討伐依頼
見張りの男に付いてくと、集落の中にある大きめの民家に案内された。
確かに他の民家に比べると大きくて、造りも良さそうなので集落の長なのだろう。
「長! ちょっといいか!?」
男は家に着くなりノックもせずに扉を開いた。
これが集落独自の距離感なのか、それとも俺に頼みたい用件とやらが急ぎなのか俺には判別できない。
大声を上げた男の声を聞き、奥の部屋から初老の男性が出てくる。
「どうしたんです、ゾゾ?」
どうやら俺をここまで連れてきた男はゾゾというらしい。
「固有職持ちがやってきた!」
「それは本当ですか?」
「ステータスプレートで確認した! 魔法使いだ!」
「おお!」
ゾゾと長が大袈裟に喜んだ。
どうして固有職持ちがやってきて嬉しいのかわからない俺は、ただ曖昧な顔をするしかない。
「おっと、これは失礼。集落の長をしておりますエスタと申します」
そんな俺の様子に気付いたのか、長は我に返って自己紹介をした。
「はじめまして、ツカサと申します。ゾゾさんには頼みたいことがあると言われて、やってきました」
「実は集落の傍でシルバーウルフという魔物が出現しました。数匹であれば、我々でも撃退できるのですが、群れとなると中々に難しく……固有職持ちのツカサ様に退治をお願いできないでしょうか?」
固有職持ちということで何となく想像していたが、やはり魔物の退治らしい。
森の中で人の足跡以外にも多くの狼の足跡があった。それがシルバーウルフのものなのだろう。
「この集落に固有職持ちの方はいないのですか?」
「いない。ここにいるのは全員【村人】だ」
尋ねると、ゾゾは首を横に振った。
どうやら俺が思っている以上に、この世界では固有職は希少なようだ。
ゾゾの先程の口ぶりと照合するに、このような辺境にはほぼいないと考えていい。
職業の恩恵もなく魔物と戦うことが、どれだけ難しいかを俺は経験している。
魔物の群れを相手に、小さな集落の者だけで撃退するのは不可能だろう。
必死になって俺に頼んでくるわけだ。
「シルバーウルフとは、どのような魔物か聞いても?」
尋ねてみると、エスタとゾゾが説明してくれる。
銀色の体毛に鋭い牙と爪を備えた狼の魔物。俊敏な動きをし、とても鼻が利くのだとか。
冒険者ギルドで定められた危険度は下から二番目のE。
レベル五程度の村人でも連携をとれば打ち倒すことはできるようだ。
「どうか引き受けてもらえないでしょうか? 報酬はきちんとお支払いしますので!」
「頼む! ツカサ!」
エスタとゾゾが頭を深く下げて頼んでくる。
高レベルの魔物であれば、俺の力を持っても無理だったが、シルバーウルフのランクとレベルはそれほどに高くない模様。それならば転職師の力を上手く使えば可能かもしれない。
ただ村人の目撃情報によると、シルバーウルフは十匹以上はいるとのことだ。
そこだけが要注意だが、上手くやれば何とかなる気がする。
「わかりました。引き受けましょう」
「ありがとうございます! ツカサ様!」
頷くと、エスタとゾゾが感極まったような顔になる。
俺はこの世界についてまったく知らない上に、お金や食料も住処もなしときた。
しばらくお世話になることを考えれば、最初に恩を売っておくに越したことはないだろう。
「それじゃあ、早速——」
意気揚々と外に出ようとしたが、盛大にお腹を鳴らしてしまった。
この世界に飛ばされてから数時間が経過し、時刻はとっくに昼だ。
最終面接の前ということもあって、軽めにしか朝食をとっていなかったからすっかり腹ペコだ。
「討伐の前に何か食べ物をくれないでしょうか?」
なんとも格好がつかない俺の言葉を聞いて、エスタとゾゾが若干不安そうな顔になった。
●
「よし、お腹も膨れた! これで行ける!」
エスタの家で昼食をいただいた俺はすっかり元気を取り戻していた。
ついでに動きやすい衣服もくれたので、随分と動きやすい。
現在は一般的な村人の服に革鎧を装備しており、腰には剣を佩いている。その上に外套といった装いだ。
どうにもコスプレしている感が拭えないが、そこは慣れるしかない。
森を歩くのにビジネススーツというのは、あまりにも動きにくいからな。
そんなわけで準備万端になった俺は森の中を歩いている。
集落にやってくるまでに通ってきた道をなぞっているだけなので、足取りに迷いはない。
それにしても改めて観察してみると、この世界の植生は不思議だ。
見たことのない形をした植物ばかりだ。
ギザギザした葉っぱに黄色い花。植物に対して博識なわけではないが、どんなものかまるで推測ができなかった。どんなものなのだろう?
ちょっとした好奇心を発揮し、俺は転職師の力を行使する。
「転職、【鑑定士】」
鑑定士。あらゆる物の価値を見定めることのできる職業。人に使用すれば、ステータスを覗き見ることも可能。ただし、レベル差によって情報量は変動する。
鑑定士の力があれば、わからない謎の植物について知れるだろう。
「鑑定!」
スキルを使用すると、視界に植物の情報が浮かび上がった。
『ドズル薬草』
切り傷や火傷といった症状にとても良く効く薬草。
すり潰して乾燥させると薬の材料にもなり、低位の治癒ポーションの原料でもある。
どうやらこのドズル薬草というのは、傷に対して効果のある薬草のようだ。
薬にもなるし治癒ポーションの原料になるというのであれば、採取しておいて損はないだろう。
現在、俺は一文無しなのだ。お金になるものは少しでも集めておいた方がいい。
それに転職可能職業の中には薬師や錬金術師も含まれていた。
仮に集落で売ることができなくとも、転職を果たして自分で薬やポーションを作るのもアリだろう。色々と夢が広がるな。
そんなわけでドズル薬草を次々と摘み取ってポーチに収納。
森の中にはドズル薬草と非常によく似た植物も生えているが、鑑定スキルのお陰でいちいち迷うことはない。的確にドズル薬草だけを手に入れていく。
ああ、鑑定士とは何と便利な職業なんだろう。戦闘職ではないために、戦闘能力は皆無であるが、使いどころによっては非常に有用だ。
これさえあれば、この世界について疎い俺でも確実に情報を手に入れることができる。
「でも、わからないものがある度に鑑定士に転職をするってのも不便だな」
魔法使いのままで鑑定とかできないものだろうか?
前世のファンタジーゲームでも職業を選択し、レベルを上げて違う職業に、あるいは上位職に転職を果たすものがあった。
剣士から魔法使いに転職したとしても剣士だった頃のスキルは受け継がれ、魔法使いでもスキルとして使用することはできた。
ゲームのようなこの異世界でもそれと同じようなことはできるのではないだろうか? 現に鑑定士となった今でも、魔法使いとしての魔法の知識や行使方法を忘れているなんてことはない。
鑑定スキルによってMPを微かに消費しているが、魔法使いのパッシブスキルによるMP自然回復向上によって一瞬で回復している。
これは転職を果たしても、前職の能力やスキルが引き継がれている証にならない。
つまり、鑑定士であっても魔法は使えるはずだ。
試しに鑑定士のままに魔法使いとしての能力を行使してみる。
「岩槍」
地面にある土を利用して、岩の槍を生成。
「うん? 思っていたよりも小さい?」
魔法使いと同じ感覚で発動したつもりだったが、思っていた以上に大きさが小さい。
魔法の操作を誤ったか? しかし、現に岩槍は生成できている。
俺は気にせずにそのまま魔法を放ってみることにした。
岩槍は真っすぐに飛んでいき木を見事に粉砕した。
「できた!」
鑑定士でありながら魔法を使えたことに喜びを感じた。
しかし、体内にある魔力がかなり持っていかれた気がした。
名前 アマシキ ツカサ
LV2
種族 人族
性別 男
職業【鑑定士(転職師)】 ジョブLV1
HP 53
MP 470/540
STR 39
INT 47
AGI 32
DEX 29
気になってスタータスを確認していると、MPがかなり減っていた。
「岩槍一発でMPが五十も減っているのか!?」
魔法使いから鑑定士に転職した消費MP二十を引くと、単純にそういう計算だ。
魔法使いとして発動すれば、今の土槍ではMPを十程度しか消費しないはずだ。
それなのに鑑定士として発動した時は五倍のMPを消費している。
「やっぱり、その固有職に合った能力やスキルを使うのが一番なのか」
魔法使いは魔法を使い、鑑定士は鑑定をする。
それぞれの得意分野が異なり、それに特化しているのは当然だ。
そうでなければ固有職の意味がない。
思っていた以上に、岩槍の大きさが小さかったのもその影響だろう。
だが、違う職業のままでも、あらゆる職業の能力やスキルが行使できるというのは大きな発見だ。
消費MPが膨大というデメリットはあるものの、それを大きく補うメリットがある。
剣士でありながら魔法を繰り出し、魔法使いでありながら剣技を繰り出す。戦いの幅を増やすこともできるし、不意打ちにだって使用できる。
まさか相手も鑑定士が魔法を放ってくるとは思わないだろうしな。
とはいえ、今のままではかなりリスキーな戦い方だ。
俺のMPは多い方であるが、その力を何度も使用してしまえばあっという間に枯渇してしまう。
そのためにもレベルをもっと上げてMPを増やさないとな。
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