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冒険しない日


 ドランとの装備選びが白熱し、朝帰りとなった俺が起きたのは太陽が中天を過ぎた頃だった。


 ベッドから出て身支度を整えると、一階の食堂に降りる。


「今日はお寝坊さんだね!」


「昨日随分と夜更かししちゃったから」


 お陰ですっかりと朝食を食べ損ねてしまった。どんなに忙しくても食事はしっかり摂るタイプなので、一食抜いてしまうというのは落ち着かないものだ。


 なんて思っていると、突然ノーラが顔を寄せてスンスンと鼻を鳴らす。


「……この、鉄っぽい匂い……武具屋に行ってたでしょ?」


 ちょっと匂いを嗅いだだけでどこに行っていたか当たりがつくのか。


 こりゃ、下手に色町なんて行けないな。まあ、仕事も安定していないし、度胸もないので行くつもりはないけど。


「当たり。新しい装備を整えていたんだ」


 いくつかの固有職に合わせた武器選び、防具選びはとても大変でかなり時間がかかってしまった。


 しかし、プロであるドランに色々とアドバイスも貰えたので、自分で選ぶよりもいい物が選べたので悔いはない。


「Eランクに上がったって言ってたもんね。うちには冒険者の人もたくさん泊ってるけど、こんなに早くランクアップした人は初めてだよ。ツカサってすごいんだね」


「よくわからないけど、そうみたいだね」


 いまいち自分では実感が湧かないけど、これほど早いランクアップは中々の偉業のようだ。


 最近はギルドでもそんな風に声をかけられることも増えたので照れ臭い。


「今日は何食べる? オススメはチッキーのグリル焼き定食だよ」


 チッキー知らない食材だ。多分、名前からして鶏系な気がする。


 知らない食材であってもノーラのオススメに従っておけば間違いはない。


 既にそのことを学んでいる俺は、悩むことなくノーラのオススメを注文した。


「チッキーのグリル焼き定食だよ!」


 程なくして、ノーラが定食を持ってくる。


 予想通り、鉄板の上には大きなチキンのグリル焼きが載っていた。


 網目のついた焦げ目と、かかっているバジルソースのようなものが食欲を誘う。


 食べようとしたところで俺はふと思う。


 食べ物もアイテムボックスに収納できるのだろうかと。


 もし、できるのであれば、アイテムボックス内に大量に食料や水を備蓄しておける、


 冒険中にも美味しい食事ができることは勿論、いざという時に餓死することもないだろう。


 もし、それが可能ならば、冒険する時の快適度や安心感はかなり増すことだろう。


 気になった俺は目の前にあるグリル焼き定食を収納したいと念じる。


 すると、目の前にあったグリル焼き定食は見事に消え去った。


 アイテムボックスを覗いてみると、ボックス内にチッキーのグリル焼き定食と表示されていた。


「……生き物以外なら本当に何でも収納できるんだな」


 アイテムボックスの便利さに思わず苦笑いしながら、すぐに収納していたグリル焼き定食を取り出した。


 すると、目の前には収納した時と変わらぬ熱々具合のものが出てきた。


 ナイフで切り分けてフォークで食べてみると、勿論美味い。


 表面はパリッとしており、中はぷりっとしており柔らかい。


 チッキーの旨みが染み出し、バジルソースとの相性も最高だった。


 肉料理が多いが、ノーラの父さんは本当にいい仕事をする。


 これだったらアイテムボックスの食料備蓄を頼んでも良さそうだな。


 チッキーのグリル焼き定食を食べ終えると、俺はノーラの父がいる厨房に向かう。


「すみません。ここってお弁当とか作ってもらうことはできますか?」


 声をかけると、黙々と料理を作っていたノーラの父がチラリと視線を向けた。


「できるが、あまり凝ったものは期待するな」


「では、五十食ほどお願いします」


 帰り道にボックス内に同じものをどれだけ収納できるか試したことがある。


 葉っぱのような質量の小さなものでも、鉄剣や鉄槍のような質量の大きなものでも百個以上収納することができたので、五十食の弁当なら余裕で保管することができるだろう。


「……マジックバッグ持ちか?」


 個数に驚いていたノーラの父だが、すぐにその運用に気が付いたようだ。


 炊き出しでもない限り、一人で五十食も頼むはずがないしな。


「それと似たようなものを持っています」


「本当かどうか試したい。これを収納してみせろ」


 ノーラの父がフライパン、調味料、タマネギといった品物を差し出してきたので、俺はそれらをアイテムボックスに収納。そして、すぐに取り出して元に戻した。


「マジックバッグでもないのに本当に収納できるのか。料理が無駄にならないとわかれば十分だ。作ってやろう」


「ありがとうございます」


「どんな弁当がいい? とはいっても、肉料理以外はそれほど得意じゃないが……」


 まあ、それは料理のラインナップを見れば想像できたことだ。


 魚料理なんかも食べたい気持ちはあるが、別にここで無理に頼まなくてもいい。


「肉料理中心でバリエーションを多くして頂けると嬉しいです」


 全部牛肉、豚肉とかにされると、さすがに美味しくても飽きてしまう。


 肉料理とはいえ、牛、豚、鶏、猪、兎と様々な肉を使った弁当がいい。


「種類を増やすとなると、それなりに手間がかかり料金がかかるが……」


「値段は気にしないので美味しいものをお願いします。料金は先払いにしておきます」


 虎猫亭のランチは三百ゴルから五百ゴルの間だ。


 ちょっといい弁当を食べたいので、多めの三万五千ゴルを差し出すと、ノーラの父はニヤリとした笑みを浮かべた。


「わかった。好きにさせてもらおう。夕方か夜に取りにこい」


 獰猛なライオンのような笑みにちょっとビビったけど、潤沢な予算で作れるのが嬉しかったらしい。ノーラと同じように尻尾がご機嫌そうに揺れていた。


 ああいった仕草を見ると、ノーラの父親なんだとしみじみと思う。




 ●




 ノーラの父に弁当を頼んだ俺は、どう過ごすべきか迷っていた。


 時刻は既に昼を過ぎている。今から準備して冒険に出るにはやや遅い。


 ギルドに向かって依頼を受けて、採取依頼のような簡単な依頼や、すぐに終わる討伐依頼しかできないだろう。


 日が暮れることを無視するのであれば問題ないが、夜になると魔物はより活性化すると言われている。ステータスが上がったとはいえ、装備のほとんどはドランが調整中だ。


 完成するのは三日後。


 万全な状態ならまだしも、大きなリスクを犯してまですべきではないだろう。


 思えば、異世界にやってきてほとんど休みらしい休みを取っていないことに気付いた。


 日本で仕事に明け暮れていた時でも、最低限の休日は取っていたような気がする。


 フリーの宿命とはいえ、毎日仕事に出ている現状はブラックとしか言えないな。


「よし、決めた。装備ができるまでは冒険に出ずに、街でできることをしてのんびり過ごそう」


 アイテムボックスに備蓄する食料や道具集めなどと街でできることはたくさんあるしな。


 え? それも仕事のうちだって? そんな突っ込みが聞こえた気がしたが、日本のようなネットやアニメ、ゲームといった娯楽がない異世界だからな。暇つぶしや気分転換としてとらえようじゃないか。


 今日の方針を決めた俺は、虎猫亭を出て市場に向かう。


 そこで大量の食材を買い付ける……前にまずは資金調達だ。


 ドランに大量の武具を発注したせいで、前回ポーションで稼いだお金が底を突きつつある。


 依頼報酬や素材の売却で稼いだお金もあるが、ポーションで稼いだ金額には程遠い。


 そんなわけで今日は前回作った残りのポーションを売りに、リゼルの雑貨店へ。


「いらっしゃいませ! ツカサ様!」


 店内に入ると、見事な笑みを浮かべたリゼルがやってきた。


「前回とはえらく違った態度だな」


「いやー、ツカサの売ってくれたポーションが爆売れで、あたしの懐にお金ががっぽがっぽ入るってわけよ!」


 どうやらリゼルは上手いことポーションを捌き、上手く儲けることができたみたいだ。


 市場価格の十万ゴルで売るだけで、一本につき二万ゴルもの利益だ。


 リゼルがウハウハ状態なのも無理はない。


「前に来た時は、不審者を見るような目をされたんだが……」


「そんな過去のことは気にしない! それより、今日もポーションを売りにきたんでしょ?」


 催促をするリゼルの目が完全にゴルマークだ。


「まあ、そうだよ。とりあえず、十本でいいか?」


「資金も少し増えたし、十五本でもいけるわ!」


「なら、十五本の買い取りで頼む」


「ええ、念のために鑑定させてもらうわね」


 ポーチから十五本のランク1の治癒ポーションを取り出すと、リゼルが鑑定を始める。


 どれも品質に問題ないことを確認すると、リゼルがポーションの代金を支払ってくれる。


「これで一気に百二十万ゴルかぁ」


「金銭感覚が麻痺しそうになるわよね」


 先程まで大はしゃぎだったリゼルだが、やはり俺と同じような気持ちを抱いていたらしい。


「いずれは冒険者でもこれくらい稼げるようになりたいな」


「ツカサならできるでしょ。というか、短期間で随分とステータスを上げたわね。そのステータスでEランクとか詐欺よ」


「そうなのか? あんまり一般的なEランク冒険者のステータスは知らないんだが……」


「LV10だと、HPやMPなんかは40もあればいい方ね」


 耳を疑うような数値の低さだが、鑑定士であるリゼルの言葉であれば本当なのだろう。


「え? HPはその五倍でMPに至っては二十倍以上あるんだけど……」


「ええ、固有職の恩恵があったとしても数値が異常よ」


 それは多分、色々な固有職の恩恵を受けているからなんだろうな。


 リゼルから教えてもらった平均ステータスの数字を聞いて、自分のステータスの異常さをなんとなく実感できた気分だ。


 俺がジョブレベルを上げた固有職は、転職師、魔法使い、剣士、槍使い、盗賊、薬師、錬金術師くらいのものだ。


 まだまだ残っている何十もの固有職のジョブレベルを考えると、さらなるステータスの底上げが期待できることだろう。


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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用だった~』

― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白かったです‼ 才能の違いにちょっと(いや、かなり?)嫉妬しちゃいました。 どうやったらこんなに面白い作品が書けるんですか? しかも、ブックマーク登録者数や評価ポイントがかなり高くて…
2022/01/12 16:41 退会済み
管理
[一言] これ面白いからはやく続きが読みたいです
[一言] 毎日楽しみにしています。 獣人さんの表情や仕草が映像で見える様で、とても読みやすい文章が大好きです。 どうかお身体に気をつけて、これからも楽しい小説を創ってくださいませ。
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