくる魔物を必死に処理していると、ハイオーガが突進してきた。
こちらに焚きつけた魔物を踏み潰し、蹴飛ばしながらの接近。
他の魔物の処理に集中していた俺は、ハイオーガへの反応が遅れた。
ブラックウルフやゴブリンを粉砕しながら大剣が迫りくる。
避けることは不可能。
俺は魔法使いから戦士へと即座に転職。
瞬装を使ってDEF補正の高い防具を纏った瞬間に、大剣が俺の身体を直撃した。
「がはっ……!」
途轍もない衝撃と共に身体が大きく吹き飛ばされた。
受け身を取ることすらできない。
何度も地面を跳ねた末に、ようやく俺の身体は止まった。
HPが120/380と表示されている。
たった一撃で半分以上が削られた。
「痛っってえ…っ!」
戦士のステータス補正とパッシブスキルであるダメージカットなどがなければ、間違いなく今の一撃で瀕死、あるいは死亡していただろう。
何本かの骨が折れているのだろう。全身があちこち傷むが、なんとかそれを堪えて僧侶へと転職。
「治癒!」
僧侶の使える回復魔法を使用して、身体の傷を回復させる。
すると、痛みが和らいだ。
しかし、ジョブレベルが低いせいか、治癒一回ではHPが三十程度しか回復しないので続けて、二回、三回と治癒を重ねがけする。
「……こんなことなら僧侶のジョブレベルも上げとけば良かった」
身体を動かせるぐらいに回復した俺は、さらにHPを回復させるために治癒ポーションを手に取る。
俺が回復しようとして体勢を整えようとしているとわかったのだろう。
ハイオーガがさらなる追撃のために迫ってくる。
戦士の防具と武器は先程の攻撃で壊れてしまっている。戦士のまま戦うのは得策ではない。
俺は剣士に転職を果たすと、疾風を使用しながらハイオーガの攻撃を回避。
「くっ、邪魔だ!」
横からコボルトが邪魔をしてきたので、即座に斬り捨てる。
すると、レベルアップの音が鳴り響く。
当然、戦闘中なので無視しようとしたが、今のレベルアップはこれまでのレベルアップとは何かが違った。
単純なステータスアップとは根本的に違う、大きな恩恵のようなものを感じた。
痛む身体で疾風を使用して、大きく距離を取る。
旋風刃を放ってハイオーガの足止めをすると、すかさずステータスプレートを確認。
名前 アマシキ ツカサ
LV28
種族 人族
性別 男
職業【剣士(転職師)】
ジョブLV30 (転職師ジョブLV19)
HP 210/450
MP 320/1630
STR 368(+30)
INT 426(+40)
AGI 358
DEF 326(+40)
『【魔法使い】と【剣士】のジョブレベルが三十に到達しました。
上位固有職【魔法剣士】への転職が可能となりました』
なんだかレベルやステータスが大幅に上昇しているが、注目すべきは後半の記述だ。
どうやら数えきれない魔物を討伐したことによって莫大な経験値を得ていたようだ。魔法使いと剣士のジョブレベルが三十に到達したらしい。
「キャリアアップだ!」
戦闘に夢中でまったく気付かなかったが、さっきのコボルトを討伐したことで上位固有職への転職条件を満たしたようだ。
ジョブホッパーとして自らの積み上げたキャリアが形になるのは感激だった。
「転職、【魔法剣士】」
剣士から魔法剣士へと転職を果たす。
魔法使い、剣士、槍使い……これまで様々な固有職を使ってきたが、魔法剣士はそれらとは一線を画す固有職だというのはすぐに理解した。
「治癒」
まずは自らに回復魔法をかける。
僧侶の時とは違い、HPが大幅に回復した。
一度で完全回復とはいかないが身体を苛んでいた違和感や痛みは完全に取ることができた。
これで支障なく戦闘を開始することができる。
「『自己強化』」
次に魔法剣士になることで使用できる、自己強化の魔法を発動。
HP、MPを除くすべてのステータスを三十%上昇させることができる、非常に使い勝手のいい強化魔法だ。
魔力を消費したので魔力回復ポーションを飲んでいると、三体のオークがこちらに駆け寄ってくる。
急いでポーションを飲み干すと、鋼の剣に魔法を付与。
「火属性付与」
炎を纏った剣を振るうと、三体のオークは一気に両断された。
ステータスが上がっているだけでなく、火魔法が付与されることで大幅に威力が上がっているのだろう。
魔法剣士とは、各属性の魔法を扱うことは勿論、自己強化、回復魔法なんかも使用できる。
多彩な魔法で相手の弱点を突くことができ、場合によっては戦士などのSTRに特化した固有職以上の突破力を見せることもできる。
魔法職でありながら接近戦もこなせる。その万能性はまさに上位固有職と定義されるに相応しいだろう。
俺は火魔法を宿した剣で一気に周囲を薙ぎ払う。
すると、剣から放たれた火魔法が周囲にいた魔物たちを一気に焼き払った。
付与した魔法を解放するだけで、こちらに押し寄せてきた魔物が殲滅された。
魔法使いの時に扱う、火魔法とは威力も範囲も段違いだ。
脳内でレベルアップの音が響き渡る。
魔法剣士に転職を果たしたことで、俺が今までとは違うことを察したのだろう。
ハイオーガがどこか警戒した様子を見せる。
「ゴオオオオオオオオオッ!」
しかし、それでも撤退するという選択肢はなかったのだろう。
ハイオーガは一際大きな咆哮を上げると、大剣を引っ提げながらこちらに直進してきた。
俺は付与の失われた剣に、再び付与をかけ直して走り出す。
「雷属性付与」
バチバチと帯電する音を耳にしながら剣を振り上げた。
ハイオーガの大剣と属性付与のされた剣がぶつかり合う。
これまでであれば考えられない選択であるが、レベルアップと魔法剣士による自己強化のお陰で既に俺のSTRはハイオーガを上回っている。
さらに剣には魔法が付与されている。
一瞬の交錯の末に退いたのはハイオーガだ。
「ゴアアアアアアッ!?」
俺の剣に付与されている雷魔法が、大剣を伝ってハイオーガの体を苛んだ。
ハイオーガは握っていた大剣を落とし、苦悶の声を上げながらのけ反る。
その隙を逃さずに俺はさらに踏み込んで剣を振り払うと、ハイオーガの胸を深く斬り裂いた。
これまで中々有効打を与えることができなかった故に、たった一撃でこれだけの痛手を与えることができたことに自分でも驚く。
ハイオーガはなんとか体勢を整えて再生を行おうとするが、雷魔法で体が麻痺しているのだろう。上手く体を動かせていない。
そんな絶好の好機の俺は見逃さない。
剣士スキルの疾風を発動し、猛スピードでハイオーガに接近。さらに戦士スキルの剛力を重ねがけして跳躍した。
「これで終わりだ!」
突き出された俺の刃は、ハイオーガの頭に深く吸い込まれた。
それと同時に雷魔法が解放され、ハイオーガの脳内が激しく焼き焦がす。
急所への攻撃に、さすがのハイオーガも堪えることができず、断末魔を上げながらゆっくりと崩れ落ちた。
それと同時に脳内にレベルアップの音が鳴り響いた。
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『田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている』
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異世界からやってきた女騎士との農業同居生活です。
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